2026年6月15日(月)【わたしの箱庭日記】
今日は会議の日だった。
言い換えれば、年長者たちの長い発表会に付き合う日だった。
朝から少し嫌な予感はしていた。
そして、その予感はだいたい当たった。
話は長い。
結論は遠い。
資料は多い。
そのわりに、何を決めたいのかが見えにくい。
今の時代、オンライン会議でもチャットでも済みそうなことを、わざわざ人を集めて延々と話す。
それが職場の儀式として残っている。
儀式だから、誰も簡単にはやめられない。

特に見ていてしんどかったのは、上の人間の顔色ばかりをうかがう人たちだった。
自分の考えを述べているようで、実際には誰かの機嫌を取っているだけに見える。
立場のある人に向かって、必要以上にうなずく。
少し笑う。
もっともらしい相づちを打つ。
その姿を見ていると、こちらの中に静かな軽蔑が生まれる。
長く生きることと、深く考えることは別なのだろう。
年齢を重ねたからといって、人として厚みが出るわけではない。
むしろ、薄いものが薄いまま残ることもある。

老人は話が長い。
もちろん、すべての人がそうだと言うつもりはない。
ただ、今日の会議にいた一部の人たちは、見事に長かった。
しかも中身が薄い。
昔の話。
自分の経験。
自分がどれだけ頑張ってきたか。
聞いているこちらは、だんだん表情を失っていく。
その話が今の問題とどうつながるのか、最後までよくわからない。
自慢話が会議の時間を食っていく。
それを誰も止めない。
この組織は、こうやって少しずつ疲れていくのだと思った。

今日はとにかく胸糞が悪かった。
終わってからも、しばらく気持ちが戻らなかった。
怒鳴ったわけでもない。
反論したわけでもない。
ただ座って、聞いて、うなずいていただけで消耗した。
こういう日には、自分の中の悪い言葉が増える。
それを全部そのまま外に出したら、たぶん文章にならない。
だから、少しだけ整えてここに置く。
老人たちの発表会は終わったが、空気の悪さだけがまだ身体に残っている。
