「眠るのが怖い」と言う娘と、毎晩寝かしつけという名の耐久戦をしている
「ママ、眠るの怖い」
最近、娘がよく言う。
最初に聞いたときは、
「そっかぁ、怖いんだね」
なんて優しく返していた。
暗いのが怖いのかな。
怖い夢でも見たのかな。
眠ったら朝まで意識がなくなる感じが怖いのかな。
小さいなりにいろいろ考えているんだろうなぁ。
……なんて思っていた。
でもね。
これが毎晩となると話が変わってくる。
こっちも人間なのである。
⸻
夜9時、母のHPはもうゼロです
朝起きて、ご飯を作って。
着替えさせて。
「早くしてー」と言いながら準備して。
ご飯を作って、片付けて、お風呂に入れて、歯磨きして。
やっと寝室。
今日の業務、終了。
……ではない。
ここから始まるのである。
本日のメインイベント・寝かしつけ。
布団に入って電気を消した瞬間、
「ママ、眠るの怖い」
はい、来ました。
「大丈夫だよ。ママいるよ」
「でも怖い」
「そっか」
「眠りたくない」
「うん」
「ずっと起きてたい」
「それは困るなぁ……」
時計を見る。
21時10分。
まだ10分しか経ってない。
体感では45分くらい経ってる。
⸻
「怖い」に正論なんて通用しない
眠ることは怖くない。
眠ったら朝になる。
ママも隣にいる。
お布団もいつものお布団。
何も怖いことなんてない。
そんなこと、たぶん娘だって分かっている。
でも、
怖いもんは怖い。
これ、大人にもあるよなぁと思う。
「そんなこと気にしても仕方ないよ」と言われたところで、気になるものは気になる。
だから娘の「怖い」も否定したくはない。
したくはないんだけど。
「ママ、怖い」
「うん」
「眠ったらどうなるの?」
「朝になるよ」
「でも怖い」
「うん」
「ママ寝ないでね」
「…………うん」
いや、
ママは寝たい。
めちゃくちゃ寝たい。
むしろ今日一日、ここを目指して生きてきたまである。
⸻
優しい母でいたい私 VS 早く寝てほしい私
「怖い」と言われたら、抱きしめてあげたい。
安心するまでそばにいてあげたい。
「大丈夫だよ」って何回でも言ってあげたい。
そういう母でありたい。
でも現実の私は、
(頼む……寝てくれ……)
と思っている。
娘の頭を撫でながら、
(寝た?)
(まだ?)
(今ちょっと呼吸深くなった?)
(……目開いてるぅぅぅ)
と、心の中で実況中継している。
そして寝返りを打った娘から、
「ママ?」
と声が飛んでくる。
「なあに?」
声だけは聖母。
心の中は、
まだ起きとったんかーーーい。
である。
母親ってすごい。
心と口から出てくる言葉が全然違う。
⸻
そんなこんなで30分。
長い日は1時間。
ようやく静かになったなと思って隣を見る。
寝てる。
さっきまで、
「怖い」
「寝たくない」
「ママ起きてて」
と言っていた人が、すやすや眠っている。
ほっぺなんかぷくっとして。
口がちょっと開いてたりして。
…………かわいい。
いや、ズルい。
こっちはさっきまで、
「もういい加減寝てくれぇぇぇ!」
と心の中で叫んでいたというのに。
その顔を見た瞬間、
「怖かったんだねぇ」
なんて思ってしまう。
そして布団をかけ直してしまう。
なんなんだ、母親という生き物は。
⸻
たぶん、ずっと続くわけじゃない
今は毎晩、
「眠るの怖い」
と言っている娘。
でもきっと、いつか言わなくなる。
そのうち一人で布団に入って、
「おやすみー」
なんて言って勝手に寝る日が来る。
もっと大きくなったら、
「もうママ来なくていい」
なんて言われるのかもしれない。
…………。
それはそれで寂しい。
いやいやいや。
今はそんな未来を美化している場合ではない。
今日も寝ないんだから。
今日も私は暗闇の中で、
「ママいる?」
「いるよ」
を繰り返す。
早く寝てほしい。
めちゃくちゃ寝てほしい。
一刻も早く自由になりたい。
でも、小さな手が私の服を握っているのを見ると、振りほどくこともできない。
だから今日も隣にいる。
優しい育児論とか、正しい寝かしつけとか、そんな立派な話じゃない。
ただ、
「怖い」
と言う娘と、
「大丈夫」
と言いながら心の中では「頼むから寝てくれ」と祈っている母。
そんな夜が、我が家では今日も繰り返されている。
そしてたぶん明日の夜もまた、
「ママ、眠るの怖い」
から始まる。
……うん。
分かった。
分かったから。
とりあえず今日は寝ようか。
そんな娘が、寝る前に読む本で
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ヨシタケシンスケさんの本の中でも、一番好きです。
親が読んでいて楽しい!
この本を読んで、眠るのが楽しみになりますように。
