⑦精神科病院に「外部の目」を――第三者機関が必要な理由
はじめに
前回から少し間が空きました。
これまで、
①人権問題
②本人の意思によらない入院
③長期入院
④日本の精神科病床数
⑤栃木県における1年以上の入院
⑥宇都宮病院事件
と、さまざまな角度から精神科医療について眺めてきました。
そこから見えてきたのは、一部の医療者や一つの病院だけの問題ではありません。
患者が病院から離れにくいこと。病院内部の状況が外から見えにくいこと。その環境の中で、患者と医療者との間に大きな力の差が生まれることです。
今回は、これまで取り上げてきた課題を総括し、今後につなげるための提案をします。
それは、病院から独立した第三者機関をつくることです。
「内」と「外」が分かれている
精神科医療における大きな課題の一つは、「内」と「外」が非常に明確に分かれていることです。
外部にいる人からは、病院内部の事情がほとんど見えません。
一方、入院している人にとっては、病院の外にいる人とつながる機会が限られています。長期入院になれば、病院が「内」、地域での生活が「外」になり、病院の中だけで生活が完結していくこともあります。
これは、入院している人だけに当てはまる問題ではありません。病院内で働く職員と地域の支援者との間にも、情報や認識の隔たりが生じることがあります。
外部から病院の実態を把握しようとすれば、630調査などの統計資料を確認できます。しかし、公開資料から分かるのは、病床数や入院者数、入院期間、職員配置などの一部です。県全体や各施設の傾向を把握することはできても、患者が病棟でどのように扱われ、退院希望がどのように受け止められているのかまでは分かりません。630調査そのものも、集計結果の修正や追加公表が継続して行われています。
見えないことが、直ちに人権侵害を意味するわけではありません。
しかし、患者が外部に声を届けにくく、病院内部の問題を外から確認しにくい構造は、人権侵害の発見と是正を遅らせます。退院したいという声が拾われなければ、社会的入院を長引かせる一因にもなります。
宇都宮病院事件が示したのも、この「見えにくさ」の危険性でした。
内部の努力だけでは足りない
多くの医療者は、患者の治療や回復、退院を願って働いています。病院内での自己点検や職員教育も必要です。しかし、精神科医療の問題を、医療者個人の善意や病院内部の自浄作用だけに委ねることはできません。
入院している人は、治療だけでなく、病棟での生活、外出、面会、通信、退院など、多くの場面で病院側の判断に影響を受けます。
そのような環境で、自分を日常的に支援している職員に対し、「怖い」「納得できない」「退院したい」と伝えることには、大きな心理的負担があります。病院職員が相談を受け、同じ病院が事実を確認し、同じ病院が対応を判断する。その仕組みだけでは、安心して声を上げられない人がいるのではないでしょうか。
病院内部の自己点検が不要なのではありません。
自己点検だけでは不十分なのです。
第三者機関という提案
この構造に対する一つの提案が、第三者機関です。
ここでいう第三者機関とは、病院の経営や人事、個別の利害関係から独立し、入院している人の立場から話を聞く組織です。
構成員は、精神科医療の利用経験がある当事者、家族、医療・福祉の支援者、弁護士、研究者、一般市民など、さまざまな立場の人が考えられます。
第三者機関は、「悪い病院を摘発するための組織」だけではありません。
・患者が安心して相談できること。
・退院したいという希望を拾うこと。
・病院内の状況を外部から確認すること。
・患者と病院の間にある力の差を補うこと。
・問題が重大化する前に改善を促すこと。
つまり、問題が起きた後に責任を追及するだけではなく、
問題を見えなくさせないための仕組みです。
すでに各地で行われている
大阪、東京、神奈川、兵庫、埼玉などでは、市民による精神医療人権センターが活動しています。
各団体の活動内容は一様ではありませんが、入院している人や家族からの電話相談、手紙やメールによる相談、必要に応じた病院への訪問や面会などが行われています。東京、神奈川、兵庫、埼玉の各センターも、相談や訪問活動を現在公開しています。
大阪精神医療人権センターは、宇都宮病院事件を契機として1985年に設立されました。現在も、精神科病院に入院している人からの相談や訪問活動、情報発信、政策提言などを行っています。
神奈川精神医療人権センターでは、県に対して630調査の情報開示請求を行い、県内の精神科病院について、病床数、職員数、入院期間、隔離、身体拘束などを整理した資料を公表しています。
個人からの相談を受けるだけでなく、医療機関ごとの情報を収集し、地域の精神医療を外部から確認できる形にすることも、第三者機関の重要な役割です。
入院者訪問支援事業との違い
現在は、国の制度として「入院者訪問支援事業」も始まっています。
この事業は、都道府県などが中心となり、市町村長同意による医療保護入院者等を対象として、研修を受けた訪問支援員を精神科病院に派遣するものです。訪問支援員は、患者の体験や気持ちを丁寧に聞き、必要な情報を提供します。
病院外の人が患者の話を聞くという点では、精神医療人権センターの活動と重なる部分があります。
ただし、性質は同じではありません。
入院者訪問支援事業は、都道府県等が実施主体となる公的な制度であり、主な対象も市町村長同意による医療保護入院者等です。
一方、市民による第三者機関は、行政制度の対象から外れる人も含め、本人や家族から幅広く相談を受けることができます。相談、訪問、調査、情報公開、政策提言などを継続的に行える点にも違いがあります。
どちらか一方があればよいのではありません。
公的な訪問支援と、行政や病院から一定の距離を置く市民による権利擁護活動は、互いを補う関係にあると考えます。
必要な条件
単に外部の人が関われば、それだけで第三者機関として機能するわけではありません。
・病院の運営から独立していること。
・患者本人が費用を心配せずに利用できること。
・職員の立ち会いなしに患者と話せること。
・相談を待つだけではなく、病棟を継続的に訪問すること。
・退院希望、暴力、隔離、身体拘束、金銭、通信、面会、生活上の不満など、幅広い相談を扱えること。
・必要に応じて、行政、福祉、司法などの機関につなげられること。
・病院へ改善を求めた後、その対応を確認できること。
・個人情報を守りながら、活動状況や地域の課題を公表すること。
こうした条件が必要です。
特に重要なのは、患者からの相談を待つだけではなく、病棟へ出向くことです。
長期入院によって諦めが生じている人ほど、自分から相談窓口を探し、電話や手紙で助けを求めることが難しくなります。
声を上げられる人だけを支援するのではなく、声を上げることが難しくなった人のところへ会いに行く必要があります。
栃木県で始めるなら
栃木県には、精神医療審査会や精神保健福祉センターによる相談など、既存の公的な仕組みがあります。
一方、公開情報から確認した範囲では、相談、病院訪問、医療機関別の情報公開などを継続的に行う、精神医療人権センターと同種の独立した市民団体は確認できませんでした。
最初から大規模な組織をつくる必要はないと思います。
まずは、病院から独立した相談窓口を設けること。
入院している人や家族からの相談を受けること。
可能であれば病院を訪問し、患者本人と直接会うこと。
県内の精神科病院に関する公開情報を収集し、誰でも確認できる形にすること。
相談内容や対応状況を、個人が特定されない形で社会に伝えること。
小さくても、患者の声が病院の中だけで消えない経路をつくることが出発点になります。
同時に、独立性を保つためには、資金、人事、意思決定の透明性が必要です。
病院や行政と対話し、必要な協力を得ながらも、患者の権利に関する判断が特定の組織の利害に左右されない仕組みにしなければなりません。
おわりに
宇都宮病院事件は、特定の病院で起きた過去の事件です。
しかし、
患者が病院から離れにくいこと。
病院内部の状況が外から見えにくいこと。
患者と医療者との間に大きな力の差があること。
これらは、現在にもつながる問題です。
医療者の善意を否定するのではありません。善意だけに依存しなくても、人権が守られる仕組みをつくる必要があるのです。
患者が「退院したい」「怖い」「納得できない」と話したとき、その言葉が病院の中だけで消えてしまわないこと。
そのために、病院から独立し、患者の側から状況を見る第三者が必要です。
外部の目は、医療を攻撃するためにあるのではありません。
閉鎖された環境の中でも、医療を医療として保つために必要なのだと思います。
