かつて日本語で『フェミニスト』は…
これは何十年も前の話で、おそらく昭和後半のころに会話等で使われていた用法なのだろうと思う。女性に優しくするシーンで「あのひとはフェミニストだ」という使われ方があった。
たとえば公園のベンチに腰を下ろすとき女性の服とベンチのあいだに男性が自分のハンカチを敷くとか、そういう古くさい描写をともなうフィクションでも、その使い方はあった。
本来の意味は、人を性差別なく同等に扱うことである。よって、守られるべき存在をやさしく守ってあげたという「かっこつけ」に由来する行為であれば、逆にそれはフェミニストではない——。だが当時の日本では、こういう誤解があったのは事実だ。
こうした使われ方の混乱がいつまであったのかを調べようとしても、最近のネット検索は、不適切もしくは誤解を招くコンテンツを見つけにくくする仕組みのようなものが備わってしまっていて、誤用や誤解に基づく生のデータを探すことが困難になってしまっている。個人が実際に検索したい単語を、検索エンジンがポリティカリー・コレクトまたは無難な単語に置き換えて処理してしまうことが、しばしば起こるのである。
わたしが確認したいような情報をずばりその書き方(昔こういう使われ方があった)と誰かが書いて、それをネットの検索エンジンが拾っていないかぎり、似た情報はなかなか得られないことになる。
だが、たしかにその使い方はあった。
現在、フェミニストを「フェミ」と略してけなす人々がネットにはけっこういらっしゃるようだ。だが英語圏でも、feministという単語にともなうさまざまな歴史や語感から、差別撤廃や男女同権という表現のほうを好む傾向はあると聞いたことがある。やはり言葉は生き物で、少しでも新鮮な印象があるものを人は選びたくなるのかもしれない。
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家にいることの多い人間ですが、ちょっとしたことでも手を抜かず、現地を見たり、取材のようなことをしたいと思っています。よろしくお願いします。