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風の中のフラはここに繋がる

ホオラウレアジャパン。
日本では2001年から、コロナ禍を除いて続く21回目の開催となるフラダンスのコンペティションである。
今年は、3月1・2日の土日 2日間に渡って開催された。
会場は神奈川県川崎市のカルッツかわさき体育館。

広島に住んでいた頃、娘と一緒に踊っていたひーちゃんが、このコンペティションに、カイカマヒネ(14歳以下の少女を指す)のグループ部門で出場すると聞いた時、娘は「次こそ絶対観る!!」と大声で言った。

実は去年の2024年、鹿児島の指宿いぶすきで行われたコンペティション、カイカマヒネ・ソロ部門で、ひーちゃんが出場が決まった時、会場の遠さと、平日開催であったため泣く泣く応援に行くことを断念していた。その日は一日中結果が気になって、ネットで検索をしては、フラコンペが世の中でメジャーな扱いではないことに、何度もため息を漏らした。
「優勝しました!」ひーちゃんのお母さんであるあっちゃんから連絡が来た時、娘は「観たかった!!観たかったーーー!!」と、おめでとうの言葉10回のうち12回ぐらいはその言葉を挟んだ。次があれば絶対に応援に行く。それが私たち母娘の合言葉のようになっていた。

あっちゃんと私は、同じワヒネ(女性)クラスで、イベントの度にお互いの自宅を何度も往復し、時には半べそになりながら自主練習を重ねた。お互いに動画を撮り合い、「手の角度が違うんか?」「いや、視線が違うから変なんじゃない?」などと、レッスンで言われたことを、手探りで復習しながら、ああでもない、こうでもないと共に頭を悩ませた。姿勢が良くなるグッズや、髪の毛のまとめ方で上手い方法を見つければ情報を共有し合い、イベントが終われば、子供達も一緒にお泊まり会をして労いあった。
その頃子供たちはまだ幼くて、にっこり笑って踊れていれば万々歳という感じで、フラを続ければ、このお泊まり会ができるんでしょう?という感覚だったかもしれない。
娘より二つ年上のひーちゃんと、娘より一つ年下の弟さっくんの三人は、ケイキ(子供)クラスが一緒で、母さんたちが必死で練習しているのを横目に、ゲラゲラいつも楽しそうだった。

「ずっと一緒にフラしようね」
安易にそんなことは口にしたことがない。なぜなら私は転勤族で、どの春に広島を去るのかはっきりしていなかったからだ。だからこそかもしれない。いつも、私たちは必死に、それはもう真面目に練習していた。

大阪に転勤が決まった時、「もうフラ辞めるわ。広島でおしまい」と決めた。
熊本でフラに出会って、香川、広島で続けて9年が経っていた。
あっちゃんは寂しそうだったけど「なんかわかるかも」とも言った。
私は、フラダンスが大好きだけど、広島でやるフラダンスが本当に好きだったのだ。
大好きなインストラクターがいて、同じクラスの仲間がいて、そして、クラスのレッスンが終わっても、あっちゃんがいた。
この先も、私が一生懸命でさえいれば、きっとまた、そういう出会いはちゃんとあるのだと思う。それはわかっていたけれど、その一生懸命を、知らない土地で振り絞るには、私にはパワーがもうないと思ってしまった。

大阪へ引越しする数日前に、あっちゃんと公園で踊った。薄く曇った暖かい日で、春一番みたいに風が強くて、携帯で音楽をかけたけど、風の音にかき消されてしまった。
イベントでもない、知らない人たちしかいない公園で、その上音もよく聞こえない状況で、それは多分、私の最後のフラダンスだった。
ボウボウという音を聞きながら、それでもあっちゃんとリズムをとる。外で知らない人に見られるのを恥ずかしがる子供たちが、「次は私たちね!」と言いながら、積極的に踊り始める。
どんなに音を大きくかけても、微かにしか聞こえない音楽に、それでも私たちは、音を感じて踊った。
思い残すことはないか、と問われたらわからない。
もっと頑張れることはいくらでもあった。
それでも、あの日の強風は、フラをやめていく申し訳なさみたいなものを吹き飛ばしてくれていた。微かにしか音が聞こえなくなっても、きっと私は変わらない。
「ずっとフラで繋がってるでしょう?」
あの確信は、今もずっと持っている。


ホオラウレア。
ひーちゃんが先頭に立つカイカマヒネグループのカヒコ(古典フラ)が始まった時、あれからたゆまなく続けられてきたであろう努力がそこにあった。ひーちゃんだけじゃない、それを全力でサポートし続けているあっちゃんの努力も痛いほどわかる。
それを感じている自分も誇らしかった。
フラでずっと繋がっている。なんの誇張もなくそう思えたからだ。
会場に響くチャント(詠唱)の美しさに胸が詰まった。
子供たちのまっすぐな眼差しは、自分のフラの力を信じていて、驚くほど堂々としている。こちらの緊張など全く必要ないようだった。
背丈の違う子供たちにあれほど統一感があるのは、つま先まで行き渡った神経が、同レベルで呼応しあっているからだ。『一糸乱れぬ』という息の詰まったものではない、そうあるのが1番美しいと知っているから揃う踊りなのだ。清々しい空気が会場を覆う。
最高だった。音楽も踊りも。

ひーちゃんは、こんな表情で踊るようになったのか。
他の子供達も、知った顔がある。みんな、あの頃よりずっと成長していて、本当に美しかった。可愛いとは違って心底美しいと思った。
もしあのまま転勤がなかったら。ふとそんな思いに駆られる。

残念ながら、日帰りで大阪まで帰らなければならず、2日目のアウアナ(現代フラ)が観られないことと、結果発表が聞けないことに後ろ髪を引かれた。
しかし、この日はカネ(男性)フラの出場者も多く、カネフラのカヒコグループも観ることができた。
なんという迫力!これを日本で観ることができるのか!と感動した。
DVDでは楽しんできたが、これほどの迫力を生で観るのは初めてだった。
会場を震わせるほどに響き渡るステップ。
ダン!ダン!ダン!!
大地を踏み鳴らす力強い体躯。
かと思えば、アウアナでのコミカルな孔雀を表すしなやかな動きのダンス。
たまらない、最高すぎる。これを文章にするのは無理だわ、などと思った。
だけど、これが私が小説で書きたかったものだった。

そうか。あの日最後に踊った私のフラダンスは、こうしてまだ続いている。
もう踊らない。だけど、多分私はちゃんと踊り続けているのだわ、なんて。


⭐︎私たちの応援したハラウ
カイカマヒネグループ部門 アウアナ、カヒコ共に1位
カイカマヒネソロ部門 アウアナ、カヒコ共に1位 ベストカヒコ受賞


ところで。

あれは確か、文フリ広島に行くことが決定した直後ぐらいであっただろうか。
去年、つるちゃんもあっちゃんちに一緒に行った。今年はホオラウレアのレッスンの追い込みに入っていることを伝える。
「残念だけど、今年は広島であっちゃんに会えないと思う。川崎でやるフラコンペに出場するから、多分レッスン日程エグいと思うのよ。あーでも、3月なの!楽しみ!!」

言い終わるかどうかのタイミングだった。
「え!?川崎ですか!?とき子さん川崎まで来るんですか?え、観たい!!行きたいですそのフラコンペ!」

正直なところ戸惑った。え?いいの?フラだよ?興味ある?え、ほんといいの?
多分だけど、チケットも高いよ?
でも、つるちゃんがすごく興奮した口調だったのが、とても嬉しかった。
娘のと合わせてチケットを3枚、あっちゃんに用意してもらった。

そして私たちは、会場1番前列、ジャッジのクムフラの右後ろの席で、休憩を除く約5時間、ひたすらにフラダンスを堪能しきった。
つるちゃん、大丈夫かな、楽しめているかな、というのは杞憂で、息を呑んでくれているのがわかって嬉しさがジワジワと。
私は、何かを一生懸命やると、やっぱり大切な人たちに出会うらしい。

そして、クールな表情の娘は、なんと翌日懐かしのフラを軽く踊ってくれた。
もしかすると彼女のフラは、あれが最後ではないのかもしれない。



去年の広島文フリであっちゃんちで盛り上がった回


行きの新幹線で見た富士山
良い予感しかしなかった
会場
帰りに3人で川崎市役所の屋上に寄る
よーく見ると東京タワー!
娘に教えてもらわないと、
裸眼じゃ見えなかった…

最後に
地中海性気候さんの企画です。

企画のために書いたのではなく、書いたら企画に沿っているのでは?と思ったので参加させていただきました!ちょっと主旨とズレてたらごめんなさいー!


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