夫婦20年
午前5時。何組ものカップルが、何かを願うように海を見つめていた。
午前6時。少し位置が高くなった朝日に照らされる大小に並んだ岩を、私は一人、息を飲んで見つめる。残念ながら朝日が昇るその瞬間は、水平線に浮かぶ薄雲に隠れて見えなかった。指を絡ませ、お互いの体重を預けあった、まさに『人』という字を体現している若い2人組は「あー、もう日の出時間をだいぶ回っているから諦めようよ」と、その『人』文字をあっさり解いて来た道を戻って行く。
2025年の5月に、結婚して20年目を迎える記念として、家族旅行は伊勢市にした。宿泊するホテルは、夫婦岩のある二見興玉神社から徒歩5分という立地だった。娘が
「もしかして、また神社巡りするの?」
と顔を顰めていたけれど、ゴールデンウィーク目前、まるで私たちのために用意されたみたいにぽっかりと空室があるそのホテルに、私は迷うことなく予約を入れた。
娘が顔を顰めるのも無理はない。中学生になったばかりの娘の行きたいところは、7色の巨大な綿アメだとか、今更なぜかタピオカの入っている極彩色溢れる飲料だとかが売られる、カラフルトルネードな原宿。
一方、私が求めているのは数100年から数千年前まで遡る、日本の原風景である。古事記で伝わるイザナギ・イザナミが国生みのために地上をぐるぐると矛でかき回したというぐるぐると、綿アメを作るための割り箸のぐるぐるには、あまりにも大いなる隔たりがある。
2025年に入ってから、妙に神社とご縁がある。そもそもきっかけは娘で、百人一首の聖地である近江神宮に行きたいということに端を発していた。久しぶりに開いた御朱印帳に御朱印をいただいてから、なぜかその後、友人に「天橋立に行きたいの」と誘われ、天橋立神社の御朱印をいただき、さらに名古屋へ遊びに行く友人たちと熱田神宮にお参り出来ることになったその流れで、伊勢神宮にも行きたいなと思っていたらホテルがひとつ空いていたのだ。
お伊勢さん参拝前に、禊をする場所と位置付けられている二見興玉神社のその場所に、夫婦岩がある。結婚20周年にそんな巡り合わせがあるのだから、これは今までの夫婦生活への禊をせよとのお達しかもしれない。
夫婦生活20年。夫に対する時間を割り当てるとこうなる。
5年間を睡眠に充てるとして、4年間が愛情を持って接している時間、6年間が憎々しく思っていて、5年間が無である。
これらは、凝縮するとという意味で、6年間ぶっ通しで憎々しく思っているわけではなく、20年間に渡ってバランスよく配置されているわけなのだが、我ながら6年って酷いなと思う。
ちなみに4年間の愛情期は主に結婚初期に当たっており、墨汁をつけすぎた筆で書く最初の一画目に相当する。今となっては、カッスカスの文字しか書けていないので、愛という名の墨汁、どこに行けば買えますか?
無の期間は、私が己の趣味や遊びや仕事を満喫させている時で、その時は、夫のことを思い出すことも忘れているからの無であり、存在を抹消しているわけではない。
さて、憎々しいが、20年間を凝縮したら6年分にも渡ると思うのには理由がある。
アイツは妊娠初期に「悪阻って言えば寝ててもいいんだから、俺も仕事休んで寝たい」と発言した。特に何も考えていないごく軽い口調であったため、言った本人は絶対覚えていないだろうが、私の閻魔帳には極太赤ペン、アンダーライン付きで記入されている。
また、生まれたばかりの娘が大便をした時には「これは俺の仕事じゃないから」と、睡眠不足で横たわる私をわざわざ起こしにきやがったことも忘れていない。
日中一人で子育てする不安を伝えたら「え、子供一人しかいないのに? じゃあ、世の中の何人も子育てしてるお母さんってどうなってるわけ?」
そう言われた時は、地獄の閻魔帳がデスノートに置き換えられ、私の背後には死神の気配すら漂っていたはずだ。
夫がこういう不用意な発言するたびに、私は怒りに震え、それがどんなに私を追い詰めているかを説明しようと試みたが、なぜか話はいつも明後日の方向へ進んでしまい、険悪な雰囲気だけが残るようになったので、娘が3歳になる頃には説明するということ自体放棄するようになった。夫は、「嫁がなぜかいつも不機嫌」と周囲に漏らしていたけれど、私は、その「なぜ」について追求してくれないことにさらに苛立ちを募らせていた。
と。こう書くとまるでモラハラ紛いの最低な人間に読み取れてしまうのが一方的な文章の恐ろしさであると思う。
夫の名誉のためにここでフォローをする。彼は基本的に常に機嫌がいい。仕事の大変さは家庭にあまり持ち込むことはなく、「なぜか不機嫌」な妻に対しても、機嫌よく接する努力を惜しまない。休みの日になれば率先してスーパーへ行き、料理をし、酒を飲みすぎることはよくあるが、それ以外は真面目一辺倒で気前もいい。
ただ、酒を飲むと不用意な発言にさらに不用意を重ねて増幅させる合わせ技を持つ夫は、一旦は収まった私の憎々しい気持ちを鮮やかに甦らせるという、腕のいい修復士みたいになっており、子育てがひと段落した現在も、時々私をデスノートの前に駆り立ててしまうのであった。せっかく破いたデスノートを修復してどうする。
20年という歳月は、私の性格をすっかり悪くさせた。
「どうせ言っても理解してもらえないから」という思考と、こちらが不機嫌でいてもあまり怒らない彼に「この生活はそこそこ安泰だ」という甘えが、私の夫に対する態度を不遜にしていく。反省はするが、なかなか改善が難しい。改善しようとすると、修復士が腕によりをかけて、新品まがいのデスノートを用意してくるのだからたちが悪い。
言ってみれば、夫だけに非があるわけではない。私は私で、日々不機嫌な顔をして彼の軽い発言を聞こえないよう、その他の発言もわりと冷たくシャットアウトしている。不憫。
そもそも、彼はあまり物事を深く考える前に発言するたちで、私は数多の発言をいちいち分解して心に留めておくのが好きなたちなのだからこれはもう、相性の問題である気がする。
そんな20年を振り返っていた。
海の上で、もの言わず並ぶ大小の岩をじっと見つめる。注連縄で結ばれた絆は、本当に彼らが望んだものなのだろうか。ただ、たまたま大小並んでいただけなのに、夫婦と語られ、手を合わされて困惑してはいないだろうか。
朝5時には夫とふたりで岩を見つめた。5月の早朝は思ったより肌寒く、海風が直撃してさらに体温を奪う。起き抜けのTシャツで出向いていた夫は、自分の両腕を抱きしめるようにして
「朝日登ってる? もう登らないんじゃない?」
と薄雲の向こうの太陽を探すように言った。いや、登らない太陽はない。
「今日は見えないかもね。でも上の方は雲が開けてるから、太陽が高くなったら朝日には照らされると思う」
「日の出が見られないんだったらさ、寒い、ただただ寒い」
20年目の節目に見る夫婦岩に、何か思うところがあっただろう夫は、さすがに妻を置いて「もう帰りたい」とは言い出しにくいようだった。一応起こした娘は「朝日に興味ないから二人で行ってきてー」とホテルの布団に包まっている。夫は、それがとても羨ましそうだった。
「先帰る? 風邪ひいても困るし。私はまだ見ていたい」
そう言うと夫は、パッと顔を輝かせた。「あ、じゃあ先帰るよ?」
目の前の若い二人組は、その言葉に反応して「やっぱり今日は、日の出見られなさそうじゃない?もう帰る?」と会話をしていた。
どうしてだろうか。
日の出が見られないことも、夫が途中で帰ったことも、少しもがっかりしなかった。
不動の岩にただ釘付けになった。猛禽類と思われる鳥が、一羽だけで優雅に岩の上を旋回する様子が心底美しかった。風が柔らかく吹いているのも、刻々と明るくなる海も、それを一人で味わえることも、こんなに贅沢な時間はそうないなと思った。
若い二人組が諦めて去って行ったとき、唐突に「日の出がピークじゃないのよ」と口走りそうになった。じゃあ、どこがピークなのかしら。夫婦のピーク。もうこの20年で過ぎたのか、それとも次の20年にあるのか、それともそれは最初からただの幻想で、ただあなたたちは夫婦だと注連縄を渡されただけの関係なのか。
そんなことをぼんやり考えていたら、雲の隙間から太陽の光が強く煌めいた。まるでスポットライトのように金色のはしごを落として、水面を輝かせる。周囲から「わぁ…!」という歓声とシャッター音が響いた。夫婦岩にスポットが当たったわけではない。もっと遠くの海にその煌めきは落ちている。
ピークなんてないかもしれない。荒れた日も凪の日も、ただ機嫌よく過ごす夫を思う。今頃ホテルの布団にくるまり、その暖かさにさらに機嫌よくいびきをかいているのだろう。強い光が向こうに見えることを気にもせず
「え、でもさ、この場所もそこそこ明るいからそれでよくない?」
とのんびり言うに違いない。
彼は最初から、ピークを望んではいない。
ホテルに戻ると、案の定布団に包まった夫が、寝ぼけた口調で「どうだった? 太陽、出なかったでしょ?」と私を労うように言った。
「見れたよ、すごくキレイだった」そう報告すると、心から安堵したように「そりゃあ良かった」と満足気に言った。娘は依然夢の中である。
この3人で旅行に来ていることも、振り返ればきっと遠い煌めきの中の出来事だろう。
隣にいるのが当たり前だと思っている。別の岩に寄り添ってもらいたいと思ったこともなければ、一人で荒波に立ち向かうことも望んでいない。
この先の20年も、私は同じことを思っているだろうか。
出来ればずっとそう思っていたいし、そうであることを許してほしい。
ホテルをチェックアウトした後、あらためて家族3人で二見興玉神社を訪れた。
凪いだ海に佇む夫婦岩は、たった20年しか連れ添っていない若輩夫婦に何のアドバイスをすることもなく、悠然と光の中にあった。
生まれ変わってもまたこの人と夫婦になりたいかと問われたら、特別そんなことは思っていない。伝説になるような夫婦愛も持っていないし、声高に「あなたが夫で良かった」と叫ぶことも、よっぽどなことがない限りないような気がする。私が黄泉の国へ行ってしまっても、夫はイザナギのように追いかけてくることはないだろう。
それでも。
ラブラブと寄り添うカップルたちを羨むことも、そんな時代があったわねと過去を振り返って切なくなることもなく、体を巡るのは、ただ不思議な安堵感で、それが20年目にとてもしっくりきた。
「すごくいい景色だねぇ」
と言ったら、夫も娘も「岩だけしかないけどねぇ」と言う。
わかってないなぁ。だからいいんだよ。
憎々しさを6年分なんて、鼻で笑えるような年月が夫婦岩にはある。朴訥としていて、それなのに荘厳な雰囲気だからこそ、自分たちの辿った月日を静かに思い返せる風景がここにある。
時々、ハッとするような愛情を思い出しながら、現世は静かにどっしりと繋がれていよう。荒れ狂う感情に揉まれても、過ぎれば穏やかな朝を迎えるような毎日をありがとう。
私がそんな気持ちで夫婦岩を見つめているなんて、二人はきっと思いもよらない。




夫がデスノートを修復してる日々の一部
酒を飲むとこうなる
