ちくわパンとひげ。
シャワーの水圧、俺は強めが好きだ。
だがな、学生の頃、下宿先のシャワーが300円で15分か20分くらいでさ、しかも水圧よわよわでさ、あれはまぁ、たいしたモンだったぜ。
それに、あそこの下宿はそう、あれよ、ちょっとこの世のモンじゃない奴らが居たような気がするんだよね。まぁ、気のせいだろうけど。
確かなのは、引っ越して押し入れを開けたら御札が貼ってあったことだけは確かだ。友達も一緒に見たしな。
まぁ、見てない事にして普通に住んでたけど、人生であれほどラップ音が鳴り続けてた物件もそうそうないわ。
で、その後引っ越した先でも、しばらくはラップ音なってたもんね。
で、ある日シャワー浴びてた時に気を失って、当時お付き合いしてた彼女さんが見つけて起こしてくれたんだけど、洗面台の鏡の真ん中に、大きな手形がついてたんだよね。
まぁ、彼女の手じゃないのは大きさで明らかだったんだけど、とりあえず俺が気を失う時に、そこに手をついたんだろう、って事にしたんだけど、どう考えても倒れてた位置からは届かない場所なんだけどね。
まぁ、その時は届いたんだわ。
で、その後、ぱたっとラップ音ならなくなったんだよね。不思議。
まぁ、不思議っつーか妙な体験?いや、経験?いや感覚?ってのはいろいろあってさ。
みんなも普通にそうだんだろうけど、それ知ってた!って事あるやん?
そう、言語化とか意識は出来てなかったけど、何かの拍子に、それ知ってたやつ!ってなるアレよ、アレ。
まぁ、ちっこい頃からアレが不思議でさ、とりあえずDNAに刻まれてるご先祖様たちの経験や知識から、なんかの拍子で引っ張りさされてきた記憶なり意識なり感覚なり知識なんだろうって思ってたんだけどさ、こういうの哲学とか色々調べてみると、やっぱ似たような事考えてる先人はいろいろいてさ、イデアっていうの?あれもそんな感じよね。
プラトンは、イデアという言葉で、われわれの肉眼に見える形ではなく、言ってみれば「心の目」「魂の目」によって洞察される純粋な形、つまり「ものごとの真の姿」や「ものごとの原型」に言及する。プラトンのいうイデアは幾何学的な図形の完全な姿がモデルともとれる。
これ、なんかわかる気がするんだけど、うまく言葉にできないっつーか、そもそも言葉にする事自体が違うのかもしれん。
今の目前にあるスマホとか液晶画面とかも、俺たちの認識では【スマホ】や【液晶画面】って名前がついてるけど、こっちの都合で勝手につけてる名前だし認識だし、真の名前とか誰もわからんのよね。
こっちの都合で都合よく名前が付けられて、それが共通言語として活用されて、そういう名前でまかり通ってる感じ。
国が違えば呼び方も変わるし。
ほんでもって、人間じゃない虫や鳥の目で見たら色彩とか見え方も違ってくるわけで、本当の物事の名前や意味や形って、本当はわからんのかもしれんけど、実はわかってるのかもしれん、この感じ。
実はわかってるから、たぶん納得して認識できてるんだと思うんよ。
名前や呼び方や見え方とかは実はどうでもよくて、ソレ自体を俺たちは実は言葉では説明できないけど理解できてて、それを後から後付けで意味を付与してる、そういう感じ。
で、仏教でも似たような感じでこういうのあってさ。
阿頼耶識(あらやしき、梵: ālaya-vijñāna、आलयविज्ञान[1]、蔵: kun gzhi rnam shes)は、瑜伽行派独自の概念であり、個人存在の根本にある、通常は意識されることのない識(viññāṇa)のこととされる[2]。アーラヤ識[2]。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の8つの識の最深層に位置するとされる[2][注釈 1]。
これ、ガンダム鉄血のオルフェンズで初めて知ったんだけど、そん時に調べた時に、これアレやん??って思ったのよね。

まぁ、仏教の事はよくわからんけど、何となくこの図は分かりやすそうな気がしたので、引用した。
個人存在の根本にある、通常は意識されることのない識(viññāṇa)のこととされる[2]。
これよ、ほら、これ。アレよ。
やっぱさ、人間いろいろ考えてると同じ感じの到達になってくんだと思うんよね。
で、昔の人はしっかりこういうの研究してたっていうか、追求してた。
俺ってさ、実はこういう事をちゃんと追求していく事が本当は、人間にはちゃんと必要な事なんじゃないの?って思っちゃうんだよね。
豊になって平和になってさ、こういう事をみんなで考えて追及して、なんだろね?って考えまくっていくのが、実はあるべき人間の姿なんじゃないの?って思っちゃうのよ。
だって、暇さえあればそういうの考えてるやん?俺たち。
で、勉強したり経験したり学んだりして、自分の中で意識できたり理解できたり言語化できたりするのってさ、こういう自分の中に元々ある何かにアクセスできるようになった、って事なんじゃないの?って思うのよ。
だから、全ては全部、俺たちの中に眠ってんのよ。
魂とか心とか、そういうアレよ。
ソレがアレに通じてそうなるって感じのソレよ。
それにアクセスできるようになるかどうか。
そのきっかけが、誰かの言葉だったり、何かの書物だったり、どこかでの経験だったり、いつかの体験だったりするわけなんじゃないか?って思うのよね。
だから、腑におちたり、そーそー!ってなったりする。
こっちの準備が出来てたらさ、何かのきっかけでアクセスできるようになる。
だからさ、特に何も勉強したり訓練したりしてなくてもさ、なんかの拍子に簡単に出来ちゃったり理解できたりする事あるやん、アレがソレなのよ、きっと。知らんけど。
で、俺ってこう思っちゃうのよね。
勉強とかも大事だけど、いろんな経験や刺激、人との出会いや交流、これに勝る学習はないって。動物とか虫とか自然とかでも同じだと思ってんだけど、そういう自分の中と自分の周りとの関係を広げていく、内と外からの刺激に対して拡げていく、そういうのが色んな全方向的な成長に繋がると思ってんだよね。
だって、そういう事から得られるキッカケが、いろんな門を開いてくれる、そんな気がするわけよ。
で、そのきっかけや時期ってさ、もうふわっと降ってくるような感覚。
自分で求めても引っ張ってこれるやつもあると思うけど、だいたいがフワット降って来てる気がする。
それを掴む、その時掴めなくても、必要ならまた降ってくる。
時期が早すぎると気が付かないかもしれない。
うん、たぶん結構いつでも降ってるのかもしれん。
それを掴めるか、気づけるか、感じれるか。
そういうのを内と外で感じる。
そういうのが人間にとって一番必要な事なんじゃないの?って思っちゃうのよね。
たとえばさ、必要だったり新しい技術や発明とかってさ、同時期に世の中に出てくるアレあるやん。
映画とか小説とかでもさ、同時期に似たような話でるやつ、アレ。
アレもコレなんじゃないの?
キャッチできた人が沢山いて、その中から実現できた人が出てくる感じ。
そういうの。
だから、人間は、そういう部分でちゃんとアンテナ張ってた方がいいと思うし、ちゃんとアンテナ張れる人が増えた方がいいと思うのよ。
そうだよ、ちくわパンの話だよ。
ちくわパン。
知ってる?
ちくわパン。
俺は、北海道来て初めて知ったんだよ、ちくわパンの存在を。
いやぁ、こればっかりは知らなかったね。
あ!それな!
ってならなかったよね。
ただただビビったよね。
だってさ、ロールパンにちくわがぶっ刺さってんだぜ?

北海道といっても広いので道東に住んでいる私が語るのは申し訳ないのですが、ちくわパンの発祥は札幌市にある「どんぐり」というパン屋さんだそうです。
どんぐりのオープンは1983年とのこと。オープンとほぼ同時にちくわパンは誕生しました。
どんぐりの特徴は幅広い種類のパンが常に揃っているところで、そのパンのアイディアは従業員によるもの。現在では7店舗にまで拡大している大人気チェーンへと成長しています。
全てのパンを店内で製造しているため、店舗ごとに違うラインナップが楽しめること、お客さんは一番美味しい焼き立ての状態でパンを購入できることが人気の秘密といえるかもしれません。
そういや、発祥のお店のどんぐりのちくわパン食ってないわ。
今度札幌か函館行ったら行ってみようそうしよう。
みんなも北海道来たら、是非ちくわパン探してみてくれよな!
いや、お店の紹介は別にいいんだよ、ちくわパンだよ。
これがアンタ、思った以上にうまいんだよ!
ビビるぜ!
いや、騙されたと思って食ってくれよ!
まじでうまいんだから。
なんだろうな、この絶対出会えない食材たちの奇跡のハーモニーってやつ?
自分でも何言ってんのか分からんけど、とにかく旨いんだって。
食ったら納得なんよ。
あ、そっか、食って感じるアレだ、これ。
もうさ、脱サラ料理家のふらおさんにもレシピ作って欲しいくらいだわ。
あれよ、ロールパン買ってきてさ、穴開けてさ、ツナマヨを突っ込んだちくわをさ、ぶさーっとロールパンにぶっさすわけよ。
うん、たぶん、ふらおさんなら綺麗に作ってくれるって。
ちなみに、ようかんパンってのもあるんだぜ?北海道には。
びっくりするよな。ようかんパンだぜ?
静岡にもあるみたいだけど、ようかんパンも結構うまかったぜ。
ったく、何の話だよ。
しかし、顎の下のヒゲはいつも剃りにくいな。
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つづく、かもしれない物語。
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体、国家などとは一切関係ありません。
俺も実在していません。
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★ 前回までの髭剃物語・・・
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