【第5話】『息子の奇跡の軌跡』〜不安よりも信頼を胸に、小さな命と歩んだ日々〜
フォンタン手術という大きな山場を乗り越え、日々の生活を送っていた私たちに、またしても予期せぬ試練が襲いかかりました。
2016年5月20日。その日は、小学校6年生になったお姉ちゃんの、忘れもしない誕生日の日でした。 そんな日の夕方、学校にいた息子の体に、今まで経験したことのない異変が起きたのです。
学校から「初めて不整脈が出た」とパニック状態で連絡が入りました。仕事ですぐに帰れなかった私の代わりに、お姉ちゃんが学校へ車で息子を迎えに行ってくれて、本当に助かったのを今でもよく覚えています。
当時、私は病院で仕事をしていました。学校からの連絡を知った職場の長からは「すぐに帰ってあげて!」と言ってもらえたのですが、その後にお義母さんから「しんどそうだけど、今は寝てるよ」と電話があり、私は少しだけ仕事をしてから早退して自宅へと急ぎました。
病院へは事前に連絡を入れていたので、家に帰ってすぐ、息子をあの信頼するこども病院へと連れて行きました。 病院に着いたとき、思いのほか本人は元気そうで、口もまわるまわるでよく喋っていたのですが(笑)、いざ数値を測ってみると、脈拍はなんと230を超えるほどに跳ね上がっていたのです。
息子はすぐに車椅子に乗せられ、処置室へと運ばれていきました。
「もっと早く仕事を切り上げて、少しでも早く病院へ連れてくるべきだった……」
さすがの私も、息子のその数値を見て、激しい後悔と反省が押し寄せました。 勤務先へ状況を連絡したときには、案の定、上司から「だから早く帰れっていったやろ?」とお叱りを受けることに(笑)。
それもそのはずです。医療的な話をすると、そのとき息子は「アデホスコーワ」という脈を抑える注射を1アンプル打っても脈が戻らず、主治医の先生から「もう1アンプルいって下がらなかったら、DC(カウンターショック)になるよ、お母さん」と言われていた状態だったからです。それをそのまま職場へ伝えたので、上司も本当に心配してくれたのだと思います。
早く病院に行けば発作が起きなかったわけではないけれど、早く連れていけば、そのぶん息子がしんどい思いをする時間を短くしてあげられたはず。上司の言葉は、そんな親心に寄り添ってくれた、本当に優しいお叱りだったんだなと、今でもあったかい気持ちで思い出します(笑)。
緊迫した処置室のなかで、結果的に息子は注射だけでなんとか脈が収まり、念のために1泊だけ入院して、無事に事なきを得ることができました。
この日、ハラハラしながら病院の天井を見上げつつ、私はしみじみと感じていました。 我が子に万が一のことがあったとき、その痛みがすぐに分かり、素早く動くことができる医療の現場で仕事を選んで、本当に良かったな、と。
色々な人に助けられ、上司の優しさに包まれながら、私はまた一つ、息子と共に大きな壁を乗り越えることができたのです。
(第6話へつづく)
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