【第3話】『息子の奇跡の軌跡』〜不安よりも信頼を胸に、小さな命と歩んだ日々〜
2010年5月。息子が5歳を迎える頃、私たちはついに、根治術である第二の大手術「フォンタン手術」の日を迎えることになりました。
単心室症という病気を持つ息子の心臓は、お部屋が一つしかありません。だから、酸素がいっぱいの赤い血液と、二酸化炭素の青い血液がどうしても混ざり合ってしまうんです。それを治して、正常な血液の流れを作るための、本当に命がけの大手術でした。
「わずか2ミリしかない、子どものあの細い血管に人工血管を繋ぐなんて、本当にできるのかな…」
そんな私の心の震えを見抜いたのか、当時の主治医であり、日本の心臓外科医の中でもトップクラスに有名なK医師は、あっけらかんとした調子でこう言ってくれたんです。
「お母さんは心配だよね。でも、僕らはこの手術を何度も何度も重ねてきているから、全然心配していないよ」
そのあまりにも力強い言葉に、私たちは全てを預ける覚悟を決めました。のちにK医師の後継者となるI医師も含め、最高峰の先生方に、息子の命を託したんです。
手術当日の朝9時。「いってらっしゃい!」って精いっぱいの笑顔で息子を見送り、手術室の扉が閉まりました。そこから、本当に長くて張り詰めた戦いが始まりました。
病院の控室で、パパと二人、緊急連絡用のピッチを持たされたまま、ただひたすらに待ち続ける時間。
時計の針が進んで、10時間を超え、14時間が経過しても、手術は終わりません。
「何かあればすぐにピッチが鳴るはず。鳴らないのは大丈夫な証拠!」って自分に言い聞かせながらも、心臓を止めて行う手術だからこその恐怖が、何度も胸をよぎりました。
「本当に長いね…大丈夫かな」
「人工心肺って、どれくらい持ちこたえられるものなんだろう」
「心拍を再開させるときが一番怖いって言うよね…」
お互いの不安を埋めるように、パパとポツリポツリと言葉を交わしながら、生きた心地がしないまま、祈るように待ち続けました。
14時間以上の時を経て、ようやく手術を終えた息子がICU(集中治療室)へと戻ってきました。
部屋に入って、ベッドの横にあるモニターを見上げた瞬間、涙で視界が一気に滲みました。
そこに映し出されていたのは、生まれてから一度も見たことがなかった「SPO2:100」という、鮮やかで完璧な数字。
いつもどこか紫色が混じっていた息子の唇が、見たこともないほど健康的で、本当に綺麗なピンク色になっていたんです…!
「よく14時間も頑張ってくれたね。偉かったね。本当に、生きて帰ってきてくれてありがとう」
全身に20種類近くもの痛々しい点滴の管を繋がれながらも、小さな体で命の炎を燃やし続けてくれた息子に、心の底から感謝が湧き上がりました。
同時に、私たちの心を救ってくれたのは、こども病院の素晴らしい看護師さんたちでした。
14時間以上、張り詰めた気持ちで待ち尽くした私たち夫婦の姿を見て、本当に温かい言葉をかけてくださったんです。
「お父さんも、お母さんも、これほど長い時間、本当にお疲れ様でした」
その優しい言葉の温もりに、張り詰めていた肩の力がすっと抜けていくのを感じました。息子だけでなく、病棟にいるたくさんの子どもたちの状況を完璧に把握して、プロフェッショナルとして、心から優しく寄り添ってくれる看護師さんたち。
素晴らしい先生方と看護師さんたちに巡り合い、本当にこの病院に転院できて、ここで手術をしてもらえて良かった。
数え切れないほどの管に囲まれたICUの中で、私は涙と一緒に、言葉にできないほどの深い感謝に包まれていました。
(第4話へつづく)
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