見出し画像

「読まれたい」と「書きたい」の間で │ 私の決意と両立の道

こんにちは!ひーさんです

こんな書き出しで始まる記事があります。

今回は、
たった一人の「あなた」に話しかけています、
ひーさん

!!!!!?????

読んだ瞬間、全身がぞわっとしました。
この私が名指しされている!?!?

私のために書いてくださったといっても
過言ではないでしょう。

その衝撃たるや…
noteを始めて約3ヶ月弱、noter冥利に尽きます。



この記事を書いてくださったのは
だっく@ニュース評論ホリック さん。

普段はニュースを中心に発信されています。

そんな方が、なぜ私の思考整理noteに
関心をもってくださったのか。

そして、だっくさんが私へ、いや、

全てのnoterへ投げかけた
永遠の謎とは?

これはきっとnoterである私への挑戦状です。
…受けて立ちましょう。

私なりの答えを探ります。


● だっくさんの記事ができるまで

▶︎ きっかけはひーさんの記事

きっかけは私が先日書いた1つの記事でした。

もし、ひーさんがメンバーシップを
始めるとしたらどうしよっかなー という記事です

一般的に、何かコンテンツを作る時は

・自分の好きなこと、やりたいこと
・自分の得意なこと
・みんなが求めていること

を考えるべし!と言われています。

この考えをもとに、私は私で自分なりの答えを
探していくわけですが ────



▶︎ そこで、だっくさんが動いた

この記事を思わぬ形で注目してくださったのが
だっくさんです。

だっくさんはつい先日メンバーシップを
立ち上げられたようです。

でも、私が示したいわゆる「一般的な考え方」に
そぐわない形でありながら
メンバーシップを立ち上げたとのこと。

『みんなが求めていること』?
知ったこっちゃない!
そんなことより自分の好きなことを書くぜー

という感じでしょうか?
(なんか違う気がする、すみませんだっくさん!)

好きでもないことをやって評価されるより、
自分の好きなことを貫いていきたい。

そして
それについてこさせるんだ、みんなを。

だっくさんの文章からそんな気概を感じました。



● 全noterへの問いかけ

文章の中で、だっくさんは私に
とある記事を紹介してくださいました。

タイトルにもある通り、
しちゃうおじさんさんの記事では
次の質問を投げかけています。

あなたは、noteを書きたいのですか?
それとも、
noteを読んでもらいたいのですか?

この問いかけにみなさんは即答できますか?

正直私は心にチクッとした痛みを感じました。

すごく痛いところをつかれている!
そして、この問いかけに
答えられない私がいる…と。

そりゃあ読まれたいです。
でなければnoteという形で発信していません。

もし読まれたくないのであれば、
日記帳に書けばいいだけです。

書きたいから書いてるんだし、
書いたからには読まれたい

でもこれではダメだと
しちゃうおじさんは語ります。

『noteを読んでもらいたい』のであれば、
あるがままの自分のnoteを、
ありのままに『読んでもらいたい!』と
いつまでもワガママしていないで、
「読者さんの気持ちや感情を理解して、
それに応える記事」を書きはじめることです。

なんてこった…
私の気持ちはただのワガママだったのか。

正しいことを言われると人は怒ります。
私も漏れなくそのうちの1人。

あまりにも正しすぎて、この言葉に
憤り絶望感さえ覚えました。

私、noteをやる資格ないのかな…

「読まれたい」「好きに書きたい」
せめぎ合って、本当に苦しい…

どちらか1つを捨てろ、というのでしょうか?



そんなことで諦めるひーさんではありません。

私、「読まれたい」も「好きに書きたい」も
両方取ります!

何を言っているの、ひーさん?
どういうこと??

それを知るには、まず
なぜ私がしちゃうおじさんの言葉に
怒りを覚えたのかを分析する必要があります。



▶︎ なぜ私は怒った?

私が怒った理由、それは
自分の個性を奪われたくなかったからです。

しちゃうおじさんの言葉を思い出しましょう

ありのままに『読んでもらいたい!』と
いつまでもワガママしていないで、
読者さんの気持ちや感情を理解して、
それに応える記事
」を書きはじめることです

「読者さんの気持ちに応える記事」を書く

この一節を、私は否定的に捉えました。

たしかに、書き手と読み手がいて
はじめて成立するのがnoteです。

書き手の独りよがりでは
読み手はついてこないでしょう。

とはいえ読み手に寄せてしまっては
文章から個性が消えてしまうのでは?

ひーさん独自の文章、個性を守るため
私は恐れ、そして怒ったのだと自覚しました。



▶︎ 「読者の気持ちを考えて書く」 ≠ 無個性

私は私の個性を守りたかった。
これは、私が自分の言葉を大事にしている
とも取れます。

その上で、改めて考えてみます。

「読者さんの気持ちに応える記事」を書く

読まれるために読み手に合わせる。
これは決して自分を犠牲にすることでは
ないのかもしれません。

むしろ、
自分が伝えたいことをより届く形にすること
とも捉えられます。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

先日私はこちら↑の記事で
自分のnoteスタイルを次のように分析しました

みなさんの思考を刺激する共感型note

そう、私のメインテーマは【共感】です。

あれ?すでにみなさんの気持ちに
寄り添えている??

──── そうなんです!

私の書いたnote、
これまでに多くの方に共感していただけました。

これよく見たら、
みなさんの心に届いているからこそ
共感いただけている と考えられませんか?

書き手の独りよがりな文章ではない、
読み手あってこそのnoteを
いつの間にか書けていたようです。

つまり、「読者さんの気持ちに応える記事」は
もうクリアできていると言っても
過言ではありません。たぶん。



▶︎ 個性が大事だからこそ

私は私の個性を大事にしたい。
読まれる方には私の個性が伝わってほしい。

きっとこれが私の願いです。

そのためには、
伝えたいことを好き勝手に書くだけでは
みなさんに伝えることができません。

みなさんが受け取りやすい形に整える

これこそが
私が次に目指すべきステップなのでしょう。



● どうしたら両立できるのか?

「読まれたい」も「好きに書きたい」も
両方取ります!と宣言したひーさん。

では、どうすれば両立できるのか?

そこで登場するのが、noteにおける
私のもう1つのテーマ【思考のタネ】です。



『みなさんの思考を刺激する共感型note』が
私のnoteスタイル。

よくあるのはただの共感で終わる話。
「わかるー!」の感情1つで終わってしまい、
続きがありません。

でも、よーく見てください。
私の場合、ただの『共感型note』ではないんです。
みなさんの思考を刺激する』んです。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

たとえば、「わかるー!」の先に
「そしたら、こうしたらいいかも」や
「こんな考え方もあるよ」といった
気づきをプラスする。

思考のタネをまく分、みなさんの考えを
引き出せますし、
新たな発見学びにつながるかもしれません。

ただの読み物にしない。
みなさんと一緒に考えるnoteにしていけば
自ずと「次も読みたい」と
思っていただきやすくなるのでは?

私の「好きに書きたい」と「読まれたい」は
こうすれば両立させていけそうです。



今となっては、なぜだっくさんが
この問いかけを紹介してくださったのか
分かったような気もします。

「好きに書きたい」も「読まれたい」も
捨てる必要は全くない。

その両立するための考え方や手段は
きっと人それぞれです。

その人に合った
自分を大事にしながら読者のことも考える方法が
なにかしら必ずあるはず。

それが見つかった時、
正真正銘 真のnoter になれるのかもしれません。



だっくさんやしちゃうおじさんの言葉に
一喜一憂してしまうくらいですし

結局のところ私はちっぽけなひよっこnoter🐥

とはいえ、なんとなくの道筋は
見えてきたような?うーん??

──── まだまだ修行の身です。

これからは、そしてこれからも
みなさんの【共感】や【思考のタネ】を
引き出せるnoteを目指して書き続けます✍🏻

いつか多くの方へ私のnoteが届きますように♪

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

さいごに、みなさんへ私からの問いかけです。

みなさんはnoteを書きたいですか?
読んでもらいたいですか?
それとも、両方でしょうか?

両方!と答えた方。私と一緒です、いえーい👍🏻

ぜひみなさんの答えを
コメントで教えてください🌿‬

以上、ひーさんでした *˙︶˙*)ノ"マタネー

いいなと思ったら応援しよう!

ひーさん @アラサーOL 幸あれ(◍︎´꒳`◍︎)