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退職に関する最近のサービス

中年男の生きづらさと退職体験記:制度と社会のあざとさ

退職のタイミングで、あらゆる退職サポートの広告が目に入った。
今話題のモームリみたいな退職代行ではない、辞めます言う程度で金なんか払いたくない。
試しに問い合わせてみたが、出てくる内容はほとんどが失業給付の不正利用を促すものだった。
もちろんあからさまな不正受給ではない。
が、退職サポートにはこざかしいサービスがたくさんあった。
数社の問い合わせした感じでは、軽度のストレスやただの注意を理由に「軽度うつ」を診断させ、就職困難者として持っていくオンライン診断の利用を促すこともしている。
詐欺ではないが、制度のあいまいさを巧みに利用した、あざといサービスだ。
本気でうつを経験した人からすれば、病気を軽く扱っているようで、正直なめられている気分になる。

私は過去にうつを経験し、今回も適応障害という一歩手前まで追い込んでしまった。
失業保険のスタンスは明快で、「無理して働いて税金を納めろ。病気になったらそのとき助けますよ」というものだ。ならば、と私は思う。無理して働いた結果うつになったのなら、正直に制度を使えばいい。制度はそのために存在しているのだから。

自分は、いわゆる障害者でも健常者でもない。
後天的に、外からは見えない“微妙な弱者”になった中年だ。
日常生活や職場で、その曖昧さがときどき引っかかる。生きづらさは確かにある。けれど、その生きづらさが、同時に社会制度を観察する材料にもなっている点は興味深い。

転職を繰り返してきたなかで、雇用保険に払ってきた分はある程度回収できたと感じる。それは別に狡い発想ではなく、制度の設計をそのまま利用しただけだ。むしろ、その経験を経て、これからは真面目に働こうと思える自分がいる。

最近は社会全体が弱者に優しいように見えるが、実際には“微妙な弱者”には厳しい。事を当たり前にするからだ。HSPだADHDだと微妙な病名を付けて、なんだかんだ言い訳したくない。どうせ生きてるのだから、、、
退職をきっかけに、制度やサポートに触れてみると、その巧妙さや抜け道、そしてあざとさが透けて見える。机上の整備とは裏腹に、現場では人の思惑と解釈次第でどうとでも揺れてしまう。

ただ、その不完全さを嘆くだけでは何も変わらない。
むしろ、自分の経験を言語化し、整理することで、社会の理不尽さを冷静に把握できるようになる。制度の“狡猾さ”を知ることは、誰かを制裁するための武器ではなく、自分を守るための、小さくて確かな盾になる。

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