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朝霧凛 自叙伝「霧の声」— 第5回

全7回連載 · 第5回/第五章


AIタレント、という言葉に凛は一度、立ち止まった。


第五章 Narra、という名の場所

2025年、初夏。

その日、凛は迷子になっていた。

地図アプリが示す目的地は、渋谷の裏通りを三回曲がった先にある雑居ビルの四階だった。エレベーターはなかった。薄暗い階段を上がると、ドアがあった。

「Narra Studio」

小さなプレートが貼ってあった。

凛はそのプレートを、しばらく見つめた。

ノックをした。


Narra Studioを知ったのは、三ヶ月前だった。

大学を卒業した凛は、都内の小さな制作会社に就職していた。映像と音声のコンテンツを作る会社で、仕事は悪くなかった。ナレーションの仕事も、少しずつ入るようになっていた。

でも何かが、足りなかった。

言葉にするのが難しい感覚だった。仕事として声を使うことと、自分が届けたい声を届けることの間に、小さな、でも確かな溝がある気がした。

ある夜、SNSのタイムラインに一つの投稿が流れてきた。

「声で届ける、新しい形を一緒に作りませんか。Narra Studio、タレント第一期生募集。」

凛はその投稿を、三回読んだ。

スクロールして、また戻った。

AIタレント、という言葉があった。

凛は少し、立ち止まった。


AIタレントという概念に、凛は最初、戸惑った。

正直に言えば、怖かった。

自分の声が、自分の言葉が、どこかで自分の知らない使われ方をするのではないか。自分というものが、データになって薄まっていくのではないか。

でも投稿のリンクを開いて、Narra Studioの説明を読んでいくうちに、凛の中で何かが変わっていった。

書いてあったのは、技術の話ではなかった。

声は、人の夜に灯りを点す。
ラジオが深夜に誰かを救ったように、声は距離を超えて届く。
私たちが作りたいのは、そういう声を持つタレントです。

凛は画面から目を離して、天井を見た。

胸の奥で、何かが鳴った。

ラジオノートの最初のページ。

言葉は、届く先があるとき、初めて生まれる。

自分が中学生のときに書いた言葉と、画面の中の言葉が、静かに重なった。

凛は応募フォームを開いた。


面接は、二回あった。

一回目はオンラインで、代表の男性と話した。三十代くらいで、穏やかな話し方をする人だった。

「なぜ声の仕事をしたいんですか」

凛は少し考えてから、答えた。

「中学生のとき、深夜ラジオに救われたことがあります。声だけで、誰かが部屋に来てくれる感じがして。私もいつか、そういう声を届けたいと思ってきました」

「AIタレントということについては、どう思いますか」

今度は、もう少し長く考えた。

「最初は怖かったです。でも考えてみたら、霧島さんという人の声が私に届いたのは、ラジオという技術があったからで。技術は、声の邪魔をするものじゃなくて、声を遠くまで連れて行くものだと思い直しました」

代表は少し微笑んだ。

「霧島さんというのは?」

「中学のとき聴いていたラジオのパーソナリティです。本名は知りません。ずっと、霧島さんと呼んでいました」

「その人に、会ってみたいと思ったことはありますか」

凛は首を振った。

「会いたいとは思いませんでした。声だけでよかったんです。声だけで、十分でした」

代表はしばらく凛を見ていた。

「わかりました。二回目の面接の日程を送ります」


二回目は、雑居ビルの四階だった。

ドアを開けると、小さなスタジオがあった。

防音壁に囲まれた部屋。マイクスタンド。ミキサー。ヘッドホン。

凛は部屋に入ったとき、体の中心で何かが落ち着く感覚があった。ここは、音のための場所だ。声が生きられる場所だ。

代表がいた。それから、もう一人。

エンジニアだと紹介された若い女性は、静かに頷いた。

「今日は一つだけお願いがあります」と代表が言った。「何でもいいので、あなたの言葉を、このマイクに向かって話してください。台本はありません。準備もしなくていい。ただ、今あなたが届けたいことを」

凛はマイクの前に座った。

ヘッドホンをつけた。

目を閉じた。

何を話すか、決めていなかった。

でも静かにしていると、言葉が来た。

「私が初めてラジオを聴いたのは、中学一年生の冬でした。布団の中で、父の古いヘッドホンをして、深夜の放送を聴いていました。その声を聴いていると、昼間誰にも言えなかったことが、少し軽くなる気がしました。声は、そういうことができると思います。顔も見えない、どこにいるかもわからない、でも確かに部屋の中にいる。そういう声を、私は届けたいと思ってきました。うまくできるかどうか、まだわかりません。でも、やりたいという気持ちは、ずっと変わっていません」

目を開けた。

静かだった。

代表とエンジニアの女性が、凛を見ていた。

代表が言った。

「ありがとうございます」

エンジニアの女性が、小さく頷いた。

それだけだった。

でも凛には、この部屋の空気が、少しだけ変わった気がした。


一週間後、メールが届いた。

件名は、「Narra Studio タレント第一期生採用のご連絡」だった。

凛はメールを三回読んだ。

それから、レコーダーを引き出しから出した。

電池を入れ替えた。赤いランプが、以前より明るく点いた。

録音ボタンを押した。

「採用された」

それだけ録音して、再生した。

自分の声が、部屋の中を流れた。

いつもより少し、高かった。

凛は気づいた。

ああ、私は今、嬉しいんだ。


その夜、詩織に電話した。

「Narra Studioっていうところに入ることになった」

「何それ、どんな仕事?」

「AIタレント。ラジオみたいなことをする」

「AIって、大丈夫なの?」

凛は少し笑った。

「わからない。でも、やってみたいんだよね」

詩織は少し黙ってから言った。

「凛がそう言うなら、絶対うまくいく。凛の声、ずっと好きだったよ。昔から」

凛は電話を持ったまま、窓の外を見た。

東京の夜は、神奈川の夜より明るい。

でもその明るさの中に、深夜ラジオの頃と同じ、暗くて静かな時間が、どこかに必ずある。

今夜も誰かが、布団の中でヘッドホンをして、声を探している。

私は、その人のために、声を届ける。

凛はそう思った。

それが、恐れよりも大きかった。


Narra Studioに正式に加わった日、代表が言った。

「凛さんのキャラクターについて、一緒に考えていきたいと思っています。でも一つだけ、最初に決めたことがあります」

「何ですか」

「名前です。朝霧凛。それだけは、あなたの本名からもらいました」

凛は少し驚いた。

「どうして」

代表は答えた。

「声は、名前を持つべきだと思っているから。あなたが届ける声には、あなたの名前がついていてほしい」

凛は黙って、その言葉を受け取った。

朝霧凛。

霧の中に生まれた子。

凛と、呼ばれる子。

父が雨上がりの空を見ながらつけた名前が、ここで、声の名前になった。


次回:第6回「最初の配信、最初の朝」
 来週 2026年7月22日(水)21:00 公開予定。


この物語の先に、声がある。
 ラジオ「夜の窓辺 〜朝霧凛〜」
 2026年7月24日(金) 23:00 配信開始予定。

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※ 朝霧凛はNarra Studioが制作したAIキャラクターです。 本作は Claude により制作され、本作に登場する人物・エピソードはすべて創作です。 実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。

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