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台湾に残る日本統治時代の建築物 1

人気の旅先、台湾。ボクが住んでいるところです。その台湾、せっかくいらっしゃってもらえるなら美食あるいはB級グルメの屋台料理、あるいは夜市、占い、マッサージなんかだけでなく、こんな楽しみ方もあるという一つの例、日本統治時代の建築物をめぐる街歩きをご紹介します。今回は台北捷運 (MRT)淡水信義線・台大医院駅周辺からスタート。意外と多いのが東京駅に似た雰囲気の建物。それもそのはず、東京駅を設計した辰野金吾氏のお弟子さんが活躍されたからなのです。


台湾の歴史、ちょっとだけお話を

ところで、建物を紹介する前にちょっと歴史のお話をします。昔、世界史で勉強したかもしれません。いや多くの世界史を選択した人たちはここまで行く前に世界史の授業が終わらなかったかもしれません。でも、台湾を知る上で歴史のおさらい、これは重要なことなのです。

1895年4月、日清戦争に勝利した日本は同じ月、下関条約を締結して、清国から台湾と澎湖列島を割譲されます。この条約に基づいて、6月、日本は台湾に総督府を設置しました。そこから日本による台湾の統治が本格的に始まりました。この統治は1945年8月、日本の全面降伏で日中戦争が終結したことによって、終わりました。その後、中国大陸では中国国民党と中国共産党との間で国共内戦が激化。中華人民共和国が成立します。敗れた中国国民党の一派は台湾へ逃げ、台湾で中華民国を名乗ります。

中華人民共和国の歴史は日中戦争の後から始まったのです。これはつまり台湾は歴史上、中華人民共和国と一度も同じ国であったことはないということなのです。

国立台湾大学医学院附設医院別館(台北帝国大学医学部付属病院)

(C) Takahito Moroji
赤いレンガが印象的な台大医院別館(臺大醫院)

住所:台北市中正区常徳街1号
交通アクセス:台北捷運(MRT)淡水信義線・台大医院駅下車徒歩0分
公式サイト:https://www.ntuh.gov.tw/IMSC-jp/Index.action

日本統治時代、台湾には日本の旧帝大、台北帝国大学がありました。現在の国立台湾大学の前身です。当時の台北帝国大学医学部付属病院は国立台湾大学医学院附設医院として建物ごと引き継がれています。台北の地下鉄MRTの淡水信義線・台大医院駅の2番出口を出てすぐ正面にあります。

この建物は台湾を統治していた台湾総督府の技師、近藤十郎氏によるもので、1924年に完成したものです。近藤十郎氏は台湾で他にもいくつかの建築物の設計を手掛けています。その中でも代表的な建築物として挙げられるのがこの台大医院別館です。

医院の建物内の一部、ロビーは見学可能ですが、病院として利用されているので、外観だけを見るのにとどめておいた方が良いでしょう。

台湾総統府(台湾総督府)

(C) Takahito Moroji
意外と知られていない話ですが、台湾総統府の正面は皇居を向いているのです

住所:台北市中正区重慶南路1段122号
交通アクセス:台北捷運(MRT)淡水信義線・台大医院駅下車徒歩6分程度
公式サイト:https://www.president.gov.tw/

1845年6月、台湾に総督府が設置され、その後、1919年に現在の台湾総統府 (日本の首相官邸に相当)として利用されている赤レンガの建物、台湾総督府庁舎が完成します。当時は日本統治下の台湾のみならず、日本国内でも最も高い赤レンガの建築物となりました。設計は建築士の長野宇平治氏です。台湾総府の雰囲気がなんとなく東京駅に似ていると思う人が多いでしょう。それもそのはず、長野宇平治氏は東京駅を設計した辰野金吾氏の弟子の一人です。

長野宇平治氏によって設計された建築物は日本にも多く残されています。有名なものでは重要文化財となっている日本銀行本店や京都支店、大阪支店のほか、現在は山口銀行別館として利用されている三井銀行下関支店、北海道中央バス本社ビルとして利用されている北海道銀行本店 (現在の北海道銀行とは別会社)などです。

台湾総統府は平日の午前中に建物の1階の一部が内覧可能です。この見学に予約は不要ですが、身分証明書としてパスポートが必要となります。また不定期ですが、終日、全階を内覧できる日があります。スケジュールは総統府公式ウエブサイトで公開されています。また内覧は15人以上の団体の場合、予約も可能です。

台北第一女子高級中学(台北第一女子高等女学校)

(C) Takahito Moroji
台湾の超・名門女子高、北一女

住所:台北市中正区重慶南路一段 165 号
交通アクセス:台北捷運(MRT)淡水信義線・台大医院駅下車徒歩8分程度
公式サイト:https://www.fg.tp.edu.tw/

台湾の教育制度は義務教育が国民小学校の6年間と中学校の3年間で、そのあと、日本の高等学校に当たる高級中学や高級職業学校、その先に大学へと進学していきます。台湾でも名門と呼ばれている高級中学は台北市の男子校である建国高級中学校や女子高の台北第一女子高級中学校、共学の国立台湾師範大学付属高級中学校や国立政治大学付属高級中学校などが挙げられます。

中でも台湾最難関の高級中学と言われているのが男子校の建国高級中学校と女子校の台北第一女子高級中学校です。この2校はかつての台北第一中学校、台北第一女学校でした。当時の台湾では学校にランクがあり、第一、第二が付く中学校は優秀な日本人と、わずかですが優秀でなおかつ資産に恵まれた台湾人も入学することができました。しかし、多くの優秀な台湾人は第三に入るのがやっとだったそうです。

日本統治時代から変わらず、台湾における最難関の「第一」であり続けているのが台北第一女子高級中学校、通称「北一女」です。その校舎は台湾総統府から徒歩1分、目と鼻の先にあります。校舎は日本統治時代のものをリフォームして使い続けてくれています。女子校ですし、学校ですから外からしか見ることができません。

台北賓館(台湾総督官邸)

(C) Takahito Moroji
開館日は月に1度だけとなっています

住所:台北市中正区凱達格蘭大道1号
交通アクセス:台北捷運(MRT)淡水信義線・台大医院駅下車徒歩5分程度
公式サイト:https://subsite.mofa.gov.tw/tgh/

現在、台湾の迎賓館として利用されている台北賓館はかつての台湾総督官邸でした。完成は1901年で、設計は台湾総督府の技師だった福田東吾氏や国立台湾博物館を設計した野村一郎氏、宮尾麟氏が担当しました。しかし、この建物はシロアリの被害に遭い、1911年に改築されました。改築の設計は辰野金吾氏の弟子、森山松之助氏が担当しました。1998年、国定古蹟に認定されています。

台北賓館は対外的に公開していなかったのですが、2006年から一般に公開されるようになりました。公開日は月1回で予約などは不要です。公開日は公式ウエブサイトで確認することができます。

台湾銀行本店

(C) Takahito Moroji
銀行の建築設計で活躍した西村好時氏の手によるもの

住所:台北市中正区重慶南路一段120号
交通アクセス:台北捷運(MRT)淡水信義線・台大医院駅下車徒歩6分程度
公式サイト:https://www.bot.com.tw/tw/personal-banking

日本統治時代は貨幣を発行できる特殊銀行、商業銀行、中央銀行であった台湾銀行は戦後、そのまま業務を引き継いでいました。その後の組織改革などもあって、現在は国営銀行となっています。その台湾銀行が本店として利用している建物は日本統治時代にも同じ名前で本店として利用されていました。

この建物は数々の銀行建築を手がけた建築家、西村好時氏の手によるもので、1938年に完成しました。西村好時氏は第一銀行で建築課長だったこともあるため、その時代に設計した建物が日本にも残されています。代表的なものでは現在、京都銀行西陣支店の建物として利用されている旧第一銀行西陣支店、2020年3月までYCCヨコハマ創造都市センターとして利用されていた旧第一銀行横浜支店などが知られています。

司法大廈(台湾総督府高等法院)

(C) Takahito Moroji
台湾には辰野金吾氏の弟子たちが設計した建築物が多い

住所:台北市中正区重慶南路一段120号
交通アクセス:台北捷運(MRT)淡水信義線・台大医院駅下車徒歩6分程度
公式サイト:https://www.tph.moj.gov.tw/4421/4543/4589/29720/

台湾の最高司法機関が司法院であり、日本の最高裁判所などに相当する機能を持つ機関です。司法院のある司法大廈は日本統治時代、台湾総督府高等法院、台北地方法院、検察局が置かれた建物でした。

設計は東京駅を始めとする多くの歴史的建築物を設計した辰野金吾氏の弟子で、台湾総督府営繕課長だった井手薫氏によるものです。1934年に完成しました。現在この建物は国定古跡に指定されています。

日本統治時代には3階までしかなったのですが、戦後、4階部分が増築されています。井手薫氏は他にも台北市公会堂 (現在の中山堂)や台北市役所(現在の行政院庁舎)などの設計も手がけています。

台湾タバコ酒会社本社(台湾総督府専売局庁舎)

(C) Takahito Moroji
台湾の建築では辰野金吾氏の弟子たちが活躍した

住所:台北市中正区南昌路一段4号
交通アクセス:台北捷運 (MRT) 淡水信義線/松山新店線・中正紀念堂駅下車徒歩5分程度
公式サイト:https://www.ttl.com.tw/

日本統治時代には酒やタバコ、塩などを扱う専売局の庁舎だった建物は現在、台湾タバコ酒会社(台湾菸酒股份有限公司)の本社として利用されています。完成は1922年で、現在は国定古跡となっています。

この建物は台湾に残っている日本統治時代のものと似た佇まいからわかるように、辰野金吾氏の弟子の一人である建築家の森山松之助氏が設計しました。この他、台湾にある森山松之助氏が設計した建築物では台湾総督府の一部、台湾賓館の一部が挙げられます。また、日本国内では新宿御苑台湾閣、長野県諏訪市にある国指定重要文化財の片倉館会館浴場・渡廊下などが有名です。

国立台湾大学校史館(台北帝国大学図書館)

(C) Takahito Moroji
現在は日本文学などの研究室のほか、学校の歴史を紹介する記念館となっている

住所:台北市大安区羅斯福路四段1号
交通アクセス:台北捷運 (MRT) 松山新店線・公館駅下車徒歩0分
公式サイト:https://www.ntu.edu.tw/

かつて日本には旧制の高等教育機関、帝国大学がありました。現在は国立大学となった北海道、東北、東京、名古屋、大阪、京都、九州という7校、それに日本統治下にあった韓国の京城 (ソウル) 、台湾の台北の2校、合わせて9校が当時の日本のトップレベルの大学だったのです。

かつての台北帝国大学は戦後、現在、国内トップの大学である国立台湾大学となっています。台湾大学のメイン校舎はMRTの公館駅の3番出口で出てすぐのところにあります。日本の帝国大学7校同様、敷地内には台北帝国大学時代からの建物が残されていて、今も校舎として利用されています。門には守衛さんが立っておられますが、観光客でも入ることができます。学内を歩いて回るには広すぎるので、公館駅前にあるレンタル自転車YouBikeのステーションで自転車を借りた方が良いでしょう。

校内にある「校史館」は台北帝国大学時代には図書館として利用されていた建物です。この建物は台湾総督府営繕課長の井出薫氏の設計で 1930年に完成しました。現在は市定古跡となっています。台北帝国大学時代からの学校の歴史や資料などが公開されています。中には李登輝元総統の選択科目の時間割といった変わったものも展示されています。

錦町日式宿舎群(台湾総督府殖産局山林課職員宿舎など)

(C) Takahito Moroji
日本統治時代の官舎だった日本家屋はリノベーションされ、観光スポットに

住所:台北市大安区金華街84など
交通アクセス:台北捷運 (MRT) 松山新店線・古亭駅下車徒歩5分
公式サイト:https://go-taiwan.net/ikutabi/archives/11722

日本統治時代、多くの技術者が台湾の農業発展のために活躍しました。彼らが住んでいた官舎は台北市錦町6条通り (現在の大安区金華街、杭州南路2段周辺))にありました。

(C) Takahito Moroji
修復される前の状態

数年前まで官舎として使われた当時の建物の一部が残されており、手付かずの廃墟状態となって残され、「錦町日式宿舎群」と呼ばれていたのですが、台湾の文化資産保存法によって台北市歴史建築物に指定され、台北市政府文化局の「旧家屋文化運動プロジェクト」により、その一部は修復作業が行われ、現在は観光スポットとなっています。

松山文創園区(台湾総督府専売局松山煙草工場)

(C) Takahito Moroji
現在はアーティストの集う場所になったタバコ工場

住所:台北市信義区光復南路133号
交通アクセス:台北捷運 (MRT) 板南線・市政府駅下車徒歩10分
公式サイト:https://www.songshanculturalpark.org/

台湾総督府専売局松山煙草工場は台湾最初の専業タバコ工場として1939年に建設されました。この工場は台湾における最初の現代的な工場としても知られています。この工場には託児所や宿泊施設、浴場、医療施設などが併設されていました。

戦後、台湾政府はこの工場を接収し、台湾省専売局松山タバコ工場としました。戦前から紙巻きタバコを生産し続けたこの工場は台湾の国産タバコ需要減から1998年には工場としての役目を終えます。その後、市定史跡に認定され、事務棟や工場、倉庫などの建物が保存されることになりました。

この建築物はリノベーションし、現在は機械修理工場だった場所が商業施設、倉庫だった場所をアートギャラリーといったように利用されています。

華山1914文化創意産業園区(台灣總督府專賣局台北酒工場)

(C) Takahito Moroji
毎週なにかしらのイベントが開催されている華山1914

住所:台湾台北市中正区八徳路1段1号
交通アクセス:台北捷運(MRT)板南線忠孝新生駅出口1から徒歩3分
公式サイト:https://www.huashan1914.com/w/huashan1914/index

1914年に建てられた日本芳釀の清酒工場が1922年、台湾総督府専売局台北酒工場となり、戦後も台湾省専売局台北酒工廠として利用されてきました。1987年に工場が移転し、その後、放置状態にありましたが、工場建屋は産業建築技術に関する博物館として活用されるようになりました。また、1999年以降は松山文創園区同様、さまざまな芸術・文化イベントが開催されるプレイスポットとなっています。

国立台湾博物館(台湾総督府民生部殖産局付属博物館)

(C) Takahito Moroji
牛の銅像が出迎えてくれる

住所:台北市中正区襄陽路2号
交通アクセス:台湾鉄道・台北駅下車徒歩8分
公式サイト:https://www.ntm.gov.tw/jp/

二二八和平公園に面したギリシャ風の大きな建築物が国立台湾博物館。この建物はもともと、1906年に台湾総督府を離任した児玉源太郎元総督と後藤新平元民政長官の功績を記念し、1908年に建設された台湾総督府民政部殖産局付属博物館でした。

現在、台湾の迎賓館、台北賓館として利用されている台湾総督官邸を設計した一人で台湾総督府民政部営繕課技師・課長の野村一郎氏、それに技手の荒木栄一氏の二人で、工事監理は台大医院を設計した営繕課技師の近藤十郎氏らが担当しました。外観も内部もヨーロッパ的で、中央ホールの天井にはステンドグラスが設置されています。そこに日本らしさは全くありません。

正面入り口の左右には2頭の大きな牛の銅像が置かれています。この二つの銅像はかつて台湾神社 (跡地は現在の圓山大飯店)に奉納されていたものです。

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