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幸せを撮影した

この前の土曜日は、仲良くしてくれる先輩バンドが主催するセッションに参加してきました。

この話はまた別記事に。

場所は静岡県の浜松駅。

誘われたときから「泊まっていくでしょ?」なテンションだったので、お言葉に甘えてギタリストの先輩の家に宿泊させてもらいました。

先輩の家には2歳になる娘さんがいます。

1年前にも新宿御苑で家族写真を撮らせてもらいました。この時はまだハイハイもできませんでした。

この頃に比べたら2回りも3回りも大きくなって、元気に走り回り、言葉も少しずつ話し始めています。

朝起きてから、泊めてもらったお礼のつもりでたくさん写真を撮りました。

しばらくして、先輩夫婦の娘さんへの愛に溢れた表情を見ていたら、「みんな、こうやって周囲からたくさん愛情を注がれた時間があったんだな」と感動して、気づいたら写真を撮りながら泣いていました。

「えっ!?ほんとに泣いてる!?」と驚かれましたが、どんどん涙が出てきました。

東京に帰ってからすぐに、編集して写真を送ると「どれも最高で印刷して部屋に飾る」と喜んでもらえました。

この日の経験は、数日経った今でも心に残っています。

心から喜んでもらえる、いい写真を残すことができた。嬉しさが胸に広がっています。


「僕に撮れる写真ってなんだろう」とここ数年、
ずっと考えていました。

僕より写真もライティングも上手い人はたくさんいるし、ヘアメイクや衣装でバチバチに決めた写真は僕には撮れない。

そんな悩みの中で今回、とっても喜んでもらえる写真を撮ることができた。

ただただ日常。普段着で、家の中。

たぶん、あとで思い出すこともできないくらい当たり前に過ごしている日常の時間こそ、僕が撮るべき写真なんじゃないかと思いました。

娘さんが笑っている写真だけじゃなく、娘さんを見つめている先輩夫婦も写っている。

記念日の写真も綺麗だけど、後から思い出すのって、リビングや公園でのなんでもないひと時だったりするよなって。

そういう距離感の写真は、技術だけでは撮れない。

直接人に会って、話して、「ともひなら家に呼んでも大丈夫だな」と思ってもらえたからこそ残せた時間だった。

世界で僕にしか撮れない写真が撮れた感覚があった。

家族の中に入れてもらえたからこそ残せた時間。
そんな写真を、これからも撮っていきたい。

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