夫婦関係のメンテナンス文化をつくる
ハーバード大学の成人発達研究をまとめた『The Good Life』(ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著)では、80年以上にわたる追跡調査の結論として、こう述べられています。
「良い人間関係が、私たちをより幸福に、より健康にしてくれる。それがすべてだ。」

幸福は富や地位ではなく、人間関係の「質」によって決まる。
この科学的事実を前提に、今日は、夫婦関係という一番身近な人間関係について考えてみました。
三組に一組が離婚する社会
離婚はもはや珍しいことではありません。
でも、私自身が離婚の危機(現在進行形)を経験して初めて、強く思ったことがあります。
「なぜ夫婦は、いがみ合い、憎しみ合って別れなければならないのか?」
離婚すること自体を否定するつもりはありません。むしろ、離婚も修復も、それぞれの人生の選択として尊重される社会であってほしいと思います。決してタブーではない。ただ、その前に「離婚に至る必要のなかった離婚」が、世の中にはけっこう多いのではないか。対話の機会があれば、結果は違っていたのではないか。
そう感じました。
結婚ライフサイクル
夫婦関係をライフサイクルとして見てみると、次のような段階があると思います。
1 出会い・恋愛
2 結婚・生活
3 安定
4 摩耗・不満・我慢期
5 修復 or 離婚
もちろん、全ての夫婦がこの流れをたどるわけではありません。
安定のまま過ごす夫婦もいれば、安定と不満を行き来しながら、最後まで寄り添い合う関係もあるでしょう。
しかし、摩耗期を経て修復に向かえない場合、行き着くところは離婚か仮面夫婦です。リスペクトを失い、感謝の言葉が消え、ただの「同居人」になる。そして、この時期はとてもしんどい。何も感じなくなる人もいるかもしれませんが、それはその人の人生を正直に生きていることになるのでしょうか。何のための生きているのか、こんなに我慢して人生を終えるのか、などと頭をよぎることだってあるでしょう。
この状態での子育ては、さらに悲しく厳しいものになるでしょう。夫婦間の争いは、子どもの心の安定、不登校、貧困、経験格差など、世代を超えた影響がありそうです。これってもう、家庭の問題に留まらず、社会的な課題と言えるのではないでしょうか?
壊れた後の支援はあるが
日本では、関係が壊れた後の支援〜 すなわち、カウンセリングや弁護士はたくさんあります。離婚ビジネスといってもいいくらい。でも、それはすべて問題が起こった後の破局支援だと思います。
弁護士は離婚をスムーズに進める専門家ですから、相談した時点で結果はほぼ決まります。もう淡々と進むだけ。実際、弁護士に相談したら、あれよあれよと離婚に至った、という方も多いのではないでしょうか。それはそれでいいんですけど。
また、シングルマザーに対する公的な支援など、関係が破局した後のセーフティネットとして大切な役割があります。だけど、その前の「予防的」な支援、つまり「壊れる前に整える」ための取組はほとんど存在せず、自分たちの心がけ次第で放置されているのが現状なのではないでしょうか。
もしくは、必要に駆られて関連セミナーを受講する程度でしょう。
小さなすれ違いが、静かに積み重なる
夫婦関係の崩壊は、突然の事件ではなく、日々の小さな“未解決”の積み重ねで起こります。
「その一言が気に障った」
「感謝の言葉がなかった」
「本当は話したいけど、言えなかった」
「相手が悪い、自分は悪くない」
そうした小さな違和感を放置すると、やがて「我慢」や「沈黙」に変わり、最後には「諦め」や「怒り」に変わることでしょう。
外からは問題が見えないけども、内側では関係が冷え切っている。そして、愚痴ばっかりの関係。こんな夫婦、あなたの周りにも多いのではないですか?
SNSでは「残念な夫3選」「地雷妻の特徴」など、それぞれの立場からの見方で分断を煽る情報があふれ、自分を見つめる時間も、相手を理解する努力も失われつつある、典型的なエコーチェンバーが起こっているような気がします。
修復ではなく、メンテナンスする文化を
医療でいえば、これは「予防」です。病気になってから治すより、日々の生活を整える方が健全。
人間関係も同じです。関係が壊れてから直すのではなく、日常の中で整える文化を育てていく。
自分の感情を理解する
相手の感情を想像する
気づく
感謝や違和感を言葉にして伝える
振り返る
こうした「意識的な整え」の習慣が、関係を守る最大の予防になるのではないか、と思います。
家庭は社会の最小単位
家庭の安定は、子どもの安心につながり、職場の人間関係にも波及しうるものだと思います。つまり、「人と人の関係を整えること」は、社会全体の土台を整えることでもあるのです。
壊れてからではなく、日頃から。
自分の気持ちを整理し、相手を責める前に理解を。
この一歩が積み重なれば、家庭も、職場も、社会も、もう少し優しくなれるはず、なははーんってことを思ったのでセンチメンタル記事を書いてみました。
終わり
