テリトーリオとしての津和野 vol.4: 学びの場へ接続する
地域と外部との邂逅の場としての「津和野会議」
前章では、テリトーリオ戦略と田園回帰1%戦略を重ねて、自然と農業や集落などが織りなす景観、そこで暮らす人の営みがつくり出す地域圏再生へのビジョンとそれを実現するための地域コモンズの重要性について考えてきました。しかし、過疎化が進んだ今、従来の地域コモンズだけでは、複雑に絡んだ難題の地域課題に立ち向かうことが困難なことも明らかです。これを突破するには、自分たちだけでなく、外部知見を持った人たちとの共創が鍵になります。そんな当たり前なことを、と感じる方も多いでしょう。しかし、ここで留意すべきことはその導入方法です。一般的には、外部知見を外注先としてコンサル会社や国や地方行政が期待する具体的なソリューションで力を発揮するIT産業に求めがちです。また、外部有識者会議のような形もよくあるパターンです。私たちが実現したいものは、こうした旧来の自治体主導による政策的外部知見ではなく、あくまで地域住民による内発的コミュニティを基層として、自らが描いた未来へのビジョンに向け、多様な知見を持った創造的コミュニティをつくり、共に行動する自律性を持った共創です。キーワードはクリエイティビティ=創造性です。このコミュニティ形成に向けた邂逅の場が、記事01「TMCが目指すもの」でご紹介した「津和野会議」であり、共創する場である「つわのカレッジ」なのです。最終章ではこれらの活動がどのようなものなのか、をお話ししたいと思います。(表紙 津和野会議2019 )
「津和野会議」は、このまちに初雪が舞い、イベントや観光も閑散期となり、静かな津和野に戻る12月上旬に開催する国際地域会議です。2019年に今のTMCのメンバーを中心に仲間が集まり、色んな人たちが集まる地域会議を行おう!と勢い余って、友人たちに声をかけて、浅薄にはじめてしまった事業です。おそらく参加者からみると第一回が衝撃的だったのかもしれません。通常、会議に呼ばれれば、90分とか長くて半日であるものが、前日の夜から始まり、翌日丸一日会議して、夜まで議論が続くという状況に大きな驚きがあったようです。学会だと考えれば不思議はありませんが、私たちは会議に予定調和性をなくし、色んな人たちがかぶさって議論されていく、まさしくジャズセッションのような対話の場が連なる創造場つくることを目指しました。つまり津和野会議とはある意味、地域をテーマとした演奏者や視聴者が変わる変わる楽しむジャズフェスティバルのような地域会議なのです。
このような会議スタイルに先行事例がなく、毎年開催を重ね、コロナ禍によるオンライン、参加性をつくるアンカンファレンス、まちなかに繰り出すプログラムなどの試行を行い、そして多くは失敗を経験しながら、参加者の温かい励ましに甘えながら私たちなりに学び、津和野会議のかたちを更新し続けてきました。最初は一日の会議でしたが、議題が多くなるにつれ日程が収まらなくなり、第三回以降から二日間の会期でおこなうことが定着しました。
何故、このように毎回、領域が異なる専門家たちを招いて、他の専門家や地域住民との議論の場をつくるのか。ここに津和野会議の目的があります。近代は研究の専門性が高まったと同時に、その分断を助長した時代でした。しかし科学技術は大きく発展し、その恩恵により著しい経済発展がなされました。一方で高まっていく専門性が科学技術の縦割り化を強めることになったのです。特に人文学と科学技術の隔たりは大きく、それが教育の現場にも及び大学受験を意識して文系、理系と高校生たちを二分した育成を行い始めました。津和野が誇る森鷗外は医者であり、文学者であり、日本藝術院の前身である帝国藝術院の初代院長であったように、理系文系そして芸術にも横断する活躍をしていました。西周は百一新論で語るように、百学を通してものごとを捉えるヨーロッパの哲学の考えを日本に伝えました。学問とは深めて行くだけでなく、自分が立つ位置から領域を超えて、新しいインスピレーションを得る旅に出る横の好奇心を忘れてはならないのです。地域は本来、総合知で対処すべき問題ですが、やもすると「地域という専門領域」をつくってしまい閉じてしまいかねません。同じ領域、同じ文化を持った人同士のコミュニティは心地よいものですが、予定調和的になり、今のような地域が大きな課題を抱えている時代に改革を起こしづらい状況もつくりだしてしまいます。私たちはこの偉人たちから何を学ぶのか、単に誇りに思うだけでなく、自分たちの未来に向けた現代的な意味を読み取るべきです。津和野会議は、周や鷗外などの偉人の眼差しの先を見つめて、地域の在り方を環領域で考え、実践する実学の場を目指そうとしています。

従って津和野会議は、強固な専門性や同じ価値観を持った仲間のコミュニティによる会議ではなく、開放的で他者が介在する緩やかなコミュニティになうよう努めています。地域課題という難問を解くために、様々な領域で活躍している人達を呼び、物理学者が地域をどうみるか、アーティストが農業をどうみるか、ビジネスマンは地域経済をどうみるか、市民がそうした専門家たちの語る言葉をどうみるのか、プロ同士だけで語るだけでなく、ど素人も入ることで、素朴な、しかし本質的な疑問が提示され、議論されます。
おそらく、この会議に誘われれば、自分とは関係ない話題を話すその場に、もしくはよく知らない人が沢山いる場に何故、参加しなければいけないのか、と思われる方も多いでしょう。そこでこの会議では、マルチチュードな人たちが重要な役割を担います。マルチチュードとは「国家という〈政治的決定の独占〉に身を任せることなく 公的領域のなかで協力して行動する」(パオロ・ヴィルノ)人々です。ある学問領域、ビジネス領域、アート、音楽、映像、食などの表現領域、または特に専門領域を持たぬとも、社会に問題意識を持ち、その在り方を考える公的領域に参加する自律した人々です。こうした外部でありながら、内部に深く入り込むことのできる人々のコミュニティが津和野会議に参加する人をつなぎ合わせてくれる触媒となります。私たちはこうした津和野会議を成立させてくれるマルチチュードな人たちを企画アドバイスを頂くボードメンバーにお願いしたり、新しくお誘いしたりすることに時間と努力を惜しみません。

こうして六年間かけて、徐々に津和野会議の文化と言えるものが形づくられてきました。それは、長い、垣根がない、歩く、という3つのキーワードから説明できます。リモート会議が普及し、対面会議なんて短ければ短いほどいい時代に、ニ日間も時間を割くことに驚かれる方もいらっしゃるでしょう。また会場は城下町全体としているので、参加者は時に歩きながら議論をすることになります。そして、セッションだけでなく、 食事やバーカウンターを囲みながら参加者同士が話す時間も多く、立場を超えて、胸襟をひらいて会話を楽しめ、様々な話題が飛び交います。つまり城下町全体が対話の舞台なのです。まちがメディアとなり、あちらこちらで自然発生的な対話が生まれ、様々な関係性が築かれていきます。実際、ここでの出会いや会話がきっかけとなり、別な場所で参加者同士で様々な活動をされているようです。

私たちはこれこそが本来のシンポジウムの在り方と考え、その会議スタイルを探求し、様々なユニークなマルチチュードな人を招待し、また会議方法の企画を重ねています。毎年スタイルが変わっていく津和野会議ですが、不変なものがあります。それは、会議とは参加者が最大のコンテンツだという考えです。一杯の水が入ったコップから地球環境を語れる方、一枚のコインから世界経済を語れる方、聞こえてくる雑音から音楽や詩を語れる方々と一緒に難題である「地域」を考えること。 そうした文化を津和野会議で醸成したいと考えています。こうした邂逅こそが、地域にイノベーションを導き出す新しいアイデアの孵化装置ではないでしょうか。
地域と外部との共創の場としての「つわのカレッジ」
津和野会議は地域全体の問題を扱う総合会議ですが、「つわのカレッジ」は、津和野に焦点を絞り、地域住民と専門家と一緒に地域再生に向けて具体的な戦略と戦術を考え、年に数回、現場で実践するリビングラボです。このきっかけは津和野高校卒業生のこのまちへの想いです。自分が高校時代に学んだこのまちの魅力は、なんと説明すればよいのか迷い考えた末、行きあたったのが、いま生きている庶民文化をつぶさに観察する考現学でした。2023年9月に、この卒業生と「考現学でみる津和野」というワークショップを企画し、その学生が集めた大学生たちと一緒に、まちの中に潜む「文化」を探し歩くフィールドワークを行いました。それが「つわのカレッジ」のはじまりです。その活動は津和野会議2024における「日常の中にある文化遺産」セッションに引き継がれ、現在行われている多胡家母屋改修工事後、津和野の現代民衆文化を調査、記録、蒐集、表現する「津和野アーツセンター」構想、いや妄想へと繋がっています。
具体的に「テリトーリオ」に取り組み始めたのは、2024年6月に開催した、つわのカレッジ2024春「身土不二-WE ARE WHAT WE EAT」です。前年の津和野会議2023に招いた宇宙飛行士毛利衛さんとのセッションパートナーの一人である小野寺愛さんが、参加者のシェフ野田達也さんとの会話の中で生まれた企画です。小野寺さんは、鎌倉を拠点に食と教育活動をされ、隠岐島海士町の阿部裕志さん率いる「風と土と」が出版したアリス・ウォータース著「スローフード宣言ー食べることは生きること」の翻訳をされました。そして、同氏の来日ドキュメンタリー映画のプロデュースにも関わり、2024年3月にオープンする私たちの新しいカフェが最初に迎える春に、農家の方を招いた地産地消のロングテーブルと上映会をしようというものです。人の店のオープニング企画を勝手に考えてくれる素敵な仲間たちですが、カフェの最初の企画を考えていた私は、すぐにその企画に飛びつき、早速実現に向けた計画を立て、実行に移しました。言い出しっぺの野田達也さんは、ミシュランの星と持続可能な食の評価を行うグリーンスターをもつ気鋭の料理人です。その準備のため野田さんと一緒に津和野周辺の田園を駆け巡り、農家などの生産者を何度も訪ね、つながりをつくり、頂いた新鮮な食材を確かな調理技術とセンスをもつ野田さんと、経験はなくとも好奇心に溢れた私たちのカフェクルーが協働で一つの料理として表現していく貴重な体験をすることができました。

こうした活動の次にすべきことは何か。地域の農家と日常的に触れ合い、私たちが食を通して、地域の人や来訪者にその土地の恩恵を、特別な時だけではなく、私たちの日常となれば、それはとても素晴らしいことです。もしかしたら、オルチャ渓谷で育まれた「テリトーリオ」は一つの指針を示さないだろうか。。。という漠然としたアイデアが思い浮かび、ヴェネツィア建築大学の大先輩である法政大学の陣内秀信教授が木村純子教授と共著された「イタリアのテリトーリオ戦略」を手に取りました。そのとき、私は怪我で長期入院しており、読書の時間は事欠きません。読みにつれ、今後行うべき行動が見えてきました。そして、関連書籍も読みあさり、津和野テリトーリオに向けた企画を練り込んでいきました。その第一歩が10月に行った、つわのカレッジ2024秋「テリトーリオ スタディ」です。テリトーリオ研究の第一人者である陣内先生をはじめ、津和野を地学的アプローチで見直す萩ジオパークの白井孝明さん、高津川流域をもつこの地域を知るために、水文学を専門とする総合地球環境学研究所の谷口真人副所長、この地域の水産業と農業の在り方を考えるために同領域に詳しい京都府立大学の石川智士教授、そして、地域と食を考えるために株式会社ぐるなびで、地方自治体と食の協業を行っている西原史郎執行役員という、環境から産業まで横断的な議論ができる、私が知るうる限り最高のメンバーで、津和野のフィールドワークを行い、自然環境と地域の関係性を様々な角度から、津和野におけるテリトーリオの可能性について議論しました。

まちづくりの重要な役割を持つ現代的地域コモンズ
テリトーリオに向けたフィールドワークを深めていくことで、地域にもう一つ大事な効果が期待できます。「地域」は、英語ではregionまたはcommunityと訳されます。それは日本語の地域は、地理的概念と共同体的概念を合わせ持った言葉だからです。その「地域」を維持管理するのが、コモンズー共有財で、美しい景観づくりに欠くことのできない概念です。コモンズ研究でノーベル賞受賞したエリノア・オストロムは、「コモンズは自治組織がありさえすれば自然に形成されるというものではなく、地域固有の資源の価値を見いだし、地域内外の紛争をのりこえ、将来にわたって自然の恵みを享受できる持続可能な社会の実現に向けた強い意志をもつことが不可欠である」としています。情報化社会の現代において、地域コモンズの領域はより広く多様になっていると言えます。同じ地域でも普段は一緒に話すことすらない、もしくは知っていても一緒に議論することが少ない市民、農林水産業、スーパー、道の駅、飲食、宿泊、そして商工・観光・農林、交通、まちづくりなどの行政の関係者も含めて地域コモンズのステークホルダーです。テリトーリオは、こうしたつながりを形成し直す効果があることに気がつきました。「つわのカレッジ」の諸活動は、土着的な地域コモンズを再生すると共に、美しい環境や景観を守る新しい関与者との現代的な地域コモンズをかたちづくり、活動する場となるのです。
小京都「津和野」
津和野はよく山陰の小京都と呼ばれています。中世津和野の城主吉見正頼が山口の大内義興の娘、大宮姫を妻に迎えるなど、津和野と山口は結びつきがつよく、京文化を好んで取り入れていた大内氏の影響を受け、まちの中に残されています。TMCのすぐ近くにある弥栄神社に伝わる古典芸能神事「鷺舞」も、もとは京都の八坂神社祇園会が発祥であり、京都から大内家により山口へ、そして山口から津和野へと伝えられました。山陰の小京都と呼ぶことは、必ずしも観光用に作られたコピーではなく、そうした歴史的な背景もあるからに違いありません。

しかし、津和野をこうした中世文化の残照だけを見て、小京都としてのみ捉えると何か狭苦しさを感じてしまいます。「津和野百景」を見ると、そこに描かれている津和野は城下町だけでなく、より広い地域に展開していることがわかります。歴史的にも藩の領域であった周辺の田園地域も含めて考えると、このまちの真の姿が見えてきます。この城下町と田園地域を含めた広い地域圏に相応しいアイデンティティとは何か、そこには「小京都」という形容詞では捉えきれない風土としての独自性が存在しています。「テリトーリオ」という地域圏概念を知るにつれ、私たちが津和野に対して探していた言葉がそこにありました。しかし、いくら背景が似てると言っても、当然そのまま輸入してもうまくいくはずもありません。農業の構成も土地所有のあり方も異なります。そして何よりイタリアが着手した1980年代よりも、今の日本の地域の状況は悪化していることに加え、インターネット社会において、地域という概念も場所だけで捉える時代ではなくなっています。
現況の捉え方、再生に向けた指針は、田園回帰1%戦略を大いに参考にすべきでしょう。しかし、データは重要ですが、地域社会のあるべき美学、倫理とそれに基づいた経済戦略がなければ、真の地域再生につながりません。今後、私たちTMCは、テリトーリオと田園回帰1%戦略とのハイブリッドな思考を持ち、多くの方々の協力を仰ぎながら、カフェとホステル運営と建築設計などを行いながら、農家など一次産業の前面に立つ方々とのつながりを強め、地域特性と生産の状況を掴み、その姿を伝えること、農作物のもつ力と美味しさを追求した料理(テリトーリオ・ガストロノミー)を提供すること、それらを体験する新しい手段(ツーリズム)を開発すること、地域の生活文化の再観察を行い、そのアーカイブとしてのアーツセンター活動を行うこと、マルチチュードな人々との活発な交流、共創を行い、地域づくりに刺激をあたえ続けていく事業形態としました。このように多岐に及ぶ活動で、体力的にも経費的にも負荷がかかる事業ですが、その全てがつながっているのです。TMCは、このようにテリトーリオを通して、地域と領域を超えた津和野コモンズをつくり、潜在する地域文化圏の魅力を見える化し、人と人を繋ぎ直し、現代社会における課題解決能力の高いコミュニティ形成に向けて一歩一歩進もうと考えています。
おわりに〜テリトーリオと学びの場を接続する
最後にお伝えするのはテリトーリオと学びの場についてです。これまで津和野が如何に地域文化圏として再生すべきか、を論考してききました。しかし、TMCの根幹の事業は「学びの場づくり」です。実際、私たちの仕事は、2017年、津和野で行った小さなサマースクールや中高校生の教育支援から始まり、この活動も学びの場と大きな関係性を持っています。テリトーリオから見ると、学びの場づくりとの組み合わせは奇異に映るかもしれません。一方で、学びの視点から見ると様々な可能性を持っていることが明らかになります。地域で学ぶことの価値は、近年、地域みらい留学制度が注目を集めていることから分かるように、受験予備校のような高校時代を過ごすのではなく、社会や大学に行く前に自分や社会を見つめる貴重な時間として、地域の役割が大きくなってきています。それでは地域はどうあるべきか。地域ならではの文化やコミュニティ、手つかずの自然を体験できるだけでも大きな収穫でしょう。しかし地域で学ぶことの大きな価値とは、都市では望むことが難しい地域との開かれた関わりがあることは見逃せません。例えば、テリトーリオに大人が懸命に取り組む姿を高校生たちが目の当たりにすることで、地域住民から専門家たちをはじめ、大人たちが四苦八苦しながら取り組む、暮らしている自然への理解、自然の恩恵である農業、林業、水産業の未来への思考、景観やまちなみ、文化の在り方、地域資源を生かした産業への挑戦などの姿を通して、高校生は社会とは何か、仕事とは何か、大学で学ぶとは何か、を考える機会を得ることができます。津和野会議やつわのカレッジは、高校生たちにとって、そうした領域を超えた大人たちの真剣な議論の姿をみる社会実習の場であり、同時に地域参画の場でもあるのです。

しかし、そう簡単に大人の世界に高校生たちが入ってきてくれるわけではありません。好奇心旺盛な高校生でも、普段から彼ら彼女たちとの垣根のないコミュニケーションが取れる関係性を持っていないと、このような場はつくれません。普段から私たちのカフェやオフィスが、高校生たちのサードプレイスの役割を担い、学校と家、下宿や寮以外の場所で、気楽に仲間たちが集まり、相談に来たり、手伝いに来てくれる関係を築き、自分を晒し出せる許容性のある場として開いていることが、こうした場をつくれる基層になっているのです。
このことは私たちカフェだけでなく、様々なかたちで大人の領域に入り込める許容性のある地域であることで、高校生たちとの学びの場を共創する創造的な津和野の未来が見えてきます。そうした経験が、高校生たちにとって、このまちが故郷になっていく苗床なのです。そして、大学生や社会人になった卒業生が、ときに友人たちを連れて、気楽に戻れる場を用意しておくことも大事な環境づくりです。そして、彼ら彼女達自身が地域のために四苦八苦する大人の一人になって、様々な議論に参加し、活動を行う機会と場を常に用意することで、生涯にわたって津和野に関わる一員になっていくのです。テリトーリオはそうした学びの環境づくりに有効な環境となり、子どもたちが成長していく姿を想像させてくれます。六年前に始めた津和野会議の初回に参加した高校生が卒業後、専門学校や大学に行ったり、社会人となり、様々な立場で手伝って、企画や運営を支えてくれています。そうした彼らの年次ごとの連なりを津和野会議では見ることが出来ます。高校生は、津和野会議を通して、専門知識と社会経験を得た自分たちの先輩が、企画と運営を担い、第一線の専門家たちと議論し合う姿を見て、大きな勇気を得ることでしょう。地域課題に取組むというのは、とても時間がかかります。自分たちだけでやり切ろうとせず、次世代と事業を共有し、継承していく土壌を常に培っていかなければならないのです。
最後に陣内秀信先生が語った、津和野会議2024のキーノートの総括をご紹介して、このエッセイを閉じたいと思います。
「津和野テリトーリオはある。地学的・地形的に見た風景、幾つかの山並みに囲われ、河岸段丘川沿いに低地=盆地、青野山の美形、頂の神社、中世山城、周辺の意味ある古い聖域に守られた美しい小宇宙山陰の小京都。青野山の裾の里の農村集落、農業活発、kmO食文化がとても豊かに存在する。優れた文化的景観=農業景観と文化的・空間的アイデンティティをもっている。かつては川を通じて舟運、食文化など海と山の交流があり、その一体感のあるテリトーリオを如何に蘇らせるか。」
一般社団法人津和野まちとぶんか創造センター
理事 中西 忍
