テリトーリオとしての津和野 vol.3: 地域コモンズ
『テリトーリオとしての津和野』のvol. 3です。vol. 1~2をまだご覧になっていない方はぜひこちらからお読みください。
最初に津和野はイタリアの地方都市と周辺の田園を彷彿させると書きました。建築だけを見ると石と木の文化と大きな違いがあるように見えますが、実はイタリアと日本には多くの共通点があります。両国は、国土が南北に長く、地域の自然と民俗文化が多様で、特に食文化が豊かで、第二次大戦後に復興、高度成長期を迎え、人口は都市に集中し、地域は衰退に悩まされました。しかし、イタリアは80年代に都市型経済から方向転換し、田園回帰への弛まぬ努力によって、IT産業を前面に押し出さなくとも、それらも包含して、イタリアの地方はイキイキとしたものになっています。それは一体どのような政策なのでしょうか?
イタリアの地方戦略は、近年、テリトーリオと呼ばれる概念でまとめられています。その土地の持つ自然条件のうえに、農業・漁業・林業そのほかの産業などによる景観、集落や 建造物、歴史、文化、伝統、地域共同体などが一体のものとして捉えるイタリアの地域圏の考え方です。その地域戦略によって、私が映画で出会い、イタリアへ誘ったトスカーナ地方のオルチャ渓谷は、その何気ない景観が自然と人が織りなす美しさを際立たせ、農業がつくり出す文化的景観として、2004年、世界文化遺産に登録されました。世界文化遺産はともあれ、地域が主要産業である農業などで再生をはかるテリトーリオ戦略は、津和野をはじめとした地域の未来を考える鍵になるに違いありません。(表紙 萩石見空港から津和野方面の山地を望む 著者撮影)

では津和野はどのようにテリトーリオの概念を重ねることができるでしょうか?まずその自然環境を見てみましょう。この地域の自然は、地理学的に支流含めて日本で唯一ダムがない第一級河川の高津川流域と青野山に象徴される阿武や萩へ連なる火山帯に大きく規定されています。高津川水系は益田を河口として、まず横田で分岐して深い渓谷をみせる匹見川となり、本流をさらに上がっていくと日原で吉賀の源流へとつながる本流と青野山に向かって伸びる津和野川に分かれ、城下町を潤し、美しい田圃風景を持つ畑迫などへと繋がっていきます。
歴史的には、島根県西部の益田市と津和野町を統括していた津和野藩と浜田を中心に江津、大田を統治していた浜田藩による石見国も一つの大きなテリトーリオと言えるでしょう。さしあたり、日常的に人と自然のつながりを感じる高津川流域と青野山火山帯による自然環境、津和野から畑迫、青野山、笹山、日原、柿木、吉賀、青原、横田、益田などに至るエリアを一つのテリトーリオと設定したいと思います。実際、このエリアの多くは日本遺産となった江戸後期の「津和野百景」で描かれた地点と重なることから、現在の行政区の津和野町より広く、江戸期は旧津和野藩のエリアを自らのテリトーリオとして捉えていたとしても不思議はありません。


テリトーリオと田園回帰1%戦略
さて、いよいよ話は私たちTMCが考える戦略の核心に近づいていきます。こうして見ていくと、なんの矛盾もなく、テリトーリオの概念を通して、津和野の地域を見ることができます。日本語で最も近い言葉は「風土」でしょうか。原意は古代中国発祥の用語で元来は季節の循環(風)に対応する土地の生命力(土)を意味します。主に人々の地域に対する文化的心象として使われる風土に対して、テリトーリオは地域計画に反映できる具体性を持った概念ですが、私たち日本人に馴染みのある「風土」を下地にこのテリトーリオを捉えれば、感覚的に掴みやすいと思います。これからこの視点で津和野の再生戦略を考えていく前に、中山間部の地域再生研究の第一人者である持続可能な地域社会総合研究所の藤山 浩所長が提唱する「田園回帰1%戦略」を見てみましょう。

藤山先生は長年、地域問題の研究に取り組み、様々なデータに基づいて地域再生への道筋を示しています。「田園回帰1%戦略」は地域問題の抽象化や小手先を排除して、冷静に現状を観察して、そこから見える動きと倫理観を持って、地域社会の行くべき方針を描き出そうとする名著です。まず、地域消滅論の検証と田園回帰の動きについて分析し、矛盾を孕んだ、高度成長期から追い求めてきた規模の経済から、循環の経済に向けて、地域が率先して、行動することを呼びかけています。何故か。地域には規模の経済が必要としている再生エネルギー、食糧、水などのエッセンシャルな資源の供給源であること。地域コミュニティの豊かさ。そして、「育命」という自然の中で生活することで育まれる倫理観。この3つを条件優位性として、田園回帰を呼びかけ、その具体的戦略として、1%づつ人口と所得を取り戻す政策を主張しています。
そして、地域での暮らしに必要になるサービス、情報、モノなどが集めた「小さな拠点」をつくり、地域コミュニティを支えようというものです。経済における大事なポイントは地域にも及ぶグローバル経済下においても、外発的な産業振興だけに頼らず、域内循環を再建するために、少しづつ外部流失を止めることが必要であり、その中でも特にエネルギーと食が重視されています。エネルギーは最重要のテーマですが、別な機会に探究したいと思います。このテリトーリオでは、この食に焦点をあてます。日本において食はどうなっているのか。実際、2024年現在、日本の食料自給率は38%、東京は0%です。大都市パリをもつフランスは122%、NYやLAをもつアメリカは132%、ロンドンを持つイギリスは65%です。このカロリーベース総合食料自給率算定には批判もあり、個人消費に比べて、加工、流通、外食における輸入に頼った比率が多く占めており、実感との乖離があるかもしれません。生産額ベースの自給率を見ると61%になりますが、それに安心してはいけません。これは加工、流通、外食分野で海外から安く購入している結果と思われます。いずれにせよ、食糧供給が世界的に安定していれば良いのですが、世界的な人口増加と地球温暖化による過去にない食糧不足も想定しなければいけない未来は、生命維持に直結する食の生産は、海に囲まれた日本の食糧安全保障上、その地域の人口が食べていける自給自足を目指すことを基本政策とすべきです。「田園回帰1%戦略」が指摘する、収入の外部流出を意味する地域食料自給率の低さは、食料安全保障だけでなく、地域経済としても一丁目一番地の取り組むべき課題と言えます。同様な危機意識を持って国では農業への様々な支援は様々な形で行われていますが、中々若い継承者が続きません。農業が収入を得られ、なによりも「誇り」が持てる職業にすることが必要です。
ここでテリトーリオ戦略が重要な役割を担います。何故ならば、この戦略は自然と文化を背景に、農業に誇りをもつことに注力しているからです。この戦略は、まず自然環境に基づいた農業や林業などによる美しい文化的景観を実現することが重視されています。日本においても「日本の最も美しい村」協会があるように、田園の美しさに価値を見出しはじめています。大事なことはそうした美しい景観の価値を再認識するだけではなく、その環境を維持している、生産性から見れば非効率的な貢献を行っている農業への支援と同時に、地域の自然が持つポテンシャルやそこで育つ農作物の地域独自性を再認識し、伝統や歴史と共に地域の食や景観の価値を私たちの生活文化の中に確立し直すことです。そして、こうした私たちがふ日常とする生きた地域文化がリジェネラティブに環境と接続していくために地域経済の在り方もリデザインしなければいけません。例えば観光においては、地域を楽しみ、かつ貢献できるプログラムを持ったアグリツーリズムやフードツーリズム、地域再生ツーリズムなどを地域と共に生み出していくことが不可欠です。この基礎となるところを疎かにして拙速に消費する観光促進ばかりを追う時代ではもはやないのです。そのためには地域自身が、普段何気なく感じている自らの地域資源を見る目の解像度を今一度上げていく必要があります。
テリトーリオの実現には地域コモンズの存在が欠かせません。コモンズは、私有財や公共財でもない共有財という概念です。決して新しいものではなく、日本の地域においても共有林や漁業権のような形で地域を共同管理してきた慣習的制度です。地域創生は、ブランディング、情報発信などによる観光促進や移住政策に頼りがちですが、地域価値の基層にあるのは経済的には非効率にもみえる、丁寧な農業や生態系を整える里山などの景観管理などです。ここに地域コモンズの重要な役割があります。そして、その地域コモンズを醸成し、その拠点となるのが、「田園回帰1% 戦略」で提唱されている「小さな拠点」であり、それらの横のつながりなのです。しかし、この地域コモンズだけでは、難題である地域課題を解決し、独自のテリトーリオを形成するのはかなりハードルが高いと言えます。それを突破するためにどうすればいいのでしょうか。

テリトーリオとデジタル田園都市構想
ここで政府が掲げる地方創生に向けたデジタル田園都市構想を見てみましょう。この構想は「デジタルの力を活用した地域の社会課題解決」を掲げ、「地方に仕事をつくる」「人の流れをつくる」「結婚・出産子育ての希望をかなえる」「魅力的な地域をつくる」の4つに重点をおきつつ、分野横断的な支援を通じて地域の取組を推進するとしています。これらは地域創生に必要な要素ですが、その達成には地域独自のビジョンが必要です。「観光や農林水産業の推進等の地域創生に資する取組などを支援」すると書かれていますが、具体的な内容は書かれていません。勿論、それは各地域がそれぞれの独自性を鑑みて決めるべきことです。しかし、そこの設計があまいと場当たり的な事業になってしまう危険を孕んでいます。藤山先生が批判する「抽象的」「小手先」に陥りやすいのです。実際そうした事例が多いからこそ、補助金を費やしても中々地域創生の成果が上がらないのではないでしょうか。テリトーリオは、「魅力的な地域をつくる」に対する具体的な戦略方針であり、地域価値が向上することで製造や観光などにつながり、「地方に仕事をつくる」「人の流れをつくる」の種をつくるものです。それらをデジタル技術が支援することによって効果を発揮できるのではないでしょうか。もう一つイタリアに学ぶべきことは、地域政策における大学・研究機関の役割です。地学、歴史、文化などの自然と文化との自然科学と人文学への研究を基層に、建築と都市、そして第一次産業から文化的景観までを見渡して、経済社会に繋げていこうとする横断的な姿勢、それがビジョンとして実を結ぶのです。
次回、最終章となるvol.4では、従来の地域コモンズだけでは、中々解決できない諸問題に対して、どのように立ち向かうべきか。私たちが取り組む津和野での具体的なアクションとこれからの構想についてお伝えしたいと思います。
一般社団法人津和野まちとぶんか創造センター
理事 中西 忍
