28.大切にしていた縫いぐるみを捨てられた思い出
母親は厳しい倹約家だったため、私を含めた我が家の子供全員、親へおねだりをして物を買ってもらった経験がほとんどありません。
特に、生活に必要ではないけれど子供が欲しがるような娯楽系の物品は、徹底的に制限されていました。
その最たるものが縫いぐるみです。母親にとって人形やマスコット、縫いぐるみは、場所を取る割には用途が飾るぐらいしかなく、狭い居住空間を圧迫する無用の長物と捉えていたようでした。
そのため、人からの贈り物以外で縫いぐるみが我が家にやって来る機会はなかったのですが、たまたま私も弟たちも縫いぐるみを好んで欲する子供ではなかったため、母親のこの方針が子供側の要求と激しく衝突することはありませんでした。子供から積極的に「どうしても縫いぐるみを買って欲しい」と懇願する場面は発生しなかったと思います。
そういう背景があった中で、私は一度だけ欲しかった縫いぐるみを買い与えてもらった経験がありました。
正確な時期は覚えていないのですが、年齢は小学校低学年頃で、地方の小さなテーマパークへ連れて行ってもらった時のことです。
どこにでもある土産物のエリアを横切った時(母親はこういう場所を必ず素通りします)、私は物の購入が主目的ではない出先では、母親が絶対に何も買ってくれないと理解していましたが、足を止めてしまいました。
様々な種類の動物の縫いぐるみが数多く陳列棚へ並べられている中に、とても可愛らしい猫の縫いぐるみを見つけたからです。
この日の小旅行は普段とは違って祖母が同行していました。祖母は、いつでも孫全員をとても大事にしてくれる人でしたが、それは物を無制限に買ってくれる行為に繋がっていたわけではなかったため、私は、この場に欲しい物を買ってくれる大人は祖母を含めて一人も存在しないと認識していました。
足を止めていた時間は長くなかったと思います。
母親は子供が立ち止まっても気に留めずどんどん先に進んでしまうからです。
棚の上の猫の縫いぐるみをじっと見つめていると、祖母が「これが欲しいの?」と声を掛けてくれました。
そして間髪入れずに「買ってあげるよ」と言ってくれたのです。
その時の私は、まさか縫いぐるみなんて母親から「絶対に買ってはいけない物」の筆頭に指定されている物を買ってもらえるとは想定してなかったため、とても驚いたのを覚えています。
祖母とのやり取りを目にした母親は、我が家で普段から固く禁じている「無駄な買い物」をしようとする祖母の行動に難色を示しましたが、祖母への配慮だったのか幼い子供への恩情だったのか理由はわかりませんが、強い抵抗はありませんでした。
子供の両手サイズの小ぶりな猫の縫いぐるみは、生まれて初めて私自身が欲しくて肉親から買ってもらった、そして(結果的には)最後の縫いぐるみになりました。
当時の私は嬉しくて嬉しくて、帰宅してからも長い間、その縫いぐるみを矯めつ眇めつしていました。
外見は子供向けにデフォルメされた動物の姿をしていましたが、毛並みが本物の生き物のように綺麗で、自分の手でもベタベタと安易に触らないよう慎重に扱っていました。
ただ、あんなに気に入っていたのに目の色を覚えていません。光沢のある目はガラス玉かプラスチックだったと思いますが、小さな縫いぐるみでも丁寧に作り込んであり、愛らしさを際立たせていました。最も好きだった特徴は毛並みだったため、毛色が白色と薄い栗色の縞模様だった点は、今でも覚えています。
置き場所は、自室がなかった代わりに自分の持ち物を置く場所として用意されていた棚の上が、定位置でした。
寝床に持ち込むまではしていませんでしたが、一人になった時に可愛らしい姿をじっと見つめては、心を落ち着ける薬のような存在になっていたのです。
そして、私にとって大切な存在だった縫いぐるみは、破損も汚損もなく綺麗な状態のまま、唐突に廃棄対象になりました。
時期も前後の文脈も正確な会話の内容も覚えていません。縫いぐるみを買ってもらってから1~2年は経過していたと思います。
ある日、親が「あの縫いぐるみ捨てよっか?」と言ってきたのです。
曰く「あなたの健康に悪い影響があるから」という理由でした。
確かに私は幼い頃から呼吸器に問題を抱えており、小学生の頃は毎日のように呼吸困難になる発作が発生していました。
身近な動物や縫いぐるみの存在は、私のような疾患を持った人間には悪影響があるという話も、何かで聞いて知っていました。
親の説明に嘘偽りはないでしょう。
本当に子供のためを思って縫いぐるみを捨てようとしたのであって、意地悪をしようとしたわけではないと思います。
しかし、私にとっては納得できない部分がいくつかありました。
縫いぐるみを買ってもらってから間もない(という認識だった)のに、買う際に廃棄の可能性について何も説明がなかったこと。
自宅には他に布地で薄汚れた玩具は数多くあったけれど、どれも廃棄対象にされていなかったこと。
「あなたの健康のため」という説明だったが、普段から私が呼吸困難の発作で七転八倒して苦しみ、泣きながら「息ができない」「苦しい」と訴えても、親は無感情に「そう」と言って立ち去るか無視されており、基本的に冷たく見放されている状態で、親の発言の真意が疑わしかったこと。
私は、それらの心の内のわだかまりを一切外に出せず、親の「あの縫いぐるみ捨てよう?」という問いに反抗せず従いました。
今だったら「せめて密封して保管する選択肢はなかったのか」といった考えが浮かびますが、本人へ事前の確認もなく捨てられるよりは良かったのかもしれません。
ただし、形式上は子供側に最終的な判断の権限を持たせた風ではあったものの、親の口調は、有無を言わせぬ半ば強制的な通告の形でした。
この縫いぐるみの思い出は、ただただ悲しい思い出として残っています。
