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勘違いから始まったYMOとの出会い|1992年:テレビから聴こえた旋律がすべての始まりでした。

僕がYMOを初めて知ったのは中学2年生のとき、1992年のことでした。
そのきっかけは、少し変わったものでした。

あるバラエティ番組で「河童を探す」という企画があり、池や沼の神秘的な映像と共に「戦場のメリークリスマス」が流れました。
テレビから聴こえたその旋律の美しさに、僕はすぐ両親に尋ねました。
「この曲、なに?」と。

すると母がこう言ったのです。
「YMOだよ。」

翌日、近所にできたばかりの大型レンタルCD店――四軒家の夢屋書店へ。棚にはYMOのCDが何枚か並んでいましたが、テレビで聴いたあの曲のタイトルも分からなかったので、ただジャケットの印象で「BGM」(水道と歯ブラシのアートワークが美しかったので)と、「Y.M.O. Family Best Selection」の2枚を借りて帰りました。

YMO / BGM

まずは「BGM」から再生。
……けれど、期待していた美しい旋律ではなく、CDラジカセのスピーカーからは怪しい電子音と硬質なビート、そして奇妙なボーカル――中盤の『Happy End』やラストの『LOOM』に至っては不気味でしかありません。当時の僕は“飛ばし聴き”という発想が無く、ただ戸惑いながらも「次こそ、あのテレビの曲が…」と聴き続けるしかありませんでした。
結局、最後まで聴いたものの納得がいかず、続いて『Y.M.O. Family Best Selection』を再生。

Y.M.O. FAMILY BEST SELECTION

「チッチキチッチキ……ターターターーーン」
――あの「RYDEEN」が流れました。つい先ほど聴いた「BGM」に比べれば明るくわかりやすい曲でしたが、期待しているのは『戦場のメリークリスマス』の旋律です。「何かおかしいな?」と聴き進めました。このベスト盤にはYMOだけでなく、メンバーのソロ作品や、シーナ&ロケッツもサンディ&サンセッツなども収録されていましたが「これ全部YMO?」といった状態で、CDを最後まで聴いた印象は・・・。

「なんだこりゃ?」

母に「昨日のテレビの曲が入ってない」と伝えると、「これもYMOだけど、昨日のもYMOだよ」と言い張る母。
どうやら母は“坂本龍一=YMO”という記憶が混ざっていたようでした。

それでもせっかく借りたのだからと、カセットテープに録音して繰り返し聴きました。鳴っている音楽のどこに集中して聴けばいいのかもさっぱりわからなかったものの、最初は理解できなかった音たちが、繰り返すうちに少しずつ心地よくなっていきました。――今思えば、それがYMOの魔法だったのかもしれません。

思えば1992年はアルファレコードがYMO関連のリリースラッシュを仕掛けはじめていた時期でした。
そして、翌1993年にはYMOが”再生”します。

気がつけば、僕は夢屋書店のレンタル棚を片っ端から借り尽くし、初めて聞いてからひと月もたたないうちにYMO少年が出来上がっていました。


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