2001年のクリスマス、ニューヨークで聴いた音と、父との時間 |ニューヨークとシカゴの9日間
2001年、テロ直後のクリスマス時期。
父のニューヨークとシカゴへの出張に、無理を言って付いていきました。2001年12月6日から14日までの短い滞在でしたが、父と二人のとても充実した旅でした。
今回は、出てきた古い写真をベースに綴っていきます。
◆ 2001年冬 ニューヨーク
当時、僕は23歳、父は46歳でした。
髭だけは一丁前でしたが、ブラブラしてた半人前でした。
父が、出張でニューヨークとシカゴに行くというので、無茶だとは思いましたが、同行を頼むとすんなりOKになり。
厚かましくも付いていきました。

思えば、この時が父と二人だけの最初で最後の旅行でした。
父は、10代の頃から英語が堪能で、独学で学んだそうです。
動機は「英語が話せたらかっこいいと思ったから」だそうで、1970年代前半の名古屋にはそんな男は少なかったと母も言っています。
ニューヨークはテロ直後だったこともあり、沈んだ雰囲気の自粛ムードでしたが、少ないながらもクリスマスの飾り付けが希望の光を感じさせていました。
◆ シカゴの伝説的なJazz Record Mart
日中、父は仕事へ、
僕はレコード店巡りへ。
ニューヨークのレコード店は写真が残っていませんでしたが、この写真はシカゴのJazz Record Martの外観です。

444 North Wabash Avenue, Chicago, IL
ここでは、シカゴ近郊のローカルなジャズのシールド盤を大量に買い込んだ覚えがあります。
店内には誰もが知る名盤だけではなく、シカゴ周辺のマイナーレーベルや、自社レーベルのストック、地元ミュージシャンが持ち込んだ自主制作盤などが、倉庫から出してきたばかりのような状態で棚に並んでいました。
当時の「4.99ドル」や「9.99ドル」のコーナーは、掘り出し物の宝庫でした。今では珍しいレコードも、当時はまだ「地元の現役の音」として無造作に売られていた時代でした。

そして夜になると、父のなじみのレストランに連れて行ってくれました。
Ruth's Chrisのお皿の上でバターが踊っているような光景のステーキは忘れられません。
ニューヨークやシカゴの街を、音楽と食事、それぞれのやり方で共有していた時間だったように思います。
それにしても、父との写真を、もう少し残しておけばよかったと、いまになって思います。
父が撮影していたので、僕の写った写真は何枚かあるのですが、自撮りという概念がなかったのか、二人の一緒の写真が1枚もなく、しいて言えば父の指が写りこんだこれだけです。

これは若いころの僕と、父の指が写り込んだ一枚。
◆ そして、Body & Soulへ
その週の日曜日、僕はひとりで Body & Soul に向かいました。

日中に撮影した、当時の Club Vinyl です。
このとき父はホテルで留守番です。
日曜の午後 3:00 からのBody & Soulでは、François K, Danny Krivit, Joe Claussell の3人が噂通りのバック・トゥ・バックでプレイしていました。
その日の François K は、意外にもテクノ寄り、Joe Clausselも攻めたトライバルなハウスが多く、Danny Krivitはその中間をつなぐ感じで最高でした。
なかでも、François K がずば抜けてました。テクノとダブテクノが多く、トライバルな Joe Claussell との対比がすごかった覚えがあります。
当時、テクノのアンダーグラウンドな質感に慣れきっていた耳には、自宅で聴くハウスは、どこかお洒落すぎるようにも感じられていました。
けれど、現地で体験した François K のDJは違いました。
派手に盛り上げるわけでもなく、甘くなりすぎることもない。
Danny Krivit も Joe Claussell も本当に格好よかったですが、僕はやはり François K に強く惹かれました。
2000年にリリースされたミックスCD『Essential Mix』を、よく聴いていた時期だったので、そういう意味でもこの日の Body & Soul は本当に楽しかったです。
Body & Soulは12時になる頃には終了して、そのままホテルに戻ると父は寝ずに心配しながら待ってました。
父の常識では、ニューヨークに夜一人でクラブへ行くなんて考えられなかったようです。
僕は怖いことも何もなく、ただシンプルに楽しめた一晩でした。
◆ あれから24年
こうして書いている今日は、2025年のクリスマスです。
今年の夏、娘が2週間ニューヨークに滞在していました。彼女が撮ったタイムズスクエアの写真には、あふれんばかりの観光客が写っていて、同じ場所とは思えないほどでした。

僕は47歳になり、父は今年、69歳で亡くなりました。
今の僕は、あのときニューヨークへ行った父と、ほぼ同じ年齢です。
そして今年、父の葬儀の翌日に、14歳になったばかりの娘は、一人ニューヨークへ短期留学に旅立ちました。
僕が父と歩いた頃のニューヨークとは大きく異なり、街は人で溢れかえっていたそうです。
今年は、父のことも含めて、本当にいろいろなことが動いた一年でした。
僕が父とふたたびニューヨークに行くことは叶いませんが、
不思議と、父はいつもそばにいるような感覚があります。
この夏、娘がニューヨークで過ごした日々も、きっと父はそばにいてくれたのだと思います。
父が初めてニューヨークに降り立ったのは1974年、18歳でした。
そのとき彼が滞在したニュー・ジャージー州ラムジーは、娘が今年滞在したニュー・ジャージー州マファの、すぐそばでした。
なんだか偶然とは思えません。
実はここ数年疎遠だった父でしたが、なんだか逆に今一番身近に感じられるのです。
そんな気持ちで、毎日を暮らしています。

