noteはこのままAI文章まみれになって良いのか
「この記事はAIが書いています」
最近よく見るぞ。
新しいAIのおかげで
文章を書くということが
いとも簡単になった。
なってしまった。というか。
これからnoteを始める人や
普段あまり文章を書かない人にとっては
発信のハードルが大きく
下がったように感じる。
だけれども。
noteには毎日投稿をしている
ヘビーライターの人たちがいる。
私もその一人。
この人たちはこれまで、
自分の納得する記事を書くために、
ひたすら日常観察からネタを探したり
自分の拙い文章を何度もなおしたり
ライティングの本から文章術を学んだり
ワンタップ、ワンタイプと
指裏を進めてきた。
だがしかし、
その想いの込めた文章は
AIの書いた即席文章と
同じように並べられ、
消費されていく。
というか、記事が出過ぎて
読み飛ばされていく。
料理で例えると、
毎日投稿している人は
修行中のシェフたち。
それが自分のつくった料理が
カップラーメンと同じ値段で
提供されたら。
嫌になるよね。
それでも、世界のどこかに
自分の手作りの料理を待っていて、
見分けてくれる人がいて
拾い上げてくれるならいいんだけど。
僕らがありがたがって食べる
高級ホテルの料理は、
実は全部冷凍食品だったりする。
そのうち文章も味の違いが
わからなくなるんじゃないか。
noteから、
人が失われていく。
人というか、人ガラというか。
オンラインゲームで
やけに調子がいい時がある。
「俺ってこんなにゲームうまかったっけ?」
3回1位をとってハッとする。
そうか。ボクが戦っている10人は
みんなコンピュータなのか。
COM1とかならわかるのに、
実際のプレーヤーから
名前をとっているのか、
気づかなかった、、、。
俺コンピュータに
接待されとるやん、、、。
たくさんの人と遊んでいたと思ったら、
一人ぽっちになっていた。
途端に心が空っぽになった。
そんなプラットフォームに
noteもならないことを願う。
あとがき
テイストが暗くてごめんなさいね🙇♂️
AIを学ぶ団体を運営しているのですが、
同時に文章を書くことをしている身としては
AI記事に対して複雑な気持ちです。
AIにラジオはできないから
スタエフでもしようかな〜!笑
