桜の散る季節に、君は。 十枚目
十枚目 放課後
放課後。
図書室には静かな空気が流れていた。
「分からない」
開始五分。
玲奈が言った。
「早い」
栞麗は即答した。
「まだ問題見てない」
「見た」
「見てない」
「雰囲気で見た」
僕は思わず吹き出した。
「笑わないで」
玲奈は真顔だった。
「笑うだろ」
「私は真剣」
「その真剣さを勉強に向けて」
栞麗はため息をつく。
それから玲奈の問題集を見る。
「ここ」
「うん」
「これは?」
「分からない」
「じゃあこれは?」
「分からない」
「これは?」
「見たことない」
「教科書にある」
「本当に?」
「本当に」
玲奈は机に突っ伏した。
「終わった」
「始まったばっかりだよ」
僕はまた笑った。
それからしばらく。
栞麗は玲奈につきっきりだった。
「だからここは」
「うん」
「こうなる」
「なんで?」
「さっき説明した」
「聞いてなかった」
「聞いてよもお」
「ごめん」
栞麗は額を押さえた。
僕はその間。
一人で数学と戦っていた。
「……」
分からない。
本当に分からない。
問題集を見つめる。
「どうしたの?」
いつの間にか栞麗がこちらを見ていた。
「ここ」
問題を指差す。
栞麗は椅子を少しだけ寄せた。
「どれ」
ノートを覗き込む。
近い。
「ここ」
「ああ」
栞麗はすぐに頷いた。
「これはね」
説明が始まる。
玲奈はその様子をぼんやり見ていた。
「……」
それから数分後。
「あ」
玲奈が立ち上がった。
「どうしたの?」
栞麗が顔を上げる。
「今日ドラマだった」
「そんなの見てたっけ」
「今日から見始める」
「始まってないでしょ」
「予習」
栞麗は呆れたようにため息をつく。
「絶対違うでしょ」
「違わない」
玲奈はそう言いながら鞄を持った。
それから僕を見る。
「早瀬くん」
「ん?」
「手止まってるよ」
僕は問題集を見る。
止まっていた。
いつの間にか書いていた計算式の途中に、意味の分からない文字が並んでいた。
自分で書いたはずなのに読めない。
「なにこれ……」
思わず呟く。
「ほら」
玲奈は栞麗を見る。
「先生」
「先生じゃないよ」
「じゃあ頑張って」
玲奈は数歩歩く。
そして振り返った。
「お二人で頑張ってー」
「ねえ玲奈」
「ちゃんと勉強するんだよー。それと栞麗、早瀬くんのことよろしくねー」
「なっ……!」
栞麗が慌てて声を上げる。
玲奈は楽しそうに笑った。
「じゃあねー」
そう言って玲奈は図書室を出ていった。
静かになる。
さっきまで騒がしかったのに。
急に図書室らしくなった。
「……」
「……」
玲奈がいなくなっただけなのに。
なぜか少しだけ空気が変わった気がした。
僕たちは不思議と少しだけ気まずくなってしまった。
