【アイ アム レジェンド】名作サイエンス・フィクションに理系として大歓喜する
『アイ アム レジェンド』というリチャード・マシスンによる名作小説。映画以前の邦題では『地球最後の男』かな。
この物語はSFホラーの名作小説と一言で表すにはニュアンスが違うような気がする。個人的な解釈で言うなれば、サイエンス・フィクション(SF)そのものなのだ。
映画では2通りのエンディングがあり、どちらにせよ小説とは大方の筋が違うようではあるが、いちばんはストーリー上の「アイ アム レジェンド」の意味そのもの、すなわち結末事態である。ここではとりわけ秀逸な小説の話をしたいと思う。
なんせ、映画化にするにはホラー要素を前面に押し出すべき物語ではあるが、小説では特筆すべき点はサイエンスなのだから。
名作における必要条件として、文学的でありながら小難しい理系やっほいな知識の登場が挙げられるが、タイムトラヴェルや宇宙モノのような机上の空論的作者自身の理論の見解ではなく、きちんとした教科書通りの生物・化学知識からバケモノの正体を紐解く物語なのだ。
途中、ワン公に男も読者も現実逃避することとなり、何度も中断されるが、本筋は途方もない実験及び研究。研究を重ねていくうえで徐々に明かされていく真実、というよりも妄想に近い事実だけれど。研究に研究を重ねる場面こそ至高。全部知ってしまったが最後、どうしようもない結末として終わりを迎えることになる。
いや、終わりを迎えるというのは野暮かもしれない。人によっては伝説の始まりともとれる結末だし、なにより自分自身、あれはハッピーエンドだと思うから。
だからこその、ただサイエンス・フィクション。ホラー要素は起承転結の始まりの“転”のみで、それも見事なカーアクション描写で爽快な気分になってしまう。家族愛も男があまり思い出したくない記憶だからか、長々とメロドラマするではなく、感動に持ち込ませないのもこの作品のよさ。感動というより同情。完全なる男ウケな1冊に仕上がっている。
しかもこの地球最後の男は、文学的重要な要素である絶望とどうしようもないほどの葛藤を持ち合わせている。酒にたばこにオンナ。現実逃避せずにはいられない状況で、性欲を酒とたばことレコードのみで気を紛らわすのだ。それはひとえに死んだ妻と娘のためというだけでなく、ふとした瞬間になぜ生きるのかを考えるも出てこない理由、生存本能からくるものだった。
そして1年もすれば収まるたいていの欲求。酒もたばこも嗜み程度になり、読者からもそこまでキツいのかと疑問を投げかけたくなるほどの性欲も無いに等しくなる。実際に数ヶ月以上の禁欲生活をしたことはないにしても、そこまでかというほどの荒れようだったのに、だ。
それでも男は研究をする。理系ってカッコいいんだな。
この本を読めば、そんなシーンがあなたの胸に残ることだろう。
いいなと思ったら応援しよう!
高校生アクション!応援してくださる方はクラウドファンディング感覚での投げ銭、よろしくお願いします(_ _)
サポートで戴いたお金は、インタビュー記事をまとめた本の出版費用に使わせていただきます!