【うつ病さん】数字に縛られない回復のしかた―「休職日記」をつけるあなたへ伝えたいこと―
SNSを眺めていると、「休職○日目」とタイトルをつけて、その日の体調や心の状態を記録している投稿を見かけることがあります。
丁寧に文字を紡ぎ、その日をどう過ごしたのか、どんな気持ちが胸にあったのかを振り返る。
それ自体は、とても大切で意義ある行為だと思います。
私自身、これまでも「しんどいときは気持ちを書き出して整頓すると良い」とお伝えしてきました。
自分の中に渦巻く感情や思考を言葉にすることで、心の奥に溜まったものが少しずつほどけていく。
そんな効果があるからです。
けれど、最近ふと気づいたことがあります。
休職日数をカウントしながら日記を書く行為は、誰にでも有効とは限らないのではないかということです。
特に、回復が安定していない時期には、その「数字」が思いがけない負担としてのしかかることがあるのです。
そこで今回は、休職日記の“カウント”という行為について、あらためてゆっくり考えてみたいと思います。
心の回復は、数字では測れません。
だからこそ、「数字」との付き合い方を少し見つめ直してみませんか。
1. 休職日記がもつ良さと落とし穴
休職日記を書き、日々の思いや出来事を記録することは、心を整えるうえで大いに役立ちます。
書くという行為には、自分の内側を「見える形」にする力があります。
たとえば、言葉にしてみることで初めて「自分はこんなことに傷ついていたのか」「今日は思った以上に頑張っていたんだな」と気づくことがあります。
文章化することで、気持ちが整理され、少しだけ深呼吸できるような感覚を得られることもあるでしょう。
しかし、良い面がある一方で、数字をカウントするスタイルには、別の側面もあります。
「休職○日目」という明確な数字は、本来はただの記録にすぎません。
でも、メンタルが弱っているときほど、人はその数字に“意味”を見いだしてしまうのです。
「こんなに日数が経ったのに、良くなっていないのでは」
「もう○日しか休職期間が残っていない」
「周りはもっと早く復帰しているのに、自分は何をしているんだろう」
数字は、時に現実を突きつける“鋭さ”を持っています。
もともと心が不安定なときには、その鋭さがより強く感じられます。
だからこそ、休職日数を毎日目にすることで、知らないうちに心が削られてしまうことがあるのです。
日記を書くことは良い。
だが、数字を追い続けることは、別の話。
この二つを、そっと分けて考えてみてほしいのです。
2. カウントが生む「焦り」と「比較」
休職日数をカウントすると、数字の積み重なりが、そのまま「自分の状態」のように感じられることがあります。
たとえば、あなたが実際には少しずつ回復していても、その進み方が数字の増加に“見合っていない”ように思えてしまう。
「もう○日も経ったのに、こんなに調子が悪いなんておかしいのでは」と、必要のない焦りが生まれることもあります。
さらに、人はどうしても他者と比べてしまう生き物です。
SNSには、回復が順調に進んでいる人の投稿もあれば、もう職場復帰している人の言葉も並んでいます。
本来なら、人それぞれ状況も性格も違うのだから、回復のスピードが異なるのは当然のことです。
けれど、数字という指標があると、ついその数字同士を比較してしまいます。
「自分だけ取り残されている」
「他の人はもっと早く立ち直っているのに」
「このペースで復帰できるのか」
そういう焦りや不安が、数字によって増幅されてしまうことがあります。
ですが、心の回復は、思っている以上に“個人差が大きいもの”です。
同じ病名でも、症状の現れ方は人によってまったく違います。
環境、性格、過去の経験、周囲の支え――あらゆる要素が絡み合って、回復のスピードは変わっていきます。
数字だけでは、とても測りきれないものなのです。
3. 「休職の目的」をもう一度、静かに思い出す
休職は、「休むためにあるもの」です。
心を落ち着け、これ以上傷つかないようにするための、大切な“安全地帯”です。
どれだけ日数が経ったのかは、本来はそれほど重要ではありません。
むしろ大切なのは、あなたがその時間の中で、どれだけ自分をいたわることができたか。
どれだけ身体が休まったか。
どれだけ心の負荷を軽くできたか。
数字では表れない、目には見えない部分にこそ、回復の本質があります。
心は、筋肉とは違います。
努力した量に比例して、すぐに強くなるわけではありません。
「これだけ休んだのだから、もう良くなっていて当然」というものでもありません。
実際、回復には波があります。
良い日もあれば、突然落ち込む日もあります。
前に進んだと思えば、また戻るような感覚に襲われる日もあります。
でも、それらすべてを含めて、回復のプロセスなのです。
もし数字を見るたびに焦りや罪悪感が生まれるのだとしたら、その数字の見方を少し変えてみる必要があるのかもしれません。
休職は「レース」ではありません。
「期限内に回復しなければならない」という競技でもありません。
焦らせるための制度ではなく、守るための制度なのです。
4. 数字のない「振り返り」との付き合い方
では、数字を使わずに、どう自分を振り返れば良いのか。
その答えは、案外シンプルです。
その日に感じたこと、その日にできたこと、その日にできなかったこと――
その“質”に目を向けることが、本当の振り返りになります。
たとえば、「今日は外に出られなかった」という事実があったとしても、それがすぐに“悪い日”だとは限りません。
涙を流して心が軽くなった一日だったのかもしれない。
料理を作れずにコンビニで済ませた日でも、栄養を取ろうと努力した自分がいたのかもしれない。
数字はこうしたニュアンスを拾い上げてはくれません。
でも、あなた自身の言葉なら、拾い上げることができます。
振り返りとは、「良し悪しを判断する行為」ではなく、「自分の心の動きを見守る行為」です。
数字の代わりに、言葉を使って自分に寄り添ってあげる。
それだけで、日記はぐっと優しいものになります。
5. あなたの回復は、あなたのペースで進んでいい
休職日記を書いている人の中には、「数字をつけるほうが区切りになって気持ち良い」という方もいるでしょう。
もちろん、それはその人にとっての良い方法です。
ですが、もし少しでも胸が苦しくなる瞬間があるなら、無理に同じ方法を続ける必要はありません。
回復のペースは、本当に人それぞれです。
そして、心の回復は、“目に見える成果”として現れにくいものでもあります。
昨日できたことが今日はできなかったり、先週より落ち込んでいる気がしたり。
でも、それは決して「後退」ではありません。
波を繰り返しながら、あなたは確実に進んでいます。
波のある回復こそが、本物の回復だからです。
数字に縛られすぎなくていい。
数字があなたを責める道具になってしまうなら、そっと手を離していい。
大切なのは、あなたが今日をどう感じたか。
あなたが自分を少しでも大切にできたか。
あなたが自分の心に耳を傾けられたか。
回復は、数字では測れません。
そして、あなたのペースで進んでいいのです。
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