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アマノ文筆クラブ|恋する女は嫌いだ|掌編小説

恋する女は嫌いだ。

そう言うと、大抵みんな笑う。

「また始まった」
「拗らせてんなぁ」
「失恋引きずりすぎだろ」

うるさい。

その通りだから腹が立つ。

大学近くの居酒屋で、俺はぬるくなったハイボールを飲み干した。

恋をした女は変わる。
好きな男の好きな音楽を聞いて、好きな男の好きな服を着て、返信一つで浮かれたり落ち込んだりする。

まるで、少しずつ誰かの色に染まっていくみたいに。

見ていて怖い。
何故そんなに簡単に、自分を誰かに預けられるのかと思う。

——まぁ。
そんなこと言っている俺も、一人の女にめちゃくちゃ振り回されてたんだけど。


彼女と出会ったのは、文学部棟の階段だった。
二限終わり。
眠気でぼーっとしていたら、前を歩いていた女が、盛大にプリントをぶちまけた。

「あっ……!」

紙がパラパラと舞う。
周りの奴らは見て見ぬふりをして通り過ぎていった。
俺は仕方なくしゃがみ込む。

「はい」
「あっ、すみません……!」

顔を上げた彼女は、やたらと申し訳なさそうな顔をしていた。

長い髪。
少し眠そうな目。
薄いカーディガン。

春みたいな女だな、と俺は思った。

「ありがとうございます」
「別に」

でも、その時の笑顔が妙に頭に残った。


それから大学で会う度、少しずつ話すようになった。
学食で隣になったり。
図書館で顔を合わせたり。
コンビニで同じ新作アイスを買っていたり。

「またカップ麺ですか?」
「大学生なんてこんなもんだろ」
「栄養……終わってますよ」
「お前は母親かよ」

彼女はとにかくよく笑った。
女子がよくやる、無理に愛想笑いをする感じじゃなく、本当に面白い時だけ笑う。

その自然さが好きだった。

気づけば、大学へ行く度彼女を探していた。
今日は会えるかな、とか。
話せたらいいな、とか。
そんなこと考えてた時点で、もう終わってたんだと思う。


三年の秋。

講義が終わり、並んで歩いていた時。

「実は、彼氏できたんだよね」

彼女は照れくさそうに笑った。

一瞬、意味がわからなかった。

「……へぇ」

間抜けな声が出る。

「サークルの先輩でね、前から仲良かった人!」
「……そうなんだ」
「一緒にいると安心するんだよね!」

嬉しそうだった。

本当に、嬉しそうだった。

その顔を見た瞬間、胸の奥が静かに冷えるのを感じた。
ああ。
その顔、俺には向けられなかったんだな。

「おめでとう」

なんとか声を捻り出すと、彼女は嬉しそうに笑った。

「ありがとう」

優しい声だった。

だから、余計に辛かった。


卒業式の日。

彼女は淡い色の袴を着ていた。
春みたいな女には、やっぱり春の色が似合っていた。

「じゃあね」

彼女が柔らかく手を振る。

「元気で」
「ああ」

言いたいことは山程あった。

好きだった、とか。
ずっと特別だった、とか。

でも結局、何も言えなかった。

「……幸せになれよ」

最後にそう言うと、彼女は少し目を見開いて、それから柔らかく笑った。

「ありがとう」

桜が風に舞う。
その背中を見送りながら、俺は苦笑した。

恋する女は嫌いだ。

好きな男一つで、あんな幸せそうな顔になる女なんか、嫌いだ。

……いや。
本当は違う。
ただ羨ましかっただけだ。


数日後。
俺は大学近くの古本屋にいた。
卒論も終わって、暇つぶしみたいな時間だった。
文庫本を一冊手にとって眺めていると、隣の棚から小さな声がした。

「あっ」

誰かとぶつかったらしい。
見ると、小柄な女性が床に本を落としていた。
慌ててしゃがみ込む。

「あ!すみません!」
「いや、大丈夫」

本を拾って渡す。
彼女はぺこぺこと頭を下げたあと、表紙を見て目を丸くした。

「その作家さん、お好きなんですか?」
「え?」

驚いて本の表紙を見る。

「私も好きなんです、その人」

彼女は嬉しそうに笑った。

少しクセのある髪。
人懐っこい目。
春とは違う。
でも、ちゃんと温かい笑顔。

その瞬間。

止まっていた何かが少しだけ動いた気がした。

「……へぇ、奇遇」

そう返しながら。

俺は心の中で小さく笑った。

——ああ、めんどくさい。

多分また、始まる。


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