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【うつ病・繊細さん】理解できない痛みと、それでも人が人と生きていくということ

精神疾患や強い繊細さを抱えて生きていると、
「どうしてこんなにも伝わらないのだろう」
「言葉にしているはずなのに、なぜ届かないのだろう」
そんな思いに、何度も行き当たります。

説明が足りないのかもしれない。
言い方が悪かったのかもしれない。
あるいは、自分の感じ方が間違っているのではないか。

そうやって、理解されない苦しさは、いつの間にか「自分を疑う苦しさ」へと形を変えていきます。

けれど、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
人の苦しみは、本当に理解できるものなのでしょうか。

苦しみは、共有できても再現はできない

同じ病名を持つ人同士でも、同じ環境で育った兄弟姉妹でも、同じ出来事を経験したはずの友人同士でも、心の中に残る痛みは、決して同じ形にはなりません。

音に敏感な人もいれば、言葉に深く傷つく人もいる。
人混みで消耗する人もいれば、「何もしていない時間」に耐えられなくなる人もいる。

苦しみは、外から見えません。
数値化も、比較も、正確な説明もできません。

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