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【うつ病・繊細さん】「嫌われたくない」が口癖だった私へ—人に優しくすることと、自分を犠牲にすることは違った

「ごめんね、今回は難しい。」

たったそれだけの言葉が、昔の私にはどうしても言えませんでした。

頼まれたら断れない。

本当は疲れていても、「大丈夫です」と笑ってしまう。

無理をしてでも相手の期待に応えようとする。

そして家に帰って一人になると、何もできないほど疲れ切っている。

そんなことを何度も繰り返してきました。

当時の私は、それを「優しさ」だと思っていました。

でも今振り返ると、それは優しさだけではありませんでした。

「嫌われることが怖い。」

その恐怖が、私を動かしていたのです。



うつ病になっても、私は「断る」ことができなかった

うつ病になると、何もできなくなると言われます。

もちろん、そういう時期もありました。

朝起きることも苦しく、食事も喉を通らず、人と話すだけでぐったりする日もありました。

それなのに、不思議なことがあります。

自分のことは何もできないのに、人から何か頼まれると断れなかったのです。

「少しだけなら頑張れるかもしれない。」

「迷惑をかけたくない。」

「私が我慢すれば済むことだから。」

そんな言葉が頭の中を巡り、自分の限界よりも相手を優先してしまいました。

本当は、その「少しだけ」が命取りでした。

外では無理をして笑顔で過ごし、帰宅した瞬間に糸が切れたように動けなくなる。

翌日はさらに強い倦怠感に襲われる。

それでもまた頼まれると断れない。

私は、自分の回復を自分自身で遅らせていたのです。

今思えば、「迷惑をかけたくない」という優しさではなく、「嫌われたくない」という恐怖に支配されていたのだと思います。


「断れない性格」は、突然できあがるものではない

心理学では、人との関わり方の土台は幼少期の愛着形成に影響を受けると言われています。

もちろん、すべての人に当てはまるわけではありません。

けれど私は、この考え方を知ったとき、自分の人生が少し理解できた気がしました。

子どもは親の機嫌を敏感に感じ取ります。

怒られないように。

見捨てられないように。

愛され続けるために。

知らないうちに空気を読むことを覚えます。

私も、人の表情や声のトーンの変化にとても敏感でした。

「今、機嫌が悪いのかな。」

「私が何か悪いことをしたかな。」

そう考える癖は、大人になってからも変わりませんでした。

その積み重ねが、「相手を優先し続ける生き方」につながっていたのだと思います。


アダルトチルドレンは「我慢」が得意になってしまう

アダルトチルドレンという言葉があります。

これは病名ではありません。

子どもの頃の家庭環境の影響で、生きづらさを抱えやすくなった状態を指す考え方です。

私自身、自分のことを学んでいく中で、「我慢すること」が当たり前になっていたことに気付きました。

悲しくても我慢。

苦しくても我慢。

嫌でも笑う。

その積み重ねは、大人になっても簡単には消えません。

だから「断る」という行為が、自分勝手なことのように感じてしまうのです。

本当は違います。

断ることは、悪いことではありません。

けれど長年身についた考え方は、頭で理解しても心が追いつかないことがあります。

私もそうでした。


HSPだからこそ、人の感情を背負い込みやすかった

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