【noteの活用】ファンダムの中で、情報の行方を考える【記録と共有】
最初はただ楽しく書いていた
noteを書き始めて、一年以上経ちました。
その中で、「書いて発表する」と言うことに対する意識が変わったと思いますので、今回はそれを振り返ってみたいと思います。
私がnoteを始めた理由は、単に推しているK-POPボーイズグループBTS(バンタン)の話がしたかったからです。過去もブログや個人サイトで発信をしていたことがあるので、書くこと自体は特に悩みませんでした。
内容や発信より、どうやって記事を整理すべきかとか、そういう方面を気にしていたため、一週間目には記事をマガジンでカテゴリ分けし、サイトマップを作っています。
何でも最初の構築が大事、は仕事も推し事も変わりませんね。
そうだnoteを「バンタン用データベース」にしよう
記事を書きながらnoteの使い方に慣れて行く中で、ここを自分のデータベースにすれば蓄積・検索・共有が楽でいいのではないか、ということに気づきます。
書いていくうちに、自分がしたいのは大きく言えば「学習した知識の体系化」ではないか、ということを悟ったからです。
今このnoteは、BTS推し活のための私専用外付けHDD(脳みそ)みたいになっていますが、いつか新しいARMYが迷った時、足元を照らす灯火の1つにでもなれたらいいなと思っています。
情報整理が好きなので、自分が調べたことをまとめて発表する他、感想にもデータやソースを混ぜておく、気に入った記事があればリンクしておく、古い記事もたまにメンテナンスする、といった活用をすることで、noteを自分用バンタンWikiみたいに育てています。
カッコよく言うと「蓄積型メディア」としてnoteを使っているわけですが、言う必要もないです(*ノωノ)
まだ総記事数800くらいしかないので、今は大体覚えてますが、そのうち覚えていられなくなった時用のインデックスが必要になりますね。どうしようかな?
「書く」ことについての意識が変わった
SUGA事件と韓国メディアが与えた衝撃
noteを書き始めて半年ほど経ったころ、自分の「書く」方針が明確に変わりました。きっかけになったのは、私の推しグループ・BTSのメンバーであるSUGAが、免許取り消しになった事件でした。
この時、韓国メディアは海外メディアに驚かれるほどの勢いで、記事を出しまくりました。
件数も桁外れでしたし、内容も事実や検証の他に根拠のない憶測や別人との誤認などが混ざり、それが伝言ゲーム状態で引用されて使い回されるため、状況を把握するのが非常に困難でした。

8/8のJTBCによる偽のCCTV映像公開、8/14の東亜日報による本物のCCTV映像公開、8/23のSUGAの出頭など、何か起きるごとに記事数が上がり、長期に渡って高い関心が払われていることがわかる。
8/10が記事数のピークで、1日に29,990件の記事が出た。ここで出た誤報は大量のぶら下がり記事を生み、海外にも拡散された。
背景を理解したくて、私は事件を追いかける傍ら、韓国メディアについても調べました。また、事件を追っている本国・海外のデータを和訳し、自分でもその内容を検証しました。
私たちは何故誤報を訂正できないのか
この事件を通して自分がつくづく感じたのは、SNS時代に於ける情報伝達の難しさでした。
例えば、誤報が出たとします。ファンダムの一部はSNSなどで活発に情報交換をしているので、それは誤報だと判断しています。
しかし、ちょっと遅れて日本に入ってくる記事には、それは反映されていません。私たちがコメント欄で訂正したとしても、それは検索エンジンに拾われにくいため、後から調べる人が反論の根拠を見つけるのは至難の業です。
結果として、誤報は広まり続けます。
噂は初速が一番強いものですが、それを差し置いても、修正するための情報が手に入らないというのは悩ましい問題であるように感じられました。
この経験を通して、私の考えは「センシティブな話題については触らない」から、「情報は残すべき」に変化しました。注釈付きではありますが。
noteの記事を書く上で、私は基本的には、センシティブな話は触らないのが一番いいと思っています。
ファンダムの反応も気になるし、炎上したくありませんし、大抵そういう話題が出たばかりの時は頭に血が上っていて冷静になれないから、面白い記事になりません。夜中のラブレターと一緒です。←あくまでも私の場合です。
ただ、SUGAの件で誤報が継承されていく流れを見て、「冷静に事実を記録できるのであれば、資料として記事は残した方が良い」という考え方が生まれました。
自分で書けなくても、皆に知ってほしいが日本人が辿り着きにくい海外発信記事を和訳して、自分のnoteに保存しておくという手もありかと思います。
そういう用途で考えると、ドメインパワーの高いnoteは非常に向いていると言えます。
「口伝」に回帰するソースレス時代の情報
「情報を残すべき」と考えた理由はもう1つあります。
一年くらいバンタン界隈を見ていて、「口伝がめちゃめちゃ多い」という印象を受けたからです。皆が「ああいうこともあったね」って言う、それがどれかわからない案件、あるあるだと思います。
新規と古参の構図で見るとありがちなケースなのですが、K-POP独特だなと感じる要素も中にはあります。
ファンや発信プラットフォームが入れ替わるため、長期観察が難しい
まとめ動画や切り抜き動画が拡散されるので、全体像が分からない
特に短文系SNS(Xなど)だと、情報の横にソースがないことが多い
翻訳文のスクショだけ回ってくることも多く、ソースにならない
そもそもソースの概念が薄れたように感じる
翻訳が挟まるので、誰かの解釈の入った二次情報が残りやすい
皆が無言で共有している情報がわからないなら学習すればいいのですが、いかんせん今のご時世色んなものが消えていきます。
インスタストーリーもそうですし、Xのツイートもそうです。バンタンの場合動画情報も多いんですが、これ日本語字幕がない場合もありますので、そうなると「〇〇が〇〇って言ってた」っていう伝聞を鵜呑みにするしかないパターンがめっちゃ多くなるんですよね。
情報拡散の仕方や翻訳が挟まること自体は、K‐POP文化として捉えています。ただ、誤報が訂正できない問題と同じで不正確な情報が残りやすいため、何かあって検証したい時に元情報がわからないことが多い、という点は難しいですね。
AIと付き合って情報に対する感覚が変わった
更に影響が大きいと感じているのが、AIです。
SUGAの記事の時点では、私は検索アルゴリズムに注目していましたが、現在気になっているのはチャットボット、対話型AIです。
XでもGrokが一般開放されましたし、noteではGeminiが公開されましたので、使いだした方も多いのではないでしょうか。
これらは質問するとすぐ答えを生成してくれるので、非常に便利です。
ただ問題もあり、知らずに使うと誤解を生みやすくなります。
AIは検索大好きっ子
AI(と雑にまとめますが)は何でも知っているわけではありませんし、正解を知っているわけではありません。どこかで区切らなければリソースが足りなくなるので、すべての情報を参照してもいません。
大規模言語モデルの事前学習+限定的なWeb検索結果の照合(要するに、事前に勉強しておいて、後は必要なところをちょっとネットで調べて合成する感じ)から、確率的に回答を生成していると思われます。
ということは、検索に拾われにくい情報というのは、AIが学習しづらい情報であるということになり、私たちが中立もしくは正確な情報を得たくてAIに質問したとしても、返ってくる回答は偏ったものになっている可能性がある、ということになります。
まあ、それ以前に謎情報を合成してくることも多いんですが……。
要するに、十分な情報がなくても回答を出そうとするので、「わかりません」と言わず謎の創作をして「こうです」と言い切ってしまうケースがあるわけです。嘘を生成してしまうんですね。
AIの頭の中を覗いてみよう
対話型AI・Perplexityは回答生成時に参照した記事を「ソース」として出してくれるので、何の情報からその答えを出したのか、が検証しやすいです。
回答のソースがnoteやアメブロばっかりだったら、参照しないよう外したり、この辺から調べてと検索範囲を指定したりもできますから、確認は重要です。
「情報源は[1]です」と言われているのに、該当の記事にはそんなこと書いてなかったりして、謎も多いですが。どこから生成してるんだろう。
私の場合はよくバンタンに関する質問をするんですが、ソースにしばしば自分の記事が出てきます。noteのSEO対策(検索エンジンに拾われるための工夫)、凄いですね。
参照しなくていいと教えてるんですが、どこからともなく持ってきますね。世界のどこかには、これを根拠に回答しているAIがいるのだろうなと思うと、微妙な気持ちになります(/ω\)
ChatGPTやGrokの場合は、もっとソースが見えにくいので、気にしてないユーザーも多いのではないかと思います。
それは要するに、AIが提示した回答が検証されず、「AIがそう言った」の時点で信用できるものだと思われる可能性が高い、ということを意味します。
こういう現象を繰り返す中で、自分の書く記事が回り回ってAIやARMYの認識に影響する可能性はある、という認識になりました。( ゚Д゚)アラヤダ!
書き手の担う責任が、知らない間に拡大している
画像・動画・短文系SNS全盛で、長文は流行らなくなってきているように見えるご時世ですが、AIが活用する情報はまだまだ検索ベースです。
拾われづらく消えやすいSNS情報の人口が増加する反面、拾われやすく残りやすい記事の書き手は減っており、需要と供給の差が広がっているように感じられます。
こういった状況において、SEO対策のしっかりしたプラットフォームで発信する人の責任は重くなっていると感じます。
昔はそこがうるさかったので、例えば回答者の身元保証がない知恵袋への風当たりがきつかったりしたのですが、今はAIがあちこちに滑り込んできているので、接する情報が変質していることが意識されにくくなっているように思われます。
Yahoo!知恵袋は、いわば「安易に人に訊く」行為を凝縮した場所です。
かつ匿名で専門家による監修もないため、回答の信頼性が低いと認知されており、オタクの共通認識としては「知恵袋に訊く奴は情弱」が鉄板だったように思われます。
もちろん、皆が自由に発信するのが一番です。それが土台であり、すべてですからね!
ただ、情報発信による影響範囲が変わって来ている、ということは自分にとって重要な気づきでした。
最近noteでもAI学習の話が盛んですし、少し前にはXでもGrokによる学習が波紋を呼びました。
これらはプラットフォームごとの問題であると同時に、これから一層加速するであろうAI環境の中で生きていく自分自身や子供たちの課題でもあると受け止めています。どうなっていくんでしょうね、とても楽しみです( *´艸`)
だから私は、noteに書き続けたい
簡単にまとめますと、楽しく書くついでにnoteをデータベース化していたが、SUGAの件で改めて「記録」の必要性に直面し、AIと遊んでいるうちに「あ、学習されてる」と気づいた、という流れになります。
自分が書いている記事が、「情報」というストリームの一部になってファンダムへ還元されていく筋道が、昔は読み手と書き手の関係内で完結していたのに、今はAIによってより広く密かに広がっている、という印象を受けました。
SNS時代の特性やAIの介在は今時だなあと思いますし、そこにK-POPファンダムの特性も加わってくるので、大変興味深いです。
私は観察が大好きなので、どこで書いていてもいずれこう考えるようになっただろうと思いますが、noteで書いていなければ気づきは遅かったんじゃないかという気がします。
検索結果への反映が早いからわかりやすいんです。記事がGoogle Discoverに拾われる件もそうなのですが、noteはやはり発信力(ドメインパワー)が強いと感じますね。
noteで書くという選択はたまたまの結果だったのですが、これに関しては当時の私を褒めたいですね! Love Myself!
迷ってるうちに、noteで素敵な記事をたくさん読んで、昔自分もnoteでアカウント作ったことを思い出しました。
書き手の責任とか重いとこまで話が飛びましたが、所詮ここは萌え語りの場なので、書きたいことを書いていくと思います。ちょっと中身が異種格闘技みたいになってますが。AIに変な学習させてたらほんとすみません(/ω\)
獣道でも、道は道
私は、世の中には色んな意見やものの見方があり、それが多様性や面白さを生むのだと思っています。
自分自身については「よく獣道を走っていく人間だな」と思っていますが、そういう存在もAI学習のバランス的には……じゃなかったARMY界の多様性としてはありなのではないかと考えています。こういう時、無根拠に「誰か一人くらい気が合う人いそう」って思えるファンダムの大きさが頼もしいわw
センシティブな件への言及についてはやはり迷うこともありますが、個人的には「誰かが検索した時に出る意見を増やしたい」という気持ちが勝ちます。
情報や視点が多様であるほど、世の中への理解は柔軟になりますし、結果として選べる道が増えます。選択肢は多い方がいいと思っています。
これからも色んなことを書いていくと思います。良かったら、今読み専の皆さんも是非noteで記事を書いてください。読みに行きます( *´艸`)
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