革ジャンをジューダス・プリーストに着せたのは誰だ? ──「背信の門」~「ステンド・グラス」
あの枯れた感じは、どこへ行ってしまったのか。
1977年。中学生の私は、英国から届く「ハードな音」の群れを、まだひとつの塊として受け取っていた。レッド・ツェッペリンは頭ひとつ抜けていたが、ディープ・パープル、ブラック・サバス、そしてジューダス・プリースト。ひっくるめて「ハードロック」と呼び、それ以上の分類など必要としていなかった。重くて速くて大きな音がしていれば、それで十分だったのだ。
「背信の門」──ハードロックとしての最終形
『背信の門』(1977年)は、今あらためて聴くと「余白の豊かさ」が際立つ一枚だと気づかされる。
冒頭の「Sinner」からして、その構造は複雑怪奇といっていい。7分近い展開の中でリフが変容し、ソロが伸び、曲そのものが呼吸する。新加入のレス・ビンクスのドラムが、前任者とは比較にならないテクニカルな重心でバンドを支え、KK・ダウニングとグレン・ティプトンのツインギターが絡み合うたびに鋭い刃のような質感が走る──しかしそれは、いまだ「衝動」よりも「構築」を優先した音楽の文法の上にある。
ジョーン・バエズのカヴァーである「Diamonds and Rust」が、また面白い。フォーク・ソングの原曲をロブ・ハルフォードが歌うと、バエズの柔らかな詩情は鋼鉄の抒情詩へと変貌する。あの異次元のハイトーンが乗るだけで、楽曲の重力そのものが変わってしまう。これはカヴァーではなく、ほとんど「接収」と呼ぶべきだろう。
組曲形式の「Let Us Prey / Call for the Priest」もこのアルバムの核を担っており、プログレッシブな展開とハードロックの衝動が共存している。ブルースロックが長い時間をかけて英国のバンドたちに植えつけた「聴かせる音」──音と音の隙間に何かを感じさせる術──の、ほぼ最後の輝きがここに刻まれている。
ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』(1972年)が持っていた空気と、このアルバムはどこかで地続きになっている。第二期のパープルが音と音のあいだに「凄み」を宿していたあの感覚、その英国ハードロックの正統な継承者としてジューダス・プリーストは存在していたのだ。
「ハードロックとしてのジューダス・プリースト」の、これがほぼ最後の姿だったわけだ。
「ステンドグラス」の「Exciter」で、私は首を横に降った
1978年。『ステンドグラス』が届いた。
1曲目の「Exciter」のイントロが鳴った瞬間、私は正直こう思った。
「おや、これなんか変わったな~。」
あの空間というか空白が消えていた。
ブリティッシュの陰影や薫りが消えていた。ブルースロックの揺らぎが消えていた。代わりに現れたのはアクセル加速したリズムセクション、精密な高速ツインリフでKKとティプトンが同じリフをユニゾンで刻む瞬間の「金属的な統一感」。
これらは前作とはまるで文法が違う。
速度と精度が、感情の代わりに前面へ出てきた。
タイトル曲の「Stained Class」は、そのシフトをさらに鮮明にしてみせる。
リフが短く、鋭く、反復する。展開の「長さ」ではなく「精度」と「速度」で押し切るスタイルへの転換が、この曲で完成をみている。「Invader」や「Saints in Hell」も同様で、攻撃性を絞り込んだリフ構造が全編を支配する構成になっていた。
ハルフォードの声も、この時期から明らかに変容している。
『背信の門』での「歌唱」に対し、『ステンドグラス』では金属的な「叫び」とでも呼ぶべき鋭利さが加わった。
音域の高さという次元を超えて、声そのものが一種の金属楽器と化しつつあるような印象だった。
後年、多くの批評家がこのアルバムを「ヘヴィメタルへの決定的な飛躍」と位置づけることになる。NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)の雛形として、あるいはスラッシュメタルへと連なる系譜の原点として。
その評価は、音楽史的な観点からすれば正しい。
でも私の気持ちは「なんか俺のとは違うな~」と、少しだけ離れていった。
「殺人機械」で、私は笑ってしまった
そして同じ1978年の後半、『殺人機械』(米国タイトル:Hell Bent for Leather)が来た。
私は聴いて、思わず呆然とした。
でもしばらくしたら、少しずつ笑いがこみあげてきた。
革ジャン、スタッズ、トゲトゲのブレスレット!
ハルフォードがバイクに乗ってステージに登場する演出。『背信の門』のあの渋いハードロックバンドがこれになったのか、と。
アルバムを開くと「Delivering the Goods」が飛び出してくる。
一切の迷いがない。「俺たちは今日からメタルバンドだ」という宣言を、リフそのものが体現しているような曲だ。
「Running Wild」の疾走感はさらにその上をいき、
タイトル曲「Hell Bent for Leather」に至っては、キャッチーさとパンチを両立させながらも「これ以上削るものは何もない」という開き直りがある。複雑な展開など微塵もない。ただひたすら、まっすぐに速く重く刺さってくる。
変貌がそこまで鮮やかだと、もう笑うしかない。
しかし笑いながらも、どこかで「これはすごいことだ」という畏敬の念もあった。
そうか、これは確信犯だったのだ。
偶然の産物ではなく、計算された、意志的な変貌だったのだ、と今は思う。
革ジャンとトゲトゲをプリーストに着せたのは誰か
ではいったい、誰がプリーストを「革ジャンとトゲトゲ」に着替えさせたのか。
KK・ダウニングだった。

ロンドンのレザーショップで衣装を発注したのがきっかけで、最初は「面白いんじゃないか」という半ば軽い動機だったとも言われている。
ロブ・ハルフォードは一発で賛同した。

ここが重要な点で、ハルフォードにとってそのレザー&スタッズは単なるステージ衣装ではなかった。
マーロン・ブランドの映画『乱暴者』(1953年)──あのバイカー映画の革ジャン男が体現した「社会の外側に立つ者の美学」──と、彼のアイデンティティが深いところで共鳴していたからだ。

意図せずして、ゲイ・レザーサブカルチャーのビジュアル言語と重なってもいた。ハルフォードが自らのセクシュアリティを公言するのはずっと後のことになるが、そのことを踏まえた上で振り返ると、あの衣装の必然性がまったく別の輝きを帯びてくる。
KKの「面白い」という軽い発想と、ハルフォードの「これが自分だ」という直感と確信が合流した地点に、「レザー&スタッズのメタル・ゴッド」が誕生した。
以後、アイアン・メイデンもサクソンも、後のメタルバンドたちがこのドレスコードを継承したのはプリーストが「正解」として提示したからで、音楽ジャンルが視覚的アイデンティティを獲得するとはどういうことかを、最も雄弁に示した例として記憶されるべきだろう。
「背信の門」のハードロックは、どこへ行ったのか
音楽的な転換の背景にはパンクがある。
1977年、セックス・ピストルズが「ロックの過去を全部ぶっ壊す」と吠え、英国の若者たちはその怒りに熱狂していた。余白を大切にするハードロックの美学は、どこか時代遅れの烙印を押されかけていた時代だった。
ジューダス・プリーストはパンクに同調しなかった。
でもパンクの「短く、速く、パンチのある」という精神は確実に吸収している。プログレの展開を削ぎ落とし、ブルースの揺らぎを排除し、攻撃性を研ぎ澄ます──これはパンクへのカウンターであり、同じ怒りの、別の回答だった。
『ブリティッシュ・スティール』(1980年)で「Breaking the Law」と
「Living After Midnight」が大ヒットし、プリーストはついに「NWOBHMの旗手」として世界的な商業ブレイクを果たす。アイアン・メイデンがプリーストの影響を公言し、ツインギター・ハーモニーと疾走感のあるリフ構造が「ヘヴィメタルの教科書」として後続バンドたちに広く継承されていった。
でも私は、今でも時々『背信の門』を取り出して聴く。
あの70年代のブルースの余韻を確かめるために。
ハルフォードがまだ「メタル・ゴッド」の衣を纏う前の、一種の危うい均衡の中にいた瞬間の声を、もう一度耳に入れるために。
「あの渋いハードロックはどこへ行ったのか」。
答えは「ヘヴィメタルになった」ということなのだろう。
変貌の鮮やかさがあまりにも見事すぎて、中学生の私が笑ってしまったのも、今となっては無理のないことだと思っている。
笑いながら、少し寂しかった。
その寂しさが、私があの初期のプリーストを手放せない理由かもしれない。
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