2位じゃダメですか?──蓮舫のおかげで名曲に仕分けられたヒット曲ベスト20
2位の美学
2009年、蓮舫議員が国会で放った「2位じゃダメなんですか?」という言葉。あれ、スーパーコンピューターの予算削減の話だったんだけど、、ポップミュージックの歴史だとまたちょっと変わるよね。
だってさ、チャートで2位止まりの曲って、実はめちゃくちゃ有名曲が多いわけ。1位になった曲は確かに偉い。でも、2位の曲には独特の文化があるんだ。そりゃあ1位にはならんわな、っていう。
あとね、「もう一歩だったのに」っていう哀愁。それが妙にひっかかる。
今回紹介するのは、1970年代から80年代にかけて、週間チャートでは最高位2位に甘んじながらも、長期間チャートに居座って年間チャートで大健闘した曲たち。つまり、瞬間最大風速じゃなく、持久力で勝負した曲。
蓮舫さん、見てる?
2位でも全然ダメじゃないんですよ。むしろカッコいいんです。
20位:Leo Sayer "More Than I Can Say" (1980)
週間最高2位/年間27位
レオ・セイヤー。イギリスから来たカーリーヘアーのシンガー。70年代後半のディスコブームに乗れなかったロッカーが、80年代に入ってバラードで復活。
この曲、実は1960年代にボビー・ヴィーが歌ってた古い曲のカバー。20年前の曲を持ってきて、柔らかいポップスにアレンジ。それが当たった。
週間2位止まり。でもヨーロッパでは大ヒット。特にイギリスでは1位。母国で1位取れば、アメリカで2位でもいいじゃん。そういう考え方もある。
セイヤーの声、独特なんだよね。ちょっとハスキーで、でも優しい。癒し系の2位。そういうポジション、悪くない。
19位:Dan Fogelberg "Longer" (1980)
週間最高2位/年間26位
ダン・フォーゲルバーグ。ソフトロックの貴公子。イーグルスほど派手じゃないけど、確実にヒットを出し続けた職人。
「Longer」は究極のウェディングソング。「君を愛する期間は、星が空に輝くより長く、海が陸地に触れるより長い」って歌う。壮大すぎるラブソング。でも嫌味じゃない。フォーゲルバーグの誠実な声が、説得力を持たせる。
週間2位止まり。でもアダルト・コンテンポラリーのラジオ局で延々と流れ続けた。結婚式の定番曲。2位の曲が一生の思い出になる。そういうこともあるんだ。
フォーゲルバーグは2007年に56歳で亡くなった。前立腺がん。でも「Longer」は永遠に残る。2位でも永遠になれる。
18位:The Spinners "The Rubberband Man" (1976)
週間最高2位(3週間)/年間26位
ディスコがやってくる直前、フィラデルフィア・ソウルが最後の輝きを見せていた時代。スピナーズのこの曲、ゴムバンドみたいに弾けるベースラインが最高にファンキー。
週間では2位止まり。邪魔したのはロッド・スチュワートの「Tonight's the Night」。でもさ、ラジオでは毎日流れてたよ。DJたちが愛した曲。2位でも、ラジオ局は見捨てない。そういうこと。
俺、当時ラジオで聴いた瞬間、「あ、これゴムバンド引っ張りすぎて顔に当たるやつだ」って思った。痛いけど癖になる。そんな曲。
17位:Silver Convention "Get Up and Boogie (That's Right)" (1976)
週間最高2位(3週間)/年間24位
ドイツから来た3人の女性。ディスコの黎明期。この曲のシンプルさったら、もう**「踊れ」以外何も言ってない**レベル。でもそれがいい。
ポール・マッカートニーの「Silly Love Songs」に3週間も押さえつけられて2位止まり。でも考えてみろよ、ビートルズと戦って2位だぜ? 十分すごいじゃん。
シルバー・コンベンションは他にも「Fly, Robin, Fly」っていう名曲がある。こっちは1位取ったんだけど、俺は「Get Up and Boogie」の方が好き。2位の方がカッコいいってこと、あるんだよ。
16位:Pointer Sisters "Slow Hand" (1981)
週間最高2位/年間23位
ポインター・シスターズがディスコから脱却して、大人のR&Bバラードに転向した時期の名曲。タイトルの「Slow Hand」ってのは、ギタリストのことじゃなくて、まあ、その、夜の話なんだけど(笑)。
ジョン・マクフィーのギターソロがエロい。エロいけど上品。そういうバランス、80年代初頭にしか出せない空気だったんだよね。
この曲、週間2位止まりだったけど、アダルト・コンテンポラリーのラジオ局では延々と流れてた。大人はね、1位とか気にしないの。いい曲を長く聴く。それが大人の余裕ってもんでしょ。
15位:Grover Washington Jr. with Bill Withers "Just the Two of Us" (1981)
週間最高2位/年間22位
サックス奏者とソウル・シンガーのコラボ。都会の夜、バーのカウンター席で聴く音楽。ジャズでもあり、R&Bでもあり、でもポップでもある。そういう曖昧さが、逆に普遍性を生んだ。
俺、この曲を初めて聴いたとき、「あ、これ大人になったら分かる曲だ」って思った。20代で聴いたときはピンとこなかった。30代で聴いたら「いい曲だな」。40代で聴いたら「名曲だ」。歳を重ねるごとに良くなる曲ってあるんだよ。
グラミー賞も取った。でも週間1位は取れなかった。賞は取れても、1位は取れない。そういうこと、人生にもあるよね。
14位:England Dan & John Ford Coley "I'd Really Love to See You Tonight" (1976)
週間最高2位(2週間)/年間21位
イングランド・ダンとジョン・フォード・コーリー。名前が長い。でも曲は短くて甘い。70年代AORの教科書みたいな曲。
この曲、タイトルが絶妙なんだよ。「今夜君に会いたい」じゃなくて、「今夜君に会えたら本当にいいんだけど」って。断られる前提の誘い方。この奥ゆかしさが、70年代。
Wild Cherryの「Play That Funky Music」に邪魔されて2位止まり。ファンクに負けたメロウ。でもね、ファンクは廃れてもメロウは残るんだよ。そういうもんなの。
ちなみにイングランド・ダンは後にダン・シールズとしてカントリー界で大成功。2位で終わる人生なんてない。みんな次のステージに進む。
13位:The Rolling Stones "Start Me Up" (1981)
週間最高2位(3週間)/年間21位
ローリング・ストーンズ。説明不要。でもこの曲、実は元はレゲエだったって知ってる? 何年も放置されてたテープを、キース・リチャーズが掘り起こして、ロックンロールにアレンジし直した。
3週間2位をキープ。でも1位にはなれず。邪魔したのはクリストファー・クロスとホール&オーツ。ロックの帝王が、ヨット・ロックとソフト・ロックに負けた。80年代ってそういう時代だったんだよ。ハードなロックより、耳触りのいいポップスが求められた。
でもこの曲、24週間もチャートにいた。半年だぜ? 1位を1週間取るより、2位を3週間キープして、その後も20週間以上チャートに残る方が、トータルでは勝ちなんだよ。
後にマイクロソフトがWindows 95のCMに使って、300万ドル払った。2位の曲に300万ドル。蓮舫さん、これが答えですよ。
12位:Christopher Cross "Ride Like the Wind" (1980)
週間最高2位(4週間)/年間20位
デビューシングルで4週間も2位をキープ。新人でこれは凄い。でも1位にはなれなかった。Blondieの「Call Me」という化け物ヒットが居座ってたから。
この曲の歌詞、LSDキメながら書いたってクリストファー・クロス本人が言ってる。ヒューストンからオースティンに向かう車の中で、幻覚見ながら「メキシコに逃げる犯罪者」の歌を書いた。すげえな、70年代。
マイケル・マクドナルドのバックボーカルが入ってる。あの独特のハスキーボイス。ドゥービー・ブラザーズの人が助けてくれたおかげで、クリストファー・クロスはグラミー賞を5つ取った。
2位の曲でグラミー5冠。蓮舫さん、聞こえてます?
11位:John Cougar Mellencamp "Hand to Hold On To" (1982)
週間最高2位/年間19位
ジョン・メレンキャンプ。まだ「クーガー」って変な芸名で呼ばれてた時代。レコード会社が勝手につけた名前。本人は嫌だった。でも契約だから逆らえなかった。アイデンティティを奪われたロッカー。
「Hurts So Good」と「Jack & Diane」が大ヒットした後、3rdシングルとして出したのがこれ。週間19位。地味。でも長く売れた。
メレンキャンプの凄いところは、ハリウッドに行かなかったこと。インディアナ州の田舎町に留まり続けた。「俺のルーツはここだ。ここから離れたら、俺の音楽は死ぬ」と。
2位じゃダメ、とも言わない。19位でもいい。大事なのは自分のルーツを守ること。そういうロッカーだった。
10位:Laura Branigan "Gloria" (1982)
週間最高2位(3週間)/年間18位
ローラ・ブラニガン。80年代を代表するパワーボーカリスト。この曲、元はイタリアの曲。ウンベルト・トッツィが歌ってた。でもブラニガンのバージョンが世界的大ヒット。
3週間2位止まり。ライオネル・リッチーの「Truly」とトニー・バジルの「Mickey」に阻まれた。バラードとチアリーダーに負けた。でもブラニガンの声、負けてないんだよ。むしろ圧倒的。
この曲、ゲイ・カルチャーのアンセムにもなった。ディスコで延々とかかってた。2位の曲が、マイノリティの心を掴む。そういうこと、よくあるんだ。
ブラニガンは2004年に若くして亡くなった。47歳。でも「Gloria」は永遠に残る。2位でも永遠になれる。
9位:John Lennon "Woman" (1981)
週間最高2位(3週間)/年間17位
1980年12月8日。ジョン・レノンが殺された。その後、彼の曲が次々とチャートに戻ってきた。
この「Woman」は、レノンがオノ・ヨーコへの愛を歌った曲。殺される直前に録音された。彼の最後のラブソング。
3週間2位止まり。REOスピードワゴンとBlondieに阻まれた。でも誰も文句言わなかった。だってレノンは死んでるんだから。生きてる人が1位を取る。死んだ人は2位でいい。そういう暗黙の了解があった気がする。
俺、この曲聴くたびに泣きそうになるんだよね。「Woman, I can hardly express」って歌い出し。言葉にできないほどの愛。でもレノンは必死に言葉にしようとした。そして撃たれた。
2位で十分なんだよ、この曲は。1位になったら、逆に辛すぎる。
8位:Eddie Murphy "Party All the Time" (1985)
週間最高2位(3週間)/年間16位
エディ・マーフィー。コメディアンが歌った。しかもちゃんと上手い。これが当時、めちゃくちゃ話題になった。
プロデュースはリック・ジェームス。ファンクの帝王。マーフィーとジェームスがスタジオで遊んでたら、こんな曲ができた。遊びが本気になった。
3週間2位止まり。ライオネル・リッチーの「Say You, Say Me」に負けた。まあ、映画音楽の巨匠には勝てないよな。
でもこの曲のビデオ、覚えてる? マーフィーがめちゃくちゃ楽しそうに歌ってる。コメディアンだから、カメラの前で楽しむのが仕事。2位でも笑顔。そういう姿勢、見習いたいよね。
7位:John Cougar Mellencamp "Hurts So Good" (1982)
週間最高2位(4週間)/年間15位
またメレンキャンプ。今度は大ヒット曲「Hurts So Good」。4週間も2位をキープした。でも1位にはなれなかった。
なぜか? Survivorの「Eye of the Tiger」。『ロッキー3』の主題歌。映画の大ヒットに、ハートランド・ロックは勝てなかった。
でもいいんだよ。「Hurts So Good」は田舎町の若者のアンセム。大都市のエリートじゃなく、インディアナ州の工場で働く若者たちの歌。そういう曲が2位になれただけで、十分な時代だった、80年代は。
メレンキャンプはこの曲のヒットで、少しずつ「クーガー」という芸名から本名に戻していく。2位を取ったことで、自分の名前を取り戻した。
6位:Air Supply "All Out of Love" (1980)
週間最高2位/年間15位
エア・サプライ。オーストラリアから来た2人組。ハーモニーが美しすぎて、逆に怖いレベル。
「All Out of Love」は切ないバラード。遠距離恋愛の歌。**「君なしじゃ生きていけない」**って泣き叫ぶような曲。でも泣き叫んでるのに、なぜか上品。それがエア・サプライ。
週間2位止まり。でもこの曲の後、彼らは7曲連続トップ5ヒットという記録を作る。2位でも諦めなかった。持続力の勝利。
80年代初頭、FMラジオで延々と流れてた。当時のアメリカ人、みんな遠距離恋愛してたのか? ってくらい流れてた。2位の曲がラジオを支配する。そういうこともあるんだ。
5位:Jackson 5 "Dancing Machine" (1974)
週間最高2位(2週間)/年間14位
若きマイケル・ジャクソン、16歳。声変わりが終わって、少年から青年になりかけの時期。
「Dancing Machine」はファンクとディスコの融合。当時としては革新的だった。そしてマイケルは、この曲のパフォーマンスでロボットダンスを初披露。後のムーンウォークの原型がここにある。
2週間2位止まり。邪魔したのはレイ・スティーヴンスの「The Streak」。全裸で走り回る人を歌った珍曲に、マイケルは負けた。
でもいいんだよ。マイケルは後に世界の王様になるんだから。16歳で2位を取れれば十分。2位は通過点なんだ、本当の天才にとっては。
4位:Juice Newton "Queen of Hearts" (1981)
週間最高2位/年間13位
ジュース・ニュートン。カントリー・ポップの女王。でも「Queen of Hearts」はロカビリー風。カントリーとロックの中間。そういう曖昧さが、逆にラジオ局に受けた。
週間2位止まり。でもポップとカントリーの両方のチャートで大ヒット。ジャンルを超えた。2位でもジャンルを超えられる。
この曲、元はイギリスのデイヴ・エドマンズが歌ってた。でもニュートンのバージョンが一番有名になった。カバーがオリジナルを超える。そういうこと、ポップスの世界ではよくある。
ニュートンは後に「Angel of the Morning」もヒットさせる。こっちも2位止まり。2位を連発する才能。それはそれで凄いと思う。
3位:Smokey Robinson "Being with You" (1981)
週間最高2位/年間13位
スモーキー・ロビンソン。モータウンの伝説。Miraclesを離れてソロになって、ようやく大ヒット。
「Being with You」は甘すぎるバラード。砂糖の固まりみたいな曲。でも嫌味じゃない。なぜならスモーキーの声が天使だから。
週間2位止まり。でもイギリスでは1位を取った。アメリカで2位、イギリスで1位。そういうパターン、よくあるんだよ。国が違えば、ランキングも変わる。
スモーキーは60年代からずっと活躍してた。70年代はちょっと低迷。でも81年に復活。2位で復活。十分じゃん?
2位:Village People "Y.M.C.A." (1979)
週間最高2位(3週間)/年間13位
さあ来た。20世紀最強の2位。
Village People。ゲイ・カルチャーのアイコン。でも曲は万人向け。子供からお年寄りまで、みんな「YMCA」の文字を体で作って踊った。アメリカン・バンドスタンドで観客がやった振り付けが、世界中に広まった。
3週間2位止まり。Chicの「Le Freak」とロッド・スチュワートの「Da Ya Think I'm Sexy?」というディスコ界の2大巨頭に阻まれた。ディスコ同士で潰し合い。
でもこの曲、世界中で1位を取った。アメリカ以外では。アメリカだけ2位。なんでだろうね? アメリカ人、YMCA嫌いなのか?(笑)
今でもスポーツイベントで流れてる。46年経っても現役。2位の曲が、半世紀近く愛される。蓮舫さん、これが答えです。
1位:Foreigner "Waiting for a Girl Like You" (1981-1982)
週間最高2位(10週間!)/年間19位
もう一度言う。10週間も2位。これ以上の忍耐があるか?
オリビア・ニュートン=ジョンの「Physical」が10週間1位を取り続けた。その間ずっと、フォリナーは2位で待ち続けた。まさに"Waiting for a Girl Like You"。皮肉なタイトルだよね。
でもこの曲、1982年の年間19位に入った。翌年の年間チャートに入るほど長く売れた。1位の曲は消える。2位の曲は残る。そういうこともある。
トーマス・ドルビーのシンセサイザー。ルー・グラムの切ないボーカル。ミック・ジョーンズの計算されたアレンジ。すべてが完璧だった。完璧だったから、2位だった。1位になるには、もっと何か、大衆迎合的な要素が必要だったのかもしれない。
でもフォリナーは妥協しなかった。2位でも、自分たちの音楽を貫いた。
エピローグ:2位の勝利(そしてベタの勝利)
蓮舫さん、分かりましたか? 2位でも全然ダメじゃない。
むしろ2位には、1位にはない物語がある。
「なぜ1位になれなかったのか」が、逆に曲を輝かせる。
1位の曲は消費される。みんな聴いて、飽きて、忘れる。
でも2位の曲は記憶に残る。「あの曲、なんで1位になれなかったんだろう」って、ずっと気になる。その気になり続けることが、曲の寿命を延ばす。
今回紹介した20曲、全部2位以下。でも全部名曲。
数字じゃない。音楽の価値は。
でもさ、こうやって聴き直してみると気づくことがある。
ベタな曲、多いな~。
エア・サプライの遠距離恋愛ソング。スモーキー・ロビンソンの甘々バラード。Village Peopleの「YMCA」なんて、もうベタの極致じゃん。フォリナーの「君みたいな女を待ってた」も、よく考えたら王道中の王道のラブソング。
だから1位になれなかったのかな~?
1位になる曲って、時代の空気を読んでる。その瞬間、みんなが求めてる「何か」を持ってる。でも2位の曲は、時代より少しだけズレてる。ベタすぎたり、素直すぎたり、真面目すぎたり。
でもね、ベタって最強なんだよ。
時代が変わっても、ベタは残る。流行は廃れるけど、王道は廃れない。エア・サプライが「君なしじゃ生きていけない」って歌ったら、それは10年後も20年後も変わらない真実なんだ。
Village Peopleが「YMCA」で踊ってた姿、今でもスタジアムで再現される。46年前のベタが、2025年も現役。
もしスーパーコンピューターが2位でも、それが人類の役に立つなら、それでいいじゃないか。フォリナーの「Waiting for a Girl Like You」は1位を取れなかったけど、何百万人の心を慰めた。それで十分。
音楽は数字じゃない。順位じゃない。どれだけ長く愛されるか。それが全て。
そしてベタこそが、長く愛される秘訣なんだ。
だから蓮舫さん、もう一度言わせてください。
「2位じゃダメなんですか?」
俺の答えは、「2位でも最高ですよ。特にベタな2位は」。
ベタを恐れるな。王道を恐れるな。素直であれ。
2位とベタ、最高じゃないですか。
(おわり)
