「固有名」の不思議さについて。
キリスト教神学の「個霊の救済」のテーマからすると、今回のお話には反論が生じると思います。先生が仰ったのは、「固有名」とされる記号概念と個体実体との必然的結び付きは無いという事が一つの問題であり、もう一つは個体実体としている人間個人には普遍的な個体性は無いのではないかという問題であると思います。
前者は「必然ではなく偶然である」というだけのことで、名称概念が何でもよいだけの事ですが、後者は「人間の個体性に根拠がない」とする普遍思考法=「単一知性説」=「ブラフマン‐アートマン・モデル」への自然的傾向性が認められると思います。
「単一知性説」は中世のアヴェロエス主義の思考法ですが、それに対して中世のキリスト教神学者トマス・アクィナスは反駁をしました。冒頭に示した「個霊の救済」の立場からです。
トマスは「個のイデア」が根源的イデアであるという論拠を示し、その論理の延長で「天使論」を展開しました。そこでは「一個が一種(普遍)」の無限数の個体を論証し、後のライプニッツやデデキント、カントールへの発展を示したと思います。茂木先生は、この動画で数学的な「固有名」=「固有代示」の確実性を前提にされましたが、存在論の宇宙的観点における個体性を、トマスは既に「個のイデア」で論証していたと思うというのが、私の40年前からの研究結果ですが、どうなのでしょうか?
