「泥滑り橇」 der Schlickrutscher デア シュリック・rルッチャー

 まずは、表題の男性名詞の後半部から行こう。der Rutscherである。tsch-の綴り字は日本語のように「チ」と発音すればよい。この名詞は、rutschen(rルッチェン)という動詞から来ており、故に、rutschenすること、rutschenするものを言い、rutschenとは、「滑る、滑ってずれる、スリップする」などの意味を持つ単語である。場合によっては、「ちょっと席をつめてくれませんか。」と言う時などにも使える動詞である。因みに、lutschenルッチェンという動詞もあり、これは、「飴などをしゃぶる、なめる;すすりながら飲む;アイスクリームなどをなめながら食べる」などを意味する。故に、rutschenという言葉では、日本人に不得意なr字とl字をしっかりと区別して発音して欲しいものである。それと、rutschenには、der Rutsch(rルッチュ)という別の男性名詞もあり、「滑ること」を意味する。面白いのは、直訳して、「よき滑りを!」という「Guten Rutsch!グーテン rルッチュ!」は、年末にドイツでよく掛け合う挨拶で、日本で言えば、「よいお年を(お迎えください)!」に相当する。これはドイツ人の年末・年始の過ごし方に対する考え方が若干見え隠れしている挨拶語であると筆者には思われて、面白い。

 さて、表題では「橇」と、読んでイメージが湧くように意訳したのであるが、実は、「橇」ということであれば、ドイツ語には、der Schlittenデア シュリッテンという言葉がある。と言うのは、同じ「滑る」でも、単に板切れなどを使って滑るか、或いは、橇の滑り木があるか、スケートのブレードがあるかで、違ってくるからである。で、表題の「滑り橇」は、滑り木がなく、接触面が平面である橇であることを気に留めていていただきたい。

 それでは、表題語の前半に当たるder Schlickデア シュリックという男性名詞は何であろうか。

 それにはまず、「泥」なるものとは如何にして出来るかを説明する必要がある。庭からスコップで掘ってきた土を、水の入った大き目のビーカーに入れて、ビーカーを少し振ると、中の水は濁る。中の土をほぐして、もう一度ビーカーを振ると、まずは、ビーカーの底に小石が残っている。振った際に水中に浮遊した「砂」も、ビーカーを振り終えたところですぐに底に沈むであろう。水が濁ったままの状態で、ビーカーを机の上に置き、水の濁り具合を観察すると、時間が経つにつれて、水の上の方から水の濁り具合が少なくなっていき、何時間か後には、水の大部分には濁りがなくなっているが、小石と砂の上に茶色に濁った層が未だ残っている。このようにまずは、沈殿物がその粒子の大きさにより層を成すことが、このビーカーを使っての実験で観察できる。

 これを山の中の岩が砕けて出来た砕屑物(さいせつぶつ)が雨によって川に流れ込む状況に置き換えてみると、流れ込んだ物の内、一番軽い粘土が先に下流に流されていく。その次に軽い、と言うことは、粒子の直径(粒径)が粘土より若干大きい「微砂」が下流に流れていく。「微砂」と言うくらいであるから、砂より軽くて小さい物で、地質学では、その大きさを1/16mm〜1/256mmの砕屑物と定義してある。つまり、1/16mm以上の物が「砂」で、1/256mm以下の物が「粘土」ということになる。

 「微砂」とは、別名「沈泥(ちんでい)」ともいい、日本語の「泥」とは、実は、この「沈泥」と「粘土」を併せた物なのである。表題の「泥」もこの意味で理解してほしいのであるが、さて、「泥」は川の水に流されていくうちに、その流れの強さ、地形などの要素により、運搬され、ふるい分けられて、層を成して、一定の場所に堆積していく。こうして、大きな川は、とりわけ、海に入っていく河口部で、川底に堆積物が溜まったり、河口で、三角状の入り江(三角口)を形作ったりする。泥が幾層にも重なることにより、とりわけ、下層では上からの圧力が掛かり、それにより泥に含まれている水分が除かれることになる。或いは、河口部で出来た泥の層が、太陽光により水分が蒸発し、文字通り「どろどろ」の状態になる。このような状態になったものを、ドイツ語では、der Schlammデア シュラムという。「泥仕合」の光景をここで思い出して欲しいのであるが、あの場面でお互いに投げ合う泥をドイツ語では、「Schlamm」という言葉を使って表現する。

 このような堆積作用は、海沿いからの浅瀬が遠く沖合まで続いているような所でも、干潮・満潮の作用で起こることがある。つまり、満潮時には浅瀬に泥が運んでこられ、干潮時には泥が沈下し、太陽光に照らされて泥の中の水分が一部蒸発して、Schlamm状になる。更に、この場合は、単なるSchlammとは異なり、海の微生物などもSchlammの中に混じる形で「どろどろ」化が進む。このような海の浅瀬で、干潮・満潮の作用で出来た泥状の物を、とりわけ、der Schlickデア シュリックというのである。以上、ようやく、「Schlick」とは何であるかを説明した所に辿り着いた訳で、der Schlickrutscherとは、日本の有明海のような場所を干潮時に木製の橇みたいなもので、滑って移動するための乗り物を言うのである。

 幅は約60㎝で、長さは約2mである。手前から約60㎝の所に両幅から60cmから80cm位の高さで縦棒が備え付けられ、これに両幅をつなぐように横棒がしっかり固定される。この橇に乗る人間は、この横棒に掴まり、片膝を橇の上に突き、別の足で、Schlickを蹴って、前に移動する仕組みである。故に、膝を突く部分は、箱型になっており、そこから、両脇に立て板が20cm程の高さで立ち、約1m40㎝前まで平板が、木製の巨大な塵取りのような形で、前に伸びる形になる。昔は、こうした「泥滑り橇」を使って、干潮時にSchlick上を滑って、自分が仕掛けた簗(やな/やない)まで行き、そこで獲物を「橇」の前の方に載せて、沿岸部まで戻ってくる漁師がいたのである。

 このような、日本の有明湾のような場所がドイツのどこにあるかと言うと、もちろん、北ドイツである。ドイツは、南部がアルプス山脈に連なる形で高度が高くなり、南部から北に向かうに従って、高度が低くなり、そして、北海やバルト海で海に繋がるという地形である。そして、とりわけ北海沿岸地方では、沿岸部から沖合まで干潮時には例のSchlickが一面に拡がる場所があるのである。こういう北海の広く続く浅瀬一帯を、ドイツ語では、das Wattenmeerダス ヴァッテン・メーア(「ヴァットの海」)という。das Wattという中性名詞が、沖合にある島々から北海沿岸に向けて、砂州、干潟、塩性湿地などを含めて、一日二回の干潮時にSchlickが見える場所を意味するのである。

 「ヴァットの海」は、北はデンマークの北海側のユトランド半島沿岸部から、南西へはオランダの北海沿岸部まで約500㎞も続き、最大幅が40㎞まで及び、その全体の広さが約11.500㎢に及ぶ。オランダ、ドイツ、デンマークが申請国として、ユネスコに世界文化遺産として申請し、このような自然景観としては世界最大のものとして、2009年に世界文化遺産リストに加えられた(デンマークの区域は2014年)、自然環境保護地域である。ドイツでは、既に1970年代から、そのドイツ沿岸部の地帯を自然環境保護地域と指定しており、この地域は、ユネスコにより、更に、生物圏保護区(日本で言うところの「ユネスコ・エコパーク」)にも指定されている。

 潮風に吹かれながら、何キロメートルも白い砂浜を散歩する「醍醐味」は、北海沿岸部を夏に訪れる観光客には必須のものであるが、とりわけ、都市部で毎日排気ガスの混じった空気を吸って生活している都会人には、塩気の混じった北海の空気は、療養と言える程の効果がある。砂浜に置かれた、日除け付きで、座る角度を若干変えることが出来るが、二人がようやく一緒に座れる長さしかない「籠椅子」も北海の砂浜の風物詩であろう。そして、お昼は、近くの屋台から買ってきた、北海産の小エビを間に挟んだ小丸パンのサンドウィッチを、北海の地ビールJeverイェ―ファーという、飛び切りホイップの苦みが効いた辛口ピルスを飲みながら、ほおばるのもいい。因みに、北海産の小エビは、漁獲制限がされているから、安くはないことを申し添えておく。

 デンマークからオランダまでの、このWattenmeer地域には、元々、ゲルマン系のFrieseフrリーゼ人達(複数形はFriesen)が住んでいた。それ故、この地域を、Frieslandフリース・ラント(「Friese人達の土地」)と呼び、デンマークからドイツに掛かる、ユトランド半島の南西部分の北海沿岸部を北Friesland、オランダの北東部の北海沿岸部を西Friesland、そして、その西Frieslandの東にある、ドイツ側の北海沿岸部をOstfrieslandオスト(東)・フリースラントと更に区分している。

 この、オランダとの国境に接するドイツの最北西部がOstfrieslandとなり、その形容詞形がostfriesischオスト・フrリーズィシュである。なぜここまで細かく説明するかと言うと、この地域には、「Ostfriesentee」(「オスト・フrリーゼン達のお茶」)という紅茶があり、独特の作法でこのアッサム・ティーを飲む習慣があるからである。このドイツの「茶道」をここで説明するゆとりは本稿ではないが、茶道の国・日本から来ている人間であれば、是非、Ostfrieslandを訪れて、実地で、「Ostfriesischeな茶道文化」がどのような茶道文化なのか、試されたい。

 さて、今回の投稿を書いたのは、何もOstfrieslandの観光案内をするためではなく、実は、2025年八月上旬に行なわれた、あるスポーツ大会のことを書きたかったためである。このスポーツ大会では、恐らく、ギャグも一部は入っているのであろうが、あるOstfrieslandの町の観光宣伝も兼ねて、Schlickrutscher(「泥滑り橇」)を使って150mのSchlickがあるコースを出来るだけ短時間で「滑る」競争が行なわれる。その際、ジャーマン・チャンピオンシップも決定され、約30名が参加したこの大会では、男子部門と女子部門のチャンピオンだけではなく、「フリースタイル」部門として、「Queer」のチャンピオンも選ばれたのである。このことを知り、筆者には思うところがあった。つまり、伝統工具であるSchlickrutscherを使った漁業が最早存在していない以上、この伝統工具は、郷土民俗博物館行きの運命しか持っていなかったはずである。そのような運命のSchlickrutscherを、このスポーツ大会では、しかも、上述のような形で現代に生き長らえさせる。つまり、伝統の保存が、性的多様性という現代的な課題(同時に少数者の尊厳の問題)と掛け合わされていることに、筆者は、ここに真の保守主義とは何かを改めて見せつけられた気がしたのである。