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第18話 元教員として、今だから言えること─ 教育現場のリアルと心を守る大切さ

はじめに

教員として働いていた頃を思い返すと、
あの頃の自分は「がんばる」ことしか知らなかった。
子どもたちのために。
学校のために。
一緒に仕事をする同僚のために。
そう思って走り続けていたけれど、
気づけば、自分の心は置き去りになっていた。

今だから言えること

教師の現場は、常に忙しかった。
授業の準備、学年での打ち合わせ、行事の準備、
トラブル対応に、保護者への連絡。
ひとつの仕事が終わる頃には、次の山がすぐそこにあった。

経験年数が増えるほど、責任も増えていく。
「学力を上げなければいけない」
「子どもたちを健康に育てなければいけない」
「安心して登校できる環境をつくらなければならない」
実際に目標とする領域まで達することが常に求められる。
でも、「子どものために」という想いは本物だった。
自分なりに全力で子どもたちに向き合っていた。

私が目指したかったのは「みんなが安心して過ごせるクラス」だった。
理由は、私の小学校時代にある。
私は、年上の学年の友達から、当時いじめられていた。
見た目でばかにされたり、遊びに入れてもらえなかったり、
自分の物を隠されたこともあった。

でも、私は自分の気持ちを話すのが苦手だった。
「いやだ」「やめて」「しないで」という言葉を使うことがいけないこと、周りの人にもっと迷惑をかけてしまうと思って、言えないでいた。
結局、我慢し続け、耐えるしかなかった。
だからこそ、誰一人悲しい思いをする子どもがいないように、全員が安心して入れるクラスをつくりたい。
そう思った。

大人になった私は、何かにつけて敏感な人間だった。
(今の言葉で言うと、HSPなのかもしれない)
人と人との小さな空気の変化や、
人間関係のぎくしゃくもすぐに感じ取ってしまう。
教師の職場ではみんながそれぞれの立場で精一杯働いている。
全員が子どもに対して一生懸命だった。
だからこそ、
「誰も悪くないのに、誰かがやらなければ終わらない」
そんな仕事が数多くあった。
他の人の顔色を伺って、
もうちょっと自分が頑張ればごたごたとならずに済む。
それならと、私は意識せず、自分を削り続けていた。

授業の準備であれば、なおさらだ。
「授業の準備に終わりはない」と私は思っている。
どこまでやっても「もっと良くできる」と思ってしまう。
完璧を目指す自分が、休むことを許さなかった。
土日をすべて仕事に注ぎ込む日もあった。
夜中の12時を回っても、家に帰らない、帰れない日もあった。
そして気づいたときには、心のバランスが崩れていた。

「できない自分」を責める時間が増え、
やがて動けなくなった。
振り返ると、あの頃の私はずっと自分と「戦って」いたのだと思う。

まとめ

教員という仕事は、尊くて、責任のある仕事。
でも同時に、心をすり減らす仕事でもある。
「子どもたちのため」と思うなら、
まずは“自分を大切にすること”を忘れてはいけない。

今になってようやく、
自分の心を守ることの大切さを、本当の意味で理解できた気がする。


📘おわりに

「うつ病日記」では、心の回復や日常の気づきを綴っています。
感じたことや共感したことがあれば、コメントで教えてください。

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