核兵器禁止条約に参加しない国が北朝鮮に核の放棄を求めることができるのでしょうか。
1月22日、核兵器禁止条約が発効しました。しかし、日本政府はこの条約への不参加を表明しています。各種世論調査によれば、7割以上の国民がこの条約への参加に賛成の立場をとっているとのことですが、日本政府の立場は一切の揺るぎを見せていません。この条約に参加しない国が、核兵器開発を進める国に核放棄を求めることは矛盾しているとも映りますが、どう考えたらよいのでしょう。
核兵器の廃絶という目標
究極的な目標としての核兵器の廃絶は、核兵器国を含む多くの国が共有しています。問題は、どうしたらそれを実現できるのかということです。これは理念とかの話ではなく、至極現実的な道筋の問題なのです。核兵器製造の技術を手に入れてしまった我々人類は、それを捨てることもできず、途方に暮れているとも言えます。
そんなの条約で約束して、「いっせいのせ」で捨てればいいじゃないかと思われるかもしれません。しかし、「いっせいのせ」とした時に、誰かひとりが捨てなかったらどうしますか? 捨てたふりをして、どこかに隠していたらどうしますか? 例えば、5人が「いっせいのせ」とした時、みんながそのような疑念を持ち、ひとりも捨てないということになるのではないかと思います。
技術的な問題を言えば、現在のIAEAの保障措置に相当するような国際的検証によって、核兵器の段階的廃棄と核物質の登録を確認していけば、歩調を合わせながら廃棄する方法はあるような気がします。問題は、現在の各国の安全保障において核兵器が不要となるような状況をつくり上げることができるかということでしょう。
現在の世界においては、残念ながら、自分の身は自分で守らなければならないのです。自分を敵視している人が攻撃してこないように、力を持たなければならない。通常兵器だけでそれを実現することは難しいのが現実です。
野心的な核兵器禁止条約
一挙に核兵器をなくすことができないならばと、色々な角度から、核兵器を「持ちにくくしてきた」というのがこれまでの流れです。
63年の部分的核実験禁止条約で、宇宙や大気圏、水中での核実験を禁止しました。70年の核不拡散条約(NPT)で、非核保有国による核兵器の取得を禁止し、核保有国による核軍縮交渉の義務を規定しました。さらに96年に採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)ではすべての空間での核実験を禁止し(未発効)、兵器用の核分裂性物質の生産を禁止する条約(カットオフ条約)の作成も検討されています。
このように、持ってしまった核兵器開発技術を使いにくいように、あの手この手で自らの手を縛ってきたわけです。
これまで苦労しながら一歩づつ進めてきた歩みに比べて、核兵器禁止条約はあまりに野心的で、ある意味で突拍子もないとさえ言えるものです。国際条約は、内容を充実させることと普遍性を確保することのバランスの上に成り立っていると思います。いくら充実した内容でも、十分多くの国、特に参加させる必要のある国が入っていなければ実効性を保てません。
逆に普遍性を求めれば、内容が薄いものになったり、もしくはいつまでも発効しないということにもなります。25年前に採択されたCTBTは、条約作成時点で核能力(原子力発電等の平和利用の能力も含む)を有する国を具体的にリストアップし、これらの国すべてが批准することが発効要件とされているため、未だ発効していません(リストには北朝鮮も入っているのです)。
これもふまえて、核兵器禁止条約は発効のしやすさをまず優先したのだと思います。ですが、核兵器保有国やその傘の下に入っている国が参加していなければ、核兵器禁止の実効性があるのでしょうか。
そうならば、少なくとも日本が率先して参加し、少しでも条約の実効性を高めることに貢献すべきではないか、という意見もあります。しかし、日本を含め非核兵器国の多くは、核兵器国の核の傘で守られていなければ、安全保障が成り立たなくなるのです。
現実問題として核兵器に頼っておきながら、核兵器の禁止に賛成するというのは、どう考えても矛盾があり、不誠実だと思います。
日本のような立場に置かれていない国が核兵器禁止条約に参加することを非難するつもりはありません。その理念には強く共感します。この条約に反対する主張として、核兵器国と非核兵器国の間を分断するものだという論拠を耳にすることがありますが、そこまでの問題はないような気がします。核兵器国であっても、究極的には核兵器を廃絶・禁止したいという考えには理解を示しているのであり、この条約を推進する国々の気持ちはよくわかるはずです。
核不拡散体制の相対化
さて、核兵器の禁止が現状では困難であるとする場合、核兵器開発を進める北朝鮮のような国に、核兵器を放棄することを求めるのは矛盾しないのでしょうか。
90年代頃まで、NPT条約を中心とする国際的な核不拡散体制は絶対的なものでした。
ソ連が崩壊した時、ロシア以外のソ連邦構成国(ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン)にも核兵器が配備されていました。通常の条約承継であれば、それらの国もそのまま核兵器国としてNPTを承継するところですが、それらの国から核兵器をロシアに移転し、非核兵器国としてNPTを承継することとなりました。
南アフリカ共和国もひそかに核兵器を開発・保有していましたが、これらを廃棄し、91年に非核兵器国としてNPTに加盟しました。北朝鮮についても、90年代の「枠組み合意」のように、決して核兵器の保有を認めないという姿勢で国際社会は対応してきました。
NPTに加盟していようといまいと、NPTで認められた五核兵器国以外は絶対に核兵器を保有すべきでないという断固たる姿勢が貫かれていたのです。
それが98年にインドとパキスタンが核実験を行い、核兵器を保有するに至ると、少しづつ雰囲気が変わってきました。
もちろん、当初は各国とも両国に対して制裁や経済措置をとって、核兵器を放棄するように圧力をかけていました。しかし、もともと、インドやパキスタンはNPTに加盟していません。したがって、両国が核兵器を開発・保有したからといって、何ら国際法違反ではないのです。
それに、中国という核兵器国の脅威のもとにあるインド、そしてインドという事実上の核兵器国の脅威のもとにあるパキスタンという安全保障上の懸念に、国際社会は共感せざるをえないところがありました。
さらに両国はその後、核実験モラトリアムを宣言し、CTBTが発効するまで核実験は行わないことを国際社会に約束しました。CTBTの発効要件には、インド、パキスタン両国の批准が含まれています。つまり、両国にとって、CTBT発効まで核実験を行わないということは、今後一切核実験を行わないということを意味します。
そして03年の911テロが、この状況をさらに大きく変えました。アルカーイダをはじめとするテロとの戦いにおいて、インドやパキスタンの協力の必要性が強く認識され、アメリカに引っ張られるように、国際社会は両国との協力体制を再構築するようになっていったのです。
この流れによって、NPTの枠外で核兵器を保有する国の存在が事実上認められるようになっていったのです。
(同じくNPT未加盟のイスラエルも核兵器を保有している疑惑があります。そのイスラエルと敵対するNPT加盟国であるイランの核兵器開発疑惑については、核兵器保有をを認めないという姿勢が貫かれています。)
北朝鮮の狙い
話を北朝鮮に戻しましょう。北朝鮮は、上述のインドやパキスタンのような立場を狙っているのかもしれません。
北朝鮮はNPTに加盟していましたが、03年に脱退を表明しました。それまで、国際社会は「枠組み合意」によって北朝鮮をどうにかNPT体制の中に収めてきたのですが、北朝鮮はこの合意に反して核開発を進め、03年にこれを公に離脱し、05年には核兵器保有を宣言したのです。
常にアメリカを敵視してきた北朝鮮は、核兵器が自らの安全保障のために不可欠だと考えているようです。そういう意味では、安全保障上の必要から核兵器を保有するに至ったインドやパキスタンと同じ立場です。北朝鮮がNPTから脱退した以上、法的な意味において責めることもできません。
北朝鮮としては、米国や国際社会に対して、核兵器廃棄をちらつかせながら制裁の解除や経済的利益を得ていき、結局は核兵器の保有を既成事実化していこうとしている可能性もあります。インドやパキスタンが国際社会において、事実上の核兵器国としての立場を獲得したことは、北朝鮮を「勇気づける」ものだったのかもしれません。
それでも印パキとは違う
しかし、北朝鮮のような独裁国家が核兵器を保有することは、世界にとって大変な脅威です。民意のコントロールを受けない一握りのトップの気まぐれで、核兵器が使用される可能性があるわけです。外貨稼ぎのために、核技術、核物質、さらには核兵器を流出させる可能性もあり、それがテロリストの手に渡れば取返しのつかないことになります。そういうところは、インド、パキスタンとは全く違います。
それを考えれば、一刻も早く北朝鮮に核兵器を放棄させたいと世界が考えるのは当然です。しかし、一方で、安全保障上の必要から核兵器禁止条約に不参加の姿勢をとる国が、同様に安全保障上の懸念があるために核兵器を保有する北朝鮮に何を言えるのでしょうか。
結局、核兵器禁止条約も北朝鮮の核問題も、安全保障環境をどうするかという問題なのだと思います。逆に言えば、安全保障環境に問題がない国が核兵器禁止条約に参加したことをもって、一律の基準で北朝鮮に核兵器放棄を求めることが当然に正当とも言えないのです。
これまで、「枠組み合意」やその後の六か国協議のプロセス、約束に対して、不誠実な対応を繰り返してきた北朝鮮に対し、アメリカ、韓国、日本の関係者は粘り強く対応してきました。その過程で、各国政府、国民の間に積もり積もった北朝鮮に対する不信感は、そう簡単に拭い去れるものではありません。米朝の国交正常化も視野に入れた「枠組み合意」を裏切ったのは北朝鮮ではないか、そういう思いは強いです。加えて、日本との関係では拉致問題についても、誠実な対応が見られていません。
このような北朝鮮の姿勢を擁護するつもりは全くありません。
ただ、制裁をかけ続けるだけでなく、北朝鮮の安全保障上の懸念を取り除くことを同時に考えなければならないことも事実だと思います。制裁の段階的解除や人道支援と引き換えに核兵器や関連施設の廃棄を進めていく約束をしたとしても、それは北朝鮮にとって根本的な解決にはならず、逆戻りしてしまうわけです。
中国の核の傘の下に
北朝鮮はアメリカによる安全の保証を求め続けていますが、現実問題として、たとえアメリカが北朝鮮の安全を保証したとしても、北朝鮮はそれで本当に安心するのでしょうか。これまで相当な敵意を抱いてきた国が、「保証する」と言えば、それでいいのでしょうか。
恐らく、北朝鮮に核兵器を放棄させるためには、中国の核の傘に入ってもらうしかないと思います。
アメリカ・トランプ政権下における米朝の異例のトップ会談は、北朝鮮をめぐる問題の当面の緊張緩和につながりましたが、結局尻すぼみで終わってしまいました。その過程でも、常に北朝鮮は中国と緊密に協議しながら、米国や韓国と対応していました。そしてその中国はますます経済力を蓄え、国際的な影響力を高めています。そのような関係からしても、北朝鮮がその安全保障を頼れるのは中国しかいないでしょう。
恐らくは、そのことも視野に入れた協議がこれまでも行われてきたのだと思います。ただ、中国が単独でその責任を負うことに抵抗があるのかもしれません。また、韓国にとっても、南北朝鮮が明示的に別々の国の核の傘の下に入るのは、南北統一という夢をさらに遠ざけると感じるかもしれません。
であれば、朝鮮半島非核化地帯、ないしは日本を加えた北東アジア非核化地帯を設け、アメリカ、中国、ロシアが共同してその安全を保証するという形をとることもありうるかもしれません。日本や韓国がアメリカの核の傘の下に入りつづけ、北朝鮮は事実上中国の核の傘の下に入ることになりますが、南北分断のイメージは和らぐような気がします。
ひとつ懸念されるのは、中国の意図です。北朝鮮をあえて不安定な状況に置いておくことによって、北朝鮮と密接な関係にある中国がむしろ、アメリカや国際社会に対して強い影響力を維持できると考えているとしたら、この問題の解決は一層困難になります。アメリカの対中外交が引き続き強硬であることが見込まれる中、北朝鮮問題が人質にとられるようなことがあれば、ゆゆしき事です。
核兵器を廃絶・禁止することは遠い先に実現することをめざす究極的目標であるのに対し、北朝鮮の核の放棄は今現在実現をめざしうる問題です。そして、その北朝鮮の核問題の解決は、結局は将来の核兵器の廃絶・禁止につながっていくものだと思います。
この問題については、引き続き考えていきたいと思います。
(見出し画像は、17年7月の核兵器禁止条約署名式典の模様(UN Photo/Kim Haughton))
