「母親である前に一人の人間」に、ずっと違和感があった
キャリアウーマンの苦悩
わたしの親友は、三児の母であり、キャリアウーマンだ。
大規模プロジェクトを掛け持ち、連休中は義実家で子どもたちを寝かせた後も、仕事をしていたという。
聡明で、誰よりも明るくエネルギッシュな彼女なのだが、その日は、電話越しの声が、なんだか意気消沈して聞こえた。
「義母が、わたしを、嫌ってる」。
聞けば、「あなたが自由に働けるのは、あなたの能力じゃなくて周りのおかげ。調子に乗らないで」と、普段は温和な義母にきつい言葉を向けられたらしい。
「わたしは、家族のためにできるすべてのことをやってる。
母親になったら、仕事や学問を追求する権利は、もうないの?」
彼女は泣いていた。
背後に、ぐずり始めた末っ子の声が小さく聞こえた。
彼女の愚痴に寄り添ったあと、真夜中の静寂の中で、ぼんやりと考えた。
わたしは、どうだろうか、と。
仕事を続けられなかった過去
長男が1歳だった頃を思い出した。
保育園から呼び出しがあるたびに上司に頭を下げ、同僚に迷惑をかける罪悪感に苦しんだ。ベビーシッターや病児保育をフル利用して、踏ん張った。
けれどやがて、「育児に専念するのも、今しかできない経験だよ」と、遠回しに退職を勧められた。屈辱だった。
睡眠も食事もままならない中で授乳と通勤をしていたわたしは、気づけば10キロも痩せていた。今思えば、迷惑以上に、心配をかけたのかもしれない。
ある日、会議室の前で、ポケットから取り出したスマホの画面に「〇〇保育園」の文字が表示されると、手が震え、息が詰まり、涙がこぼれた。
もう、続けられない。
自分はキャリアウーマンタイプだと信じていたわたしは、自分の身に起こっていることが、受け入れられなかった。
わたしには、もう、社会人として活躍する力はないの?
育児を楽しむって、一体どういうこと?
息子の隣に座って一緒に粘土をこねてみた。楽しくなかった。
わたしは職業人にも母親にもなれない、無能なのだろうか――。
電話の向こうの親友の言葉に、当時の気持ちが蘇った。
「仕事がしたい=母親役から逃れたい」じゃなかった
正社員の職を手放し、非正規雇用でゆるやかに働くようになってから、8年が経とうとしている。
キャリアを積み上げる友人の努力と活躍を、心から尊敬し、憧れてもいる。けれど、今はもう苦しくはないし、嫉妬も感じない。
幸か不幸か、子どもを預けてまで情熱を注ぎたい仕事に、わたしは出会えていない。それも、案外、悪くない。
あの頃のわたしは、どんな言葉や助けが欲しかったのだろう、と考える。
「子どもから離れることに、罪悪感はいらない」
「母親である前に、一人の人間」
「ママの幸せが、子どもの幸せ」
そんな励ましの言葉たちは、有難かったし、救われた場面もあった。
けれど、どこか言葉にならない違和感を、ずっと感じていた。
「働きたい」気持ちと「母でいたい」気持ちが、対岸にあって、その間には大きな濁流の川が横たわっているみたいな、違和感。
毎日寂しさを通勤鞄にしまって、心許ない小さな橋を渡って行き来しなければいけないみたいな、居心地の悪さ。
向こう岸の景色は、遠くて、もやがかかって、ぼんやりとしか見えないみたいな、「理解されなさ」。
わたしは、「母」と「働きたい一人の人間」が、もっと曖昧に重なり合う場所で生きられたらいいのに、と願っていたような気がする。
例えば昔の商店や農家のように、大人の仕事と子どもの生活が、完全には切り分けられていない世界を、ふと思い浮かべる。
「家庭か、自己実現か」という二者択一のない、地続きの暮らしに、思いを馳せる。
現代の東京で、「母であることを大切にしながら、自分も生きる自由」を得るには、知恵と工夫が必要らしい。
息子たちは、人生の同行者
在宅ワークを始めると、子どもたちの生活と、わたしの生活と、仕事は、物理的に重なり合うようになった。
会議の合間に洗濯物を干したり、資料作成の横で長男が宿題をしていたりする。
「濁流の川」を渡る苦労はもうないし、寂しさや罪悪感を鞄に入れて持ち運ぶような精神的負荷も、ほとんどなくなった。
気づけばわたしは、子どもと一緒に粘土をこねることを、楽しめるようになっていた。子どもの好奇心に輝く目を、毎日見られることに、喜びを感じられるようになった。
仕事の規模は、正社員だった頃に夢見た「社会的成功」には、遠く及ばない。
けれど、社会と繋がっている小さな実感は、ちゃんとある。
そしてそれは、「暮らしの手触り」や「人との関係」に、より近い。
かつては切り離されていた「子どもの楽しみ」と「自分の自己実現」が、ゆるやかに共存し始めている。
わたしが求めているのは、「子どもと共にいる人生そのものを、もっと豊かに、軽やかにしていく道」なのだと思う。
一緒に旅する。世界に出会う。暮らしを育てる。
無理なく働き、一緒に学ぶ。
一緒にビジネスを考案するのも面白そうだ。
この子たちと一緒に、これからどう生きていこうか。
息子たちは、わたしの人生の同行者だ。
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