私たちは感情で動き、理性で言い訳をしている
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
嫌いな人の話し方が鼻につく。食べ方が気になる。何をしても気に食わない。反対に「あばたもえくぼ」「恋は盲目」という言葉もあります。好きな人の欠点は欠点に見えない。むしろ愛おしく映る。
同じ人間が、同じ出来事を、まったく違うものとして見ています。
これは特別な状態ではありません。私たちの日常に、ごく当たり前に起きていることです。
感情が先に動く
欲しいものがあって店に入った。店員の対応が冷たかった。それだけで「もういい」と店を出た経験はないでしょうか。商品への興味は変わっていない。でも身体はもう出口に向かっています。
気になる異性が、別の誰かと楽しそうに話している。それを見た瞬間、さっきまでの気持ちが急に冷める。相手は何も悪いことをしていない。でも、もう気分じゃない。
これらの判断に、「理性」はほとんど関わっていません。感情が先に動き、身体がそれに従い、行動が決まります。思考はその後から、もっともらしい理由を探してくるだけです。
理由は、後からやってくる
不思議なことがあります。
店を出た後、私たちは「あの店員の態度では、また来たいとは思えない」と考えます。気持ちが冷めた後、「やっぱりあの人とは合わないと思っていた」と思います。
理由は、後からやってきます。
感情が動いた瞬間、私たちはすでに行動を決めています。思考はただ、その決定に名前をつけているだけです。「理性的な判断」と呼ばれているものの多くが、実はこの順番で起きています。
感情が先に結論を出し、思考がそれを正当化する。
これは、あなたの意志が弱いわけではない
感情が思考より先に動く——これは人間の構造そのものです。どれだけ聡明な人でも、どれだけ自分を律しようとしている人でも、この順番は変わりません。
「もっと冷静に考えなければ」「感情に流されてはいけない」
そう思うたびに、また感情に動かされている自分に気づきます。それも当然です。感情を「理性で抑え込もう」とすること自体、すでに感情によって動かされているのですから。
ではなぜ、そういう構造になっているのか。次回は、脳の中で実際に何が起きているのかを見ていきます。
