フジロックのヘッドライナー予想
フジロックを主催するSmashの代表佐潟さんからヘッドライナーについて言及がありました。
これを加味して予想したい。
そして今年も #フジロック のオフィシャルコーナー
— GRAND MARQUEE (@GRANDMARQUEE813) February 3, 2026
ROAD TO FUJIROCKがキックオフ!🚩
ゲストは スマッシュ代表の #佐潟俊博 さん!
はたしてヘッドライナー情報を
聞き出すことはできるのか!?
盛りだくさんの #マーキー813 don't miss it!⚡️📻https://t.co/EjVrd2kgvc
去年のブッキングに近い(何が?)
去年の成功を受けて落ち着かず前に向く感じ
デヴィッドバーンフジロックに出したかった
交渉してたけど裏フェス被りで無理だった
今年はサマソニとやり取りなし
ヘッドライナー3組決まってる
ブッキングは今はいい感じ、最初は良くなかった(かなりのスロットが埋まってる、もしくはもう確定?)
声がけしたが断られたアーティストはいる
日本人ヘッドライナーはない
新人で日本初来日はいる
2月に第一弾発表する
今年のヘッドライナーには満足している
早めに決まった
色は雰囲気でいうとブラウン(雰囲気ってなんだよww)
3組ともブラウンではない
ヘッドライナーは激し目ではない
ヘッドライナーは踊れる
50代が喜ぶバンド(これヘッドライナーのことなの?)もいるし、20,30,40代も喜ぶ人もいると思う
ヘッドライナー大抜擢あり
50代が喜ぶバンド
50代が喜ぶバンド
50代が喜ぶバンド
ここすごい気になるので、予想します。
ブラウンは、名前?(笑)カバーアート?
雰囲気のみなの?
SADE
シャーデー(Sade、英語発音: [ʃɑːˈdeɪ] シャーデイ)は、イギリスのソウル、ジャズ系統のポップスバンドで、シャーディーの表記も見られる[1]。最少の音で構築された渋いながらも洗練された音楽が特徴的で、1980年代にグラミー賞を受賞し、2010年発売のアルバムがBillboard 200で初登場1位となるなど、時代をこえて世界的に高い評価を得ている。女性ソロ歌手と誤解されることもあるが、女性ボーカルとバック・ミュージシャンから成るバンドの名称である。最高の作品を目指すがゆえに極めて寡作で、新作が発表される度に話題となっている。
一応SADEはバンドなんです。

カバーアートもブラウン(笑)
20代も喜びそう、ヒップホップに与えた影響は甚大である。
Jackson Browne
ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne, 1948年10月9日 - )は、ドイツ出身、アメリカ合衆国ロサンゼルス育ちのミュージシャン、シンガーソングライター。
生まれは西ドイツのハイデルベルクであるが、1951年に家族でロサンゼルスに移住している。父親はピアノ弾きをしていたため、家ではいつも音楽が流れているような環境だった。また、あまり知られていないが弟のセヴェリンも音楽活動をしている。ブラウンにピアノを教えたのはセヴェリンであり、彼は弟を「僕の音楽のヒーロー」と呼んでいる。
1966年、ニッティー・グリッティー・ダート・バンドに加入しゴールデン・ベアで演奏、ダート・バンドは後に彼の曲をカバーしている[1]。
1967年10月、ニコのデビュー・ソロ・アルバム『Chelsea Girl』に「青春の日々(These Days)」が収録される。以来、イーグルスやニッティー・グリッティー・ダート・バンド、トム・ラッシュなどが作品を取り上げ、デビュー前からその名は広く知られていた。
1972年、アサイラム・レコードからアルバム『ジャクソン・ブラウン・ファースト』でメジャー・デビューを果たす。同アルバムに収録されている「ドクター・マイ・アイズ」は、全米シングル・チャート第8位のヒットとなった。
以後、1974年『レイト・フォー・ザ・スカイ』が14位、1976年『プリテンダー』が5位、1978年『孤独なランナー』が3位と着実にチャート成績を伸ばし、1980年にリリースしたアルバム『ホールド・アウト』で初の全米チャート1位を獲得する。1970年代のブラウンの作品は、日々の生活の中で感じる苦悩や葛藤、心の痛みなどを歌っており、同世代の人々から高い支持を得た。作詞家としての評価も高く、ローリングストーン誌から「1970年代で最も完成された作詞家」と評された。
1982年、映画『初体験/リッジモント・ハイ』のサウンドトラックに提供された「誰かが彼女を見つめてる(en:Somebody's Baby)」が全米7位となるヒットを記録(ブラウンのオリジナル・アルバムには未収録)。
1983年にはアルバム『愛の使者』をリリース。アルバム・タイトル曲でもある「愛の使者」は、当時のレーガン政権下で右傾化するアメリカを皮肉った内容であった。ブラウンは非常にリベラルな政治思想の持ち主で、民主党の熱心な支持者としても有名である。それ以降、1986年『ライヴズ・イン・ザ・バランス』、1989年『ワールド・イン・モーション』と徐々に政治的な内容を多く含む曲を発表するようになる。音楽的な評価は高かったが、セールスには結びつかなかった。
また、1979年にスリーマイル島原子力発電所で起きた放射能漏れ事故に抗議するイベント「ノー・ニュークス」を企画したり、1985年には当時ブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンドに在籍したスティーヴ・ヴァン・ザントが、南アフリカ共和国の人種隔離政策が続くことに抗議するために企画したチャリティ・シングル「サン・シティ」およびアルバム『サン・シティ』に参加している。日本では、1986年に行われたチャリティ・コンサート「ジャパン・エイド」に参加した。レコード制作を通して社会的な発言を行うだけではなく、実際に様々な行動を起こして積極的に活動している[2]。
1990年代に入ってからは1993年『アイム・アライブ』、1996年『ルッキング・イースト』で内省的な曲作りに回帰している。また、80年代半ば頃からアルバム制作のインターバルが長くなっており、あまり多くの作品を発表していない。90年代以降はスタジオワークよりもコンサート・ツアーに比重が置かれている。曲作りのスタイルも、バンド・メンバーと共にセッションをしながら練り上げていくような形へと変化していく。また、チャリティー・イベントへの参加や、様々なアーティストとのジョイント・コンサートなども積極的に行っている。
1997年には初のベスト・アルバム『ベスト・オブ・ジャクソン・ブラウン』を発表、新曲も収録されている。1999年、自主レーベル「Inside Recordings」を設立した。
実は2020年にフジロックに来る予定だったのですが、コロナ陽性になってしまいキャンセルになってました。
ブラウンというのは名前なのか、ただのイメージなのか不明ですが、名前なら一番可能性高そう。あとバンドで50代が喜ぶ、がジャクソンブラウンはバンドという感じがしない。
推理ものみたいな言い方になりますが、ジャクソンブラウン呼ぶのにバンドって言うかな?っていう。
その場合、ジャクソンブラウン以外にそういうバンドが出ることになり、かなり渋めのラインナップかな?と。
グリーンステージでみたい...
Neil Young
ニール・パーシヴァル・ヤング(英語: Neil Percival Young、1945年11月12日 - )は、カナダ・トロント出身のフォーク、フォーク・ロックのシンガーソングライターである。クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングやバッファロー・スプリングフィールドのメンバーとしても活躍し[3]、1969年にソロデビューした。代表曲には「孤独の旅路」、代表アルバムには『ハーヴェスト』などがある。1995年にはロックの殿堂入りを果たしている。
1972年、80年、96年、2018年にサウンドトラック・アルバムを発表している。バンクーバーオリンピックの閉会式では、カナダ代表のミュージシャンとしてライブ・パフォーマンスをした。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第83位、2011年の改訂版では第17位。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第37位[4]。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第34位。
「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第65位[5]。
20代でも50代でも、うーむ
50代なのか?もっと上では?という感じがするが、ブラウンなイメージではあるか?
ブラウンカラーのイメージってそもそもなんなのか(笑)
あとニールヤングのほうが、バンドと言っても違和感ないイメージが個人的にある。
Clairo
クレイロ(英語: Clairo、1998年8月18日 - )は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター。
Lo-Fi でプロデュースされた「Pretty Girl」(2017年)を YouTube に投稿したところ、3500万再生を突破。これを機に、彼女の知名度は急上昇した。
クレイロ曰く、「Pretty Girl」は1980年代のポップスに影響を受けて制作した。ベッドルーム・ポップと呼ばれる彼女のスタイルだが、意図的にこのスタイルになったわけではないという。「Pretty Girl」が注目を浴びた後、フェーダー・レーベル(英語版)と契約した[5]。
やっぱりClairoが来るのかな?と。
ブラウンがカバーアートの色のことであれば
あとこんな情報もあったよ
フジロックのヘッドライナー予想は
— isoken (@kndd8069) February 4, 2026
・Tame Impara
・Clairo
・The xx
ラジオで言ってたブラウンは去年のコーチェラのClairoのステージがブラウンだったから結構いい線ついてると思う!! pic.twitter.com/KLM3GMwiiy
Nick Cave and The Bad Seeds
1957年オーストラリア生まれ。本名ニコラス・エドワード・ケイヴ。
ザ・ボーイズ・ネクスト・ドア、ザ・バースデイ・パーティ等いくつかのバンド活動を経て、84年にニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズを結成。
同年のデビュー・アルバム『フロム・ハー・トゥ・エターニティ』以来、現在までに16枚のオリジナル・アルバムを発表。現役で活動するロックバンドの中で彼らは最も高い評価を受けているバンドの一つであり、ジョニー・キャッシュからメタリカ、アークティック・モンキーズに至るまで、様々なアーティストが彼らの作品をカヴァーするなどカリスマ人気を誇っている。
2013年の『プッシュ・ザ・スカイ・アウェイ』は全英3位/全米29位を獲得、キャリア史上最も成功した作品となった。
ブラウンかは知らん。ただブラウン担当がClairoなら残りの50代が喜ぶバンド担当がNick Cave and The Bad Seedsの可能性は非常に高い。今の稼働状況もあり得ると思わせる。
あとやかましくはないわな(笑)曲にもよるけど。
フジロックの楽屋を破壊して出禁になってるという未確定の情報をどこまで信じるか(笑)
フジロック、Nick Cave and the Bad Seedsとかあるのでは...?
— 前崎りつき (@ritsukimaesaki) February 4, 2026
スケジュールは綺麗にあいている。
そしてなによりこの人は、今年のヨーロッパフェスシーンの顔の内の1組のアーティスト。
(https://t.co/ysCDXie8RR) pic.twitter.com/38ej03YxFH
Depeche Mode
デペッシュ・モード(Depeche Mode)は、イングランド出身のロックバンドである。
欧米ではスタジアム級の実績を誇る世界的グループ。ニュー・ウェイヴの旗手として、なおも第一線で活動し続けている。2020年に『ロックの殿堂』入り。
メンバーの脱退、アルコール中毒、薬物過剰摂取による自殺未遂などの苦境を乗り越えながらも、30年以上に渡るキャリアと、全世界で約一億枚[10]のシングル・アルバムを売り上げた記録を持つ。その功績・業績に比して日本での知名度は低いものの、2006年のMTVヨーロッパ・ミュージック・アワードの最優秀グループ賞を得るなど、ヨーロッパでの評価と人気は健在である。
バンド名の「デペッシュ・モード」は、フランスのファッション雑誌 "Dépêche mode" から引用したものである[11]。メンバーのゴアは「あわただしいファッションとか、急ぎのファッションとかいう意味だ。発音が気に入ったんだ」とインタビューで答えているが[12]、実際には「ファッションニュース」や「ファッションの最新情報」を意味している。[13] 。
来日ってしたことある?
何気に最近動いてる大物ミュージシャンでブラウンは知らんがほかはピッタリ一致してるような。サウンドも今っぽく、とても観てみたい。
The XXと並んでたら見栄えがかっこいい。
チケット売れるのか心配になるけど(笑)
Laurin Hill
ローリン・ヒル(Lauryn Hill、1975年5月26日 - )は、アメリカ合衆国の女性R&B歌手、ラッパー、女優。フージーズのボーカル。ソロ名義でのスタジオ・アルバムは1998年に発表した『ミスエデュケーション』1作のみ[1]。「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第84位[2]。
コンピュータ・アナリストの父と英語教師の母との間にニュージャージー州サウスオレンジで生まれる。幼いころから教会で歌い、俳優としてテレビドラマなどに出演。コロンビア大学に入学したが1年で中退した。
1988年、コロンビア・ハイスクールでワイクリフ・ジョンとジョンの従兄弟であるプラズとともにフージーズを結成。アポロ・シアターアマチュアコンテストのテレビ番組『It's Showtime at the Apollo』に出演。その後フージーズは1992年にRuffhouse Recordsと契約し、1994年にアルバム『ブランテッド・オン・リアリティ』でデビュー。1996年に2作目のアルバム『ザ・スコア』を発売し、全世界で1700万枚を売り上げた。このアルバムによって、ヒルはグラミー賞の最優秀ラップアルバム賞を受賞した最初の女性となった。また同年、Nasのシングル「If I Ruled the World (Imagine That)」にゲスト出演した。
俳優としては1993年に映画『天使にラブ・ソングを2』、『わが街 セントルイス』に出演。また同年12月にはテレビドラマ『アズ・ザ・ワールド・ターンズ』に出演した。
1998年にソロアルバム『ミスエデュケーション』を発売。全世界で累計1,500万枚以上を売り上げ、ビルボード200ではトップとなった初の女性ラッパーアルバムとなった。第41回グラミー賞ではラッパーとして史上初となる最優秀アルバムをはじめ、最優秀新人賞、最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス、最優秀R&Bソング(「ドゥー・ワップ」)、最優秀R&Bアルバムの5部門を受賞した(11部門にノミネート)。これは女性アーティストとして史上最多の受賞であった。
少し若いか?しかし超有名ジャケカバーはブラウンですね。最近動いてるかは不明、ディアンジェロが亡くなった時にコメントしてたけど...。

楽しみだーまったくわからん!どんどんわからなくなるぞ!
