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ミラノ・コルティナという“祭り”のあと

昨夜、また、寝落ちをした。
目覚めたら、真夜中の3時半だった。

半分、眠ったまま、考える。

金曜日に大学時代の研究室の仲間で飲んで、
土曜日、日曜日と、日向坂46のミート&グリートに参加して…、
三連休だったハズだから…、
「あぁ、今日は三連休最終日か!?」
と安堵して、起き出した。

金曜日に飲み会をして、はしゃいだので、三連休終わりの平日かと、一瞬、頭がバグり掛けていたので、理解するまで、少し時間を要した。

リビングへ起きて行き、TVを点けると、ミラノ・コルティナオリンピックの総集編を放送していた。
続いて、閉会式の生中継に。

そのまま、朝まで、生中継を見た。
オリンピックの閉会式を、こんなにマジマジと最初から最後まで見たのは、今回が初めてだった。

ずっと見ていて、“祭り”の最後の輝きを思った。
線香花火がぽとりと落ちる直前に、一瞬、放つ閃光のように感じられた。

こうして、また、一つのオリンピックが終わり、僕も、また、着実に年齢を重ねていくんだな、なんて思った。


オリンピックの総集編、そして、閉会式を見ていて、アスリート達の晴れ晴れした笑顔が、とても、印象に残った。


アスリートの皆さんは、この4年間、さらに、それ以前から、生活の中心に、そして、心の中心に、今日の日を迎えるために“戦って”きた。

そして、オリンピックという輝かしい晴れ舞台に立っても、また、金メダルを手にして笑顔を輝かせる者、実力を発揮できないまま、敗れ去った者、それぞれ、明暗が別れたことだろう。

さらには、それ以前にも、オリンピックに出場するためにしのぎを削り、勝ち残った者、負けて夢叶わなかった者、それぞれ、いる訳だ。


砕け散り、粉々になった敗者の夢が、うず高く積もった頂点に、僅かな、しかし、何よりも眩く輝く夢が、世界を明るく照らす。

その眩い光を求めて、これからも、無数のアスリート達が“戦い”続けることだろう。


話は変わるが、この冬、子どもがインフルエンザに罹患した際、熱せん妄を発症した。

寝床から起き出してきたかと思ったら、目を泳がせ、焦りに焦り、おびえた表情で、ただただ、
「助けて、助けて…。」
と言い続けていた。

僕が、
「何、しんどいの?」
「どうしたらいい?どうして欲しい?」
と声を掛けても、ただただ、助けてと言い続け、要領を得ない。

僕も、どうして良いのかわからず、
「救急車、呼ぼうか?」
と問うと、
「うん。」
との返事。

すぐに119番に電話をし、救急車に来てもらうよう要請したのだが、救急車が来ることに安心したのか、子どもは徐々に落ち着きを取り戻していった。

救急隊員の皆さんが到着する頃には、質問にハキハキと答えられるほどに落ち着き、結局、病院には行かず、自宅で様子を見ることとなった。

その時は、そのまま、何事もなく、済んだ。

しかし、先日、幼馴染と終日、楽しく遊んできた夜、また、子どもが熱せん妄の時と同じような症状に陥った。

「息苦しい。しんどい。」
「脳が乗っ取られる。」
とおびえ、涙を流しながら、必死で助けを求めている。

僕自身、長年、過呼吸や過敏性腸症候群に苦しんできたので、子どもの苦しさは、ある程度、理解できる。

そこで、僕は、僕自身が普段から服用している弱い精神安定剤をのませ、腹式呼吸をさせ、身体の中でも脳が最も守られているのだと諭し、しばらく、向き合い、何とか落ち着かせた。


しかし、一昨日、またまた、寝ていた子どもが泣きながら起き出してきた。

再び、熱せん妄のような症状が出てきたのだという。

今回も、僕は、子どもが何とか落ち着き、眠れるまで、向き合って、すごした。


これも、また、“戦い”だよなって思う。

日々、“戦っている”のは、決して、アスリートの皆さんだけではないんだと。


“生存競争”という言葉が意味するところとは、また、違う意味になるのだろうが、日々、生きていくこと、そのものが、“戦い”であり、大変なことだと。

そんな毎日、一日、一日を頑張って生きている皆さんのことを、素直に、偉いなぁと思う。


もちろん、僕自身、上から目線な訳ではなく、日々、大変な思いをして、過ごしている。

別稿で書いたのだけれど、1月に父が免許を失ってから、両親の日々の買物や通院、その他、日常の諸々を、僕がフォローしなければ、両親の生活が立ち行かなくなるプレッシャーは、思いの外、大きかったりもする。


だから、僕は、毎日、日々の生活に向き合いながら、真面目に、一生懸命、過ごしている皆さんへ、心から、
「ともに、頑張ろう!」
とエールを送っている。

そこには、オリンピックのメダルのような、輝かしい栄光はないかもしれないけれど、
僕の子どものように、その“戦い”は、誰を感動させることもない、地味なものかもしれないけれど、
日々を全うに生きていること自体が称賛されるべき、立派なことなのではないでしょうか?

僕は、実感を持って、そう思っている。


皆さんは、どう思われますか?


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

三連休最終日、どうか、心穏やかに、素敵な一日をお過ごし下さい。



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