【第263話】裏計画
前回の続き。。
バレンタインデー。
ラットと二人きりの食事を終え、そのまま歩いてクラブ不死鳥へ向かった。
乾季とはいえ、スクンビットの夜風は少し蒸し暑い。
けれどワインで軽く酔った身体には、その空気すら心地良かった。
ラットは俺の横を歩きながら「今日いっぱいお客サン来るかなぁ♡」なんて楽しそうに話している。
10分ほど歩いて店前へ到着。
ちょうどママさんと数人の在籍嬢たちが、入口付近で並ぶように立っていた。
イベント前独特の、どこか慌ただしい空気。
俺はそちらに向かいながら上機嫌のまま胸の前で両手を合わせる。
「サワッディーカーップ」
ママさんがすぐ気付き笑顔で返してきた。
「あ、俺サン!」
そしてニヤニヤしながら続ける。
「もうMさん来てますよー♪」
「えっ、もう居るんですか(笑)」
なんだかんだでMさんは早めに駆け付けていたらしい。
するとラットが小さく俺の腕を引っ張った。
「ワタシ、着替えて来るね♡」
ドレスに着替えるためラットは一旦奥へ消えていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺は黒服に案内されVIPルームへ向かった。
扉の向こうからはカラオケの音が漏れており、少し聞き耳を立てるとMさんの十八番ソング「酒よ」だ。
(お、やってるやってる)
しかもタイミング良く、ちょうどサビ終盤だった。
「♪愛ぃしてぇるぅ~ これっかぁらもぉ~♪」
相変わらず妙に感情が入っている(笑)
アイスちゃんが「Mサーーン♡うまーーい♡」なんて盛り上げている声も聞こえてきた。
アウトロが流れる中、俺はVIPルームの扉へ手を掛ける。
ガチャッ……
「お疲れさまでーーす」
ソファにゆったりと座るMさんは、右手にマイク、左手はアイスに肩組をしながら上機嫌だった。
Mさんは俺に気付くと、大きく手を振りマイク越しに言った。
「おう! 来たか! お疲れさーん!」
アイスも笑顔で両手を合わせる。
「俺サン、サワディーカー♪」
俺たちが来る前から、かなり盛り上がっていたようだ。
「いやー、ホンマ今日はゴメン!!」
それを聞いた俺は、わざとらしくため息をつきながらソファへ座る。
「もうっ、ダブルデート(同伴)をドタキャンって、一体どういうことですかーー??」
部屋の空気が一気に和みMさんとアイスが同時に笑い出した。
「(笑)」
「実はな……」
「ん?」
俺が首を傾げると、Mさんは横に座るアイスを指差した。
「ラットちゃんが俺ちゃんと、どーしても二人きりでデートしたい言うてるって、アイスから聞いてな(笑)」
「えっ!?」
思わずアイスを見ると、アイスは悪戯が成功した子供みたいにニヤニヤしている。
Mさんはさらに続けた。
「それで“何とかできない?”って頼まれてな」
「いわゆるドッキリ? サプライズってやつ?」
「ま、ワシの顔を立てると思って、な!(笑)」
その瞬間、今日の違和感が一気に繋がった。
妙に不自然な二人きりは最初から仕組まれていたのだ。
俺は思わず苦笑しながら頭を抱えた。
「マジですかぁ…(笑)」
Mさんは酒で赤くなった顔のまま豪快に笑う。
「それに俺ちゃんはK美ちゃんが居るから多少強引にせんと出てこんやろ?(笑)」
これは図星過ぎる。
横ではアイスが両手で口を覆い足をバタバタさせながら大笑い。これは完全に共犯者の顔だ。
まとめると今日のバレンタイン同伴大作戦は、俺以外の全員で仕組んだ半強制イベントだったのである(笑)
いやしかし普通そこまでやるか?とも思う。
けれどMさんは「大成功やろ?(笑)」と言わんばかりに、終始超ゴキゲン。
その顔を見ていると全く怒る気にもなれない。
これがもし、日本で普通に仕事をして普通に生活していたなら、こんなふうに、ひと回り以上年上の方と友達感覚で夜遊びしたり、会話したりすることは無かったと思う。
ただの会社の上司。
プライベートの付き合いはなく、飲み会だって気を遣うし距離感もある。
けれどタイランドでは、仕事終わりに一緒に酒を飲みながら馬鹿話をし、時には人生相談みたいな話までしている。
でもこういう経験も含めてタイ駐在の面白さなんだろうなと思う。
しかも今回ラットとも初めての同伴を経験した。
電話予約や、ただ店へ行って指名するだけじゃない。
外で待ち合わせして飯を食い一緒に店へ入る。
その流れがあっただけで、ずいぶんと良い経験をさせてもらった感覚。
そのとき──、
ガチャッ。
VIPルームの扉が開き、ドレスに着替えたラットがニコニコしながら部屋へ入って来た。
「えへ♡二人にお願いしちゃった♡」

