プログラミングが嫌いで苦手な人が8年間もがいた勉強の軌跡
私は新卒未経験からIT業界に入りました。プログラミングのプの字も知らない状態からスタートし、8年が経過しました。
自分がどんな勉強をしてきたのか振り返ってみたら、「やってみては秒で挫折」の繰り返しすぎて、なんか面白かったのでまとめてみました。
私はプログラミングには何の興味もないし、才能もありません。嫌いだし苦手です。
プログラミングが嫌いで苦手な人が8年間もがいた勉強の軌跡をご覧ください。
ちなみにプログラミング知らない人にもおすすめです。自分の栄光など何一つない労働人生が哀れで結構面白く、自分的にお気に入りの記事となりました笑
2017年
新卒未経験でIT企業に就職しました。
入社半年前に海外のプログラミング学習サイトudacityをやれと宿題で出されました。
Javaでしたが、プログラミングのプの字もわからないのに、それを英語で説明されるので意味不明で全く分かりませんでした。
意味不明ながらも、先輩の友人にプログラミングをつきっきりで教えても良いという人が現れたので、その人に2日間家庭教師をしてもらい、なんで?なんで?とわからない事を聞いていました。
引数って何…?なんで引数って呼ぶの…?とか言葉の意味から聞いていました。
入社後、半年間のプログラミング研修でアプリを作れというお題が出されましたが、会話禁止、ネット検索禁止という狂った環境でしたので、ここでも全く意味不明状態で、半年間研修所で何もできずほぼ寝てました。
業務後や休みの日はprogateで勉強していましたが、研修所で何も見ずにアプリを作れるような技術は身に付かず…。
あまりに出来が悪いので、出来が悪い人だけ集められた「もう自主退職して下さい部屋」に監禁されました。
そこに、辞めると言わせるまで面談してくる社員が毎日来ました。そいつはみんなから「死神」と呼ばれてました…笑
この時のエピソードはなかなか面白いので、また違うnoteに書こうと思います😂
その後は、SQLの知識をうっすら使うけど、ほぼプログラミングとは無縁の部署に配属されました。
帰宅したら初心者用のSQLのドリルを解いて勉強しましたが、出社すると全部忘れてる毎日でした。
いつも隣の席の同期に「教えて」と聞きまくっており、ある時「お前脳に障害があるんじゃないのか?…」と言われたことがあります。
私が質問し、その同期が文句垂れながらも答える、というのがパターン化してたので気にしてませんでしたが、それを聞いてた前の席の子が「頭おかしいのはあいつの方だ💢」と怒ってくれました。そんな事がありました。
そんな出来の悪い私ですが、やっぱりプログラミングを使う仕事がしたいと思ってたので、3ヶ月間ぐらいDMM WEBCAMPのWebアプリケーションコースに通いました。自分の誕生日の日からプレゼントとしてスタートさせました。
今はどういう制度なのか分からないのですが、当時は渋谷にある校舎に行けば質問し放題だったので、毎日仕事終わりに行くようにしてました。
イケメンの先生とかもいて、通うのが楽しみでした😌
ですがこちら、HTMLとCSSでサイト、Ruby on Railsでアプリを作るコースで、Rubyに対する私の「なんで?」が止まらず、わからないことがあまりに多すぎてもう無理!!!となり、最後まで完成できずに終わってしまいました。
しかし、HTMLとCSSで簡単なウェブサイトは作れたので、これをポートフォリオとして転職しました。
(その当時同じことをしてる人が多かったのか、面接で見せたら「またこれか」と言われた事あります笑)
2018年
どブラック企業に入れば、朝から晩まで未経験でも沢山学ばせてもらえると思ったのと、1社目が予想外にホワイトだったため、ブラック企業にとても興味がありました。
過労死で亡くなった方のニュースもあったし、ITはブラックと聞いていたから心の準備もしていたので、とにかく人生で1度は日本の社畜文化というものを体験してみたかったのです。
また、1社目の人たちがあまりに優しく、新人の言う生意気なことにも耳を傾け挑戦させてくれる環境だったので調子に乗ってました。ブラック企業行っても私の力でホワイトに変えたる🪄と意気込んでました。
だから面接すれば誰でも受かるようなザ・ブラック企業に迷わず飛び込みました。入ってみると、全員が終電後にタクシーで帰る、予想通りのやつでした。
自分が仕事を終えて帰ろうとすると「バン!」と机を叩かれました。終わっても帰ったらダメというルールでした。
次の日「君にピッタリの記事見つけたよ」と上司から「残業は人を成長させる!」と書かれた新聞の切り抜きを渡されました。読まずに捨てました。
その時描いた漫画です。



同僚に「ここの会社ブラックすぎてやばいよね」と話しても「え、そう?前いたとこの方もっと酷かったよー!」とまるでここが天国かのように感じており、ホワイトに変えることは諦めざるを得ませんでした。
2ヶ月そこで働いた結果、私もだいぶ洗脳されてしまい「私なんかここ辞めても…どこも雇ってくれないよね…」と激ヤバ環境にいる自分を正当化するような発言が口から出るようになりました。
しかしある日、それを聞いた知人に本気で怒られ洗脳が解けました。ありがとうございます…。そして試用期間の3ヶ月で無事辞める事ができました。
でも…先輩につきっきりで教えてもらえて、エンジニアとデザイナーのパソコンの使い方を間近で見ることができ、ここでの3ヶ月が人生で最も学びになったなあと思います。
まるでピアノを弾くかのようにmacのキーボードを叩いていたデザイナーさんたちの美しい指遣いが強烈な記憶として残っています。
この3ヶ月で得たスキルだけで今も生きながらえてます笑
この時期、フォトショとイラレのスキルも必須だと感じ、働きながら東京デザインプレックス研究所でグラフィックデザインとクリエイティブデザインを専攻しました。
でも3ヶ月で仕事を辞めたので、辞めた後は日雇いのバイトをしながらこのデザインスクールに通う生活をしました。
金はないけど時間はたっぷりあったので、友達から全額借りてベトナムに行ったりもしました。楽しかったです。
親に仕事してないと言ったらめんどくさい事なりそうなので、年末も帰省しませんでした。
何故か無性にハンターハンター全巻が読みたくなり、渋谷の漫喫で、みんながスクランブル交差点でカウントダウンに大盛り上がりしてる声を聞きながら年越ししました。
2019年
貯金が尽きたので転職活動始めます。
登録した覚えのない怪しい求人サイトからスカウトメールが届きました。
どっかから情報が漏れたのかなと思いますが、お金がなさすぎてムヒすら買えないぐらい困窮してたので、とりあえず面接行きました。意外と良さそうな企業だったので、そのまま入りました。
本社がパリ、アジア支社がシンガポールにある謎の外資系企業で、面接はホテルのカフェで行われました。
面接の場には日本人2人、フランス人、シンガポール人、そしてその幼い息子くんの5人がいました。
この変なメルバーに内心「え」が止まりませんでしたが、グローバルで多様性に飛んだ環境に慣れてますよ感を出して平静を装いました。
面接は英語で行われると聞いていたので、日本企業からよく聞かれるような「志望動機」「自分の長所、短所」などを英訳して毎日公園でぶつぶつ呟いて暗唱してから行きました。
なのに全くそんなこと聞かれず…「変な客がいて、何回も変な要求してきたらどうする?」と質問され大撃沈しました。
めっちゃ辿々しい英語で「ドウデモイイ。キニシナイ。デキナイッテイウダケ。ナニモカンジナイ。タダノシゴトダカラ。」と答えました。
あまりに恥ずかしすぎて、面接終わり「あー死にたい…飛び降りたい…」と本当に呟きながら帰りました。呟かずには正気を保てませんでした。
このまま駅まで行ったら電車の中でも死にたいと呟き続けそうだったので、自分が満足に呟き終わるまで暫く銀座の街を徘徊しました。
しかしこの回答が他の候補者より良かった、という理由で採用されました。謎です。
そこはワードプレスのテーマを作成している会社で、既存サイトの修正が主な仕事でした。
ワードプレスを一切使ったことがありませんでしたが、仕事をしてくうちにワードプレスの使い方、ファイル構成、なんとな〜くのコードの修正方法を覚えました。
1度だけ、上司から勧められてワードプレスを学ための「もくもく会」というものに出席しました。ワードプレスを学びたい人が集まり、無料でみんなで黙々と勉強をする会です。アドバイザーもいるので質問もできます。
通うのがめんどくさくて1回で行かなくなりました。でもこれ、無料だし、色んな人と一緒に学べるし、すごく良い会だなと思います。オススメです。
また、業務で使う「git」の仕組みがわからないと上司に言ったら、以下の本をくれました。めっちゃ初心者用なのに、結局よくわからず序盤で読むのをやめました。
gitに関しては、最後の最後まで覚えることができませんでした😇
また、友人から起業するからワードプレスのサイトを作って欲しいと言われ、仕事でやってるからやれるだろと思い引き受けましたが、力不足で頓挫しました。
同時に会社のロゴ制作も頼まれました。ドローンの会社だったので、てきとうにタケコプターのロゴ作ってデータをあげました。
自分のイラレの技術だとシンプルな形のものしか作れないので、楕円ツールで描いただけのタケコプターです。
そんなんでも、今もそのロゴをずっと使ってくれています。それは嬉しいです。
2020年
ワードプレスの簡単なコード修正だけじゃなく、0からテーマをコーディングで作れるようになりたいと思い色々と勉強し出します。
業務中、暇な時間に自分専用のワードプレスのテーマをコーディングするから、わからないところを教えてもらう時間を毎週取ってくれるように上司にお願いしました。
しかし結局0から制作するのが難しく、1ヶ月ぐらいでやらなくなりました。「業務が忙しくなった」という嘘の理由を上司には伝えました。(情けない)
メンタというサイトでワードプレスのテーマを作成するコースを2個取りましたが、こちらも完成できた記憶がないので、嫌になって途中で投げ出したんだと思います。こちらの2つです。
でもできるようになりたくて、progate、ドットインストール、youtubeでPHPやワードプレスのテーマ作成を学習したりしてましたが、毎日毎日勉強するわけでもなく、暇なときにやる程度だったので毎回忘れてしまい、やっぱ無理だー!となってました。
2021年
私が会社の飲み会に全く行かないのと、自社製品に対する知識のテストが0点だった事がシンガポールのアジア支社の人事の逆鱗に触れ、会社をクビになりました笑
ワードプレスにしか興味がないので、この会社がどんな製品を扱ってるかとか、そういうのは2年いても全く知りませんでした😂
(しかし私は問いたい。営業や人事の人はワードプレスのテストやったら0点じゃないの?😑)
zoomで人事に英語でめっちゃ捲し立てられて何を言われてるか不明でしたが「クビにするか自主退職にするか選べ」と言われたのは辛うじて聞き取れました。
クビになった方が雇用保険とか多くもらえんのかなと思って「fire(クビで)」と言ったら、本当にいいのか?と何回もしつこく聞いて来たので「by myself(じゃあ自主で)」となりました。
また、世はchatgptの時代になりました。ほとんどのコーディングをgptにお願いして、自分のワードプレステーマを制作する事に成功しました。
コードの書き方こそ最後まで習得できませんでしたが、どういう作りなのかは業務で毎日見てるうちになんとなくわかってたので、的確にgptに指示する事ができました。
それをポートフォリオとして、さもワードプレスを自力で0から制作できるかのように履歴書にも書き、フリーランスになり業務委託という形態で働くようになりました。
2022年
chatgptには助けられましたが、これのせいでコーディングの仕事はもう近い将来なくなると恐怖を抱くようになりました。
Xで「TOEIC900点取れば人生が変わる」という投稿を見かけて、そうするしかない‥と思い込み、その通り925取りました。
3ヶ月間TOEICの勉強に集中した結果、終わった後の開放感がやばすぎてこの年はプログラミングの努力を一切しませんでした。
人生変えるための行動もしなかったので、ただTOEIC取っただけの人になってこの年は終わりました。
2023年
飽きてきたので次の仕事がしたくなりますが、できるプログラミング言語を増やさないと給料は上がらないと思ったので「Vue」という新しい言語を学び始めます。
エンジニア交流会という名の飲み会で、Vueは市場価値が高いと聞いたのでそうしました。
友人の友人の友人が開催するエンジニアの学習会に参加して、vueを使用してサイトをみんなで制作するプロジェクトに入りましたが、全然書き方が分からず、結構意味不明なまま終わりました。
でもこういう言語なんだなあぐらいは理解できました。
また違う友人の友人の友人で、vueを教えたいという人が現れたので、その人がお勧めしてきた本を買って家で学習したり、たまにその人に会ったりzoomしたり、わからないところを教えてもらいました。
でもだんだん、個人的な遊びやマルチ的なものに誘ってくるようになったので関係を断ちました。
お勧めされたこちらの本は最初は意味が全くわかりませんでしたが、何周もするうちにうっすら理解が深まりました。
何周もして愛着が湧いたからなのか、今は結構好きな本です。
また、自分でudemyのこのコースでも勉強しました。本でうっすら理解していたおかげで、これは結構理解できました。良い教材でした。
さらに、chatgptに全部教えてもらえないかな?と思い「こういうアプリを作りたいんだけど、何にもわからないから子供にもわかるように0から教えて」と頼みました。
その時は英語の勉強のために、英語の本の読書にハマっていたのですが、英字を何文字読んだのかカウントする可愛いアプリがなくて欲しいと思ってたので、それを作りたかったです。
結構な時間を費やして作っていったのですが、chatGPTは完璧ではないので、前質問したことを忘れてしまったり、何回説明しても理解してくれない事も多く、途中で諦めました。
「だから、さっきからこう言ってんじゃん!!」「申し訳ございません」と何回もchatGPTと喧嘩しました草
でも、また少しだけ、こういう仕組みなのか…と理解は深まりました。
並行して、知り合いの知り合いの方からワードプレスサイトを作る仕事を頼まれたので、作りました。
報酬が思ったより低く、うーん…と思いましたが、相場もよくわからないのでOKしてしまいました。
後でその人のインスタを見たところ、ポルシェを乗り回しており、毎日港区女子らしき人々とパーティーしてる写真が投稿されてました。
なんでこんなにお金持ちなのに…と思ってしまいました。
そして、報酬も催促してもなかなか振り込まれません。そして私も私でもうあんまり関わりたくない気持ちの方が強かったので、回収せずに終わりました。
完全なるフリーランスでやってくって大変なんだなって知ることができました。
最後に…
メンタで月33000円でvueに関してなんでも質問できて、作りたいアプリを作るコースを申し込みました。
https://menta.work/plan/1756?ref=mentor_profile
(Webエンジニア就職プラン)
作りたいものもはっきりしてるし、質問しながら作っていくだけだ!と思ってたのですが、Vueに似てるけどちょっと違う「React」の方が市場価値が高いとお勧めされ、Reactに学習言語を変更する事になったのと、
私が作りたいアプリを作るにはTypescript、Next.jsという他の言語などもやる必要が出てきて、なかなかアプリ制作まで辿り着けず…やる気が消えて…ただただ毎月課金だけする日々が続きます。
2024年
気づけば年が変わってました。
30万ほど無駄にし、もうプログラミングに対する情熱も枯れて潮時だと判断しました。新しい言語を金だしてイヤイヤ我慢して学んでまでキャリアアップしたくないと思いました。
もしかしてやりたいのってプログラミングじゃなくて、デザインなのかなあ‥とか思ってこの本を買いましたが、1度も開いていません。やりたいのはデザインではないことも明白になりました笑
そしてダレカリというサービスを始めるに至ります。
読んでいただきありがとうございます。
プログラミングが嫌いで苦手なのにここまでよく頑張ったと自分を讃えたいです。
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