決定は土曜のゴルフ場で終わっていて、月曜の会議はその追認だった
決まったことは、たいてい会議室の外で決まっている。会議室でやっているのは、外で決まったことに、記録の残る形式を与える作業だ。海外駐在の現場では、その「外」がゴルフ場と会食の席になっている。以下は、意思決定がそこへ寄っていく手順の話で、本社が悪いという話ではない。その手順を毎週回しているのは、私だ。
土曜のラウンドで決まった話を、月曜の1時間の会議で報告した
土曜、朝5時半に集合してゴルフ場へ向かった。片道1時間半、雨季の朝は渋滞で2時間かかる。18ホールで4時間半、昼食を挟んで解散が15時。同じ4人で、移動を含めて合計8時間ほど一緒にいる。そこで来期の人員計画の方向がだいたい決まった。月曜、その内容を会議室で報告した。会議は1時間あった。出席者は9人で、うち3人は土曜にコースにいた。
これは怠慢ではなく、時間の配分としては正しい。会議室で確保できる同席時間は1時間だが、ラウンドでは8時間ある。しかも会議室には議事録と発言者が残り、コースには残らない。反対意見を出すコストが高い場所と、ほとんどかからない場所がある。決定は当然、かからないほうへ寄る。私はその1時間を「報告」と呼んでいた。実際にやっていたのは、記録の残らない場所で決まったことに、記録の残る形式を与える作業だった。
これを止められるのは現地ではない。拠点の人間は、土曜に決まった話を月曜に否定する権限を持っていない。本社が「起案の日付と場所が書かれていない案件は、決定として受け取らない」と一行決めれば、8時間は雑談に戻る。決めるのは稟議の様式を設計している担当者で、動かせるのは様式を更新する年に一度の時期しかない。
議事録は取らないことになっている。そう決めた会議の議事録もない
金曜の会食で決まったことが、月曜には「そんなこと言ったか」になった。19時に日本食の店で始まり、2軒目、3軒目と移って、解散は深夜1時。3軒目では本社の悪口を言い合った。決裁が遅い、去年の方針と違う。全部具体的だった。翌朝、誰も内容を覚えていない。議事録は、取らないことになっている。いつ誰がそう決めたのかは、誰も説明できない。
取らないのは面倒だからではない。書けば残り、残れば稟議に上がり、上がれば本社が読む。読まれれば、その時点の言い方で固定される。書かなければ、合意の温度だけが残って、中身は後から動かせる。3軒目の悪口も同じ構造で、言葉になった不満が記録されずに消えるから、翌週も同じ手順で働ける。記録された瞬間に、それは処理しなければならないものになる。取らないと決めたのは私ではない。ただ、取らなくていい理由を毎回いちばん具体的に説明していたのは私だった。
直せるのは、受け取る側だ。「決定事項は72時間以内に3行で送る」を受理条件にすれば、3行なら書ける。書けない案件は、まだ決まっていない案件として扱われる。あわせて、年に一度でいいので、拠点から上がってこない不満だけを聞く30分を議事録付きで作る。どちらも拠点側からは提案できない。提案した時点で、誰が言い出したかが残ってしまうからだ。
接待ゴルフで役員より1打多く叩くのは、20年続いた現地適応である
組み合わせ表を作った。役員、部長、課長、私の順に並べた。スコアも、だいたいその順に出た。役員より1打多く叩く。これは技術で、上手い人ほど自然に見える。20年前から続いていて、誰も教えないのに全員ができるようになる。着任して3か月の若手が、2回目のラウンドでもう覚えている。
これを現地適応と呼んでいるが、適応先は現地ではない。日本側の序列を、屋外で、数字の出る形でもう一度確認しているだけだ。会議室では席順でしか示せない序列が、スコアカードなら1打差という数字になる。数字になると、確認したことになる。だから毎回やる必要がある。組み合わせ表を作ったのは私だ。私は自分がスコアを調整していると思っていたが、実際に調整していたのは、その日、誰が誰の隣を4時間半歩くかだった。
変えられるのは評価する側だけだ。同席の回数が評価に効くと思っているかぎり、拠点の人間は降りられない。降りた人が一人いれば分かるが、その一人は次の組み合わせ表に載らない。着任時の面談で「同席回数は見ていない」と口頭で言うのでは足りない。評価シートの項目から消して、消えた表を本人に見せる年が一度必要になる。
会食の店はいつもの日本食に戻る。選んでいるのは味ではなく、外さない確率
「たまには現地のものを」と言われて、評判のいい店に連れて行った。辛かった。翌週から、また日本食に戻った。以来2年、来訪者の夜は同じ3軒を回している。屋台の昼飯は1食60バーツで、その3軒の会食は1人2,000バーツを超える。差額の大半は、料理の値段ではない。
接待の席では、失敗のコストが非対称になっている。店がうまくいっても議題は進まないが、外すと、その夜に出すはずだった話まで軽くなる。だから既知の店に戻る。外さない確率に払っているのであって、味に払っているのではない。辛い店に連れて行ったのは私だ。中辛の店を選んでいれば、その提案は次もあった。私は選択肢を1つ増やしたつもりで、結果として、その提案が二度と出てこない状態を作った。
直せるのは日程を組む側だ。2泊3日の出張では夜が2回しかなく、2回とも外せない夜になる。4泊にすれば、そのうち1回は外していい夜になる。外していい夜が1つあるかどうかで、店の選択肢はまるごと変わる。決まるのは出張規程と航空券の手配の段階で、現地に着いてからでは動かせない。
面談を1人30分で42人ぶん組んだ。通訳が入るので、実際に話せるのは15分
本社の役員が来る3日間に、現地スタッフとの面談を入れた。1人30分、42人。単純計算で21時間になる。3日には入りきらないので、昼休みを削り、移動の合間に押し込んだ。逐次通訳が入るから、本人が話せるのは実質15分だ。雨季の午後は渋滞で移動が読めず、祝日をまたいだ週は前倒しになる。30分まるごと座れたのは、42人のうち20人ほどだった。
人数を時間で割ったのではない。時間を人数で割った。3日という枠が先に決まっていて、そこへ42人を入れた。30分という単位も、日本の会議室の単位のまま持ってきている。通訳を挟むなら1人45分、42人で31.5時間、実働5日は要る。この計算は誰でもできるし、私にもできた。私は「全員と面談した」と報告した。全員に会ったのは本当だ。聞いたのは半分の時間で、しかも私が理解できる言語に直された分だけだった。
直せるのは、出張の日数を承認する人だ。現地でどれだけ日程を詰めても、飛行機の便は変えられない。面談を入れるなら、通訳の分を最初から日数に足す。足せないなら、人数を20人に削る。42人に会ったという数字だけが残る形にしないためには、承認の段階で「通訳込みの所要時間」を書かせる欄が1つあればいい。
海外赴任5年目、日本食の店で、日本人と、日本語で、日本の話をした
先週も、日本食レストランで、日本人だけで、日本語で、日本の人事の話をした。赴任して5年目になる。タイ語は挨拶と、屋台で注文する分だけできる。現地スタッフとまとまった話をするときは、必ず通訳が入る。BOIの申請書類も労働許可の更新書類も、原本はタイ語で、私が読んでいるのは日本語の要約のほうだ。
これは怠慢の結果ではなく、時間配分の結果だ。決定が日本語で行われるかぎり、日本語の同席時間を増やすのが合理的になる。タイ語を覚えて現場の話を直接聞く3時間より、本社と話す1時間のほうが、拠点の予算に効く。合理的にやっていくと、5年でこうなる。私は5年かけて、現地のことを本社に説明できる人になった。同じ5年で、現地のことを本社にとって都合のいい長さに切る技術も身についた。要約は、何を落とすかを決める作業だ。
変えられるのは、赴任者の評価軸を書いている人だ。現地語を習得しろという話ではない。「拠点の判断のうち、通訳を介さずに聞いた情報にもとづくものが何割か」を、年に一度でいいので書かせる。書かせれば割合が出る。割合が出れば、その数字は動きはじめる。誰も見ていない項目は、5年経っても動かない。
次に拠点へ出張するとき、日程を1日だけ延ばして、その日は会食もゴルフも入れずに空けておいてください。その1日に何が入ってくるかで、いま何が押し出されているのかが分かります。
