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【通知表】あった方がいい?なくてもいい??なくした方がいい???

昨日のこちらの放送で
つたないコメントを
取り上げていただきました。 ⇓

この放送にさらに
コメントを残したのですが

コメント欄ではとても
書ききれませんでしたので
本日のこの記事を上げさせて
いただくことにしました。


学級担任から通級指導教室担当に
配置換えになった時
通信表をつけなくてよくなったことが
何よりの開放感と安心感でした。

勘違いされないように付け加えると
決して仕事の大変さから
逃れたかったわけではありません。

通級指導の担当の時には
当時約1クラス分の担当児童がおり

ほぼ毎日7時間目まで
時に勤務時間を過ぎても
授業をしていましたし

そのお子さんたちすべてに
個別の指導計画を作成して
学期ごとに評価も作成して
保護者の方にお渡ししていましたので

仕事の負担はそうは変わりません。

では何が辛かったのかというと
お子さんたちを数値で評価することや
〇・△などの記号で行動を評価することが
大きな心の負担になっていたのです。

そう、通信表は
20年以上前から
教師としての自分の
大きな心の負担
そして疑問でした。

実は担任をしていた頃
この時期に必ずと言っていいほど
体調を崩していました。

わたし自身自分の感じていること
特に辛さに対してのセンサーが
かなり鈍いので

たいていストレスは
体に来ることになります。

他にも行事前など
多忙な時期はあるのですが
そうした忙しさでは
あまり体調不良は起きません。

通知表をもらって
自己肯定感が下がる子どもが
一定数いることが目に見えるから
できれば通信表をつけたくない

この心の負担が年々重くなり
教師を辞めてホッとしたというのも
また事実です。

この30年わたしなりに
何度も同僚や上司、管理職に
わたしなりの意見を伝えてきました。

しかし、通信表には制度上または
地域などの様々な事情がからんでいて
そう簡単にはなくせないのです。

学校には学期ごとや年度ごとに評価をして
必ず「公簿」に記録しなければならないという
法律上のきまりがあります。

しかし、ご存じない方も
多いかもしれませんが
通信表は必ずしも出さなくては
ならないものではありません。

本来は学校ごとに
校長が出す出さないを
決めていいのです。

作成しなければならないなら
わたしは子どもにとって
励みになる通知表を渡したい。

そう感じながらも
自分の理想と現実のギャップが大きすぎて

通信表を付けるたび
毎回、毎回、何度となく、心の中で
もがき苦しみ続けてきました。

そう言われてピンと来る方も
いらっしゃるかもしれませんが

集団が変わると、担任が変わると
通信表がけっこう大きく
変わることがあります。

誤解を恐れずに言うと
絶対評価と言いながら
これまで行われてきている評価は
実はあまりにも曖昧過ぎるのです。

評価自体は教育にとって
ある意味とても大事なものです。

そのわけは、指導と評価は表裏一体で
指導計画がしっかりと練られて
評価の観点と目標がきっちり定まれば
教師は自ずと評価目標に照らした
子どもの姿を目指すことになり

その結果指導が効果的に働く上
具体的にどう支援するかも
明確になるからです。

しかし、ほぼ全教科を
一人で指導する小学校ではこれを毎時間
いや、毎時間ではなくたとえ単元ごとに
計画的に評価を行うとしても

現実的にかなり厳しいと
言わざるを得ません。

一方で、中学校では
出口に受験があるために
どうしても受験のための
受験がからんだ評価になってしまう。

つまり、必然的に順位や振り分けを
意識した評価にならざるを得ない。

もちろん、先に述べた通り
評価は教員の大事な仕事の一つで
しなければならない職務なのですが

実際問題、法律的には
出しても出さなくてもいい
通信表の作成は
教員の時間と労力にかかわる
大きな負担になっていると感じます。

そんな負担のかかる作業でありながら
この通信表をもらうことで
多くの子どもたちの自己肯定感を
時に著しく下げている。

これに納得がいかず
わたしは長年
もがき苦しんでいました。

実は通信表を思い切って無くした
学校もあるにはあるようですが

保護者や地域の方々のご要望により
数年で復活しているところが
大半のようです。

保護者や地域の方々の意見を尊重して
このまま通信表を付け続けるなら

ポートフォリオ評価や
さらにルーブリックの作成なども
視野に入れて

的確で子どもの励みになる
評価ができるように
教員を適正な人数に増やす

予算の都合や若者からの職業的不信で
教員が増やせない、また増えないなら
通信表は廃止する。

通信表をなくすことにするとしたら
それは間違いなく教師の働き方改革の
「目玉」と成りうるとわたしは考えます。

しかし、しかし、
それはもちろん、そう簡単ではない‥。

どちらがいいのか‥。
どうしたらいいのか‥。

わたしは現状のいわゆる一般的な
公立学校制度を維持していくのであれば
通信表を廃止し

タブレットを活用した
自由進度型の基礎基本習得に
舵を切ることで

教員の数を増やす必要が
なくなるのでははないかとも考えます。

しかしここ、わたしのnoteの記事で
訴え続けている通り
問題は通信表だけにとどまらず

時代とともに学校制度に
かなりの無理が生じているのも
また事実です。

子どもたちが学校を拒否し
不登校を主体的、能動的に行動に移している
また、それらが確実に増えている

子どもたちが学校に「ノー」を
突きつけてくれているというのが
紛れもない今の日本の教育の現状だと
わたしは捉えています。

学級の人数の是正や
本当のインクルーシブ教育を
どう推進して行くのか

教師以外は押し黙ることが求められる
教授型の指導がほとんどの教室で
本当に主体的対話的で
深い学びができているのか

子どもの意欲ややる気を
どう育てていくのか

待たされてばかり
周囲に合わせてばかりで
むしろ子どもたちのやる気や意欲を
削いではいないか

また、なり手不足により
教員を集めるだけでも大変な中で
その質をどう上げていくのかなど

他にも様々な問題があり
通信表だけでは今の過渡期の
学校教育は語り尽くせません。

通信表にまた話を戻すと
現役のころに

お子さんが分かるまで支援したい。
その思いを教室で行動に移していると

テストで評価するもの以外は
正直ほぼ見取れていませんでした。

保護者会では親御さんに
「一生懸命教えていると
だれがどのぐらいできていたのか
正直ほとんど記録できない
ということもあります。

それなので、通信表に疑問を感じたら
率直に伝えてほしいです。」

正直に伝えていました。

(ありがたいことに、成績にご質問をいただいたことはありませんでした。不満をもたれた方は確実にいらっしゃるとは思いますが‥。)

そんなことですので
当時自分が付けていた評価は
酷くぼんやりしたものに
なっていたと思います。

平川さんの放送にも出てきますが
実は、わたしは
栃木県で教員をしていた当時

総合的な学習の時間では
「ポートフォリオ評価」という
評価を行っていました。

平川さんはポートフォリオ評価の他にも
ルーブリックについてもお話されているので
興味のある方はぜひ
放送をお聴きになってみてください。

ポートフォリオ評価は
子どもの自己肯定感を上げるには
有効ではありましたが、一教員が
一人で行うには手間がかかり過ぎて
現実的ではありませんでした。

だからといって
曖昧な通信表に時間と労力を費やすと
評価に時間を取られて
救える子どもを置き去りにするといった
残念な、残酷な結果になります。

今の時代、正直親は通信表に
それなりに満足していたとしても
子どもの心にはあまり
響いていないのではないかと感じます。

かなり乱暴な言い方かもしれませんが
通信表は学校教育に適応しているお子さんが
褒められて周囲の大人から称賛を得るため
(時には何かを買ってもらえることも‥。)

もしくは自分をよく見せるため
さらに評価してもらうための材料に
なってしまっているように感じるのは
わたしだけでしょうか…。

(もちろん、お子さんが悪いわけではありません。)

置いていかれてしまっているお子さんたち
良い評価を得られないお子さんたちは
通信表にいったい
何を感じているのでしょうか?

もちろん、学校教育に適応して
高い評価を得ることは
大変素晴らしいことであるのも
紛れもない事実で

誰にでもできることでないのは
確かなのですが…。


平川さんがこちらの放送で
オランダのプレゼンによる
自己評価について言及されていました。

たとえ小学校1年生であっても
自分がこの半年間、1年間に
どれだけ成長できたかを
お子さん自身が親や先生に
プレゼンテーションするそうです。

こうした経験は自己肯定感を高め
自己効力感を得る大事な機会となります。

子どもにとっての
良い通信表とはなにか


放送での平川さんの問いに
わたしなりに答えを出してみました。

子どもにとって
良い通知表とは

一人ひとりが
自分の足跡を見て

自ら未来をより良く
変えていく
切り拓いていくための
ビジョンが

どの子にも
自分なりに描ける
羅針盤や発展途中の地図。

未来への切符や
パスポート。

それが真の
教育的評価であると
わたしは感じます。


公平かつそれぞれの子どもに
励みになる評価をするために
今以上に労力を掛けて
真の評価を実現させるのか

それとも思い切って
通信表を廃止するのか

これまでずっと、ずっと
20年以上考えてきました。

通信表がなくなったら
シンプルに
これでいいのではないかという
自分なりの案はあります。

理想の通信表とは
懸け離れますがあえて言うと

それは、通信表の代わりに
小学校では学期ごとに
業者テストの成績結果を
中学校でも定期テストの結果を
単元ごともしくは観点ごとに
視覚化して示しながら

保護者や本人と面談の機会をもち
一緒に振り返るという方法が
良いのではないかというものです。

ちなみに小学校の業者テストは
かなり精巧に作られています。

観点ごとにグラフ化できたり
お子さんの苦手な部分には
AIが強化プリントなども
用意してくれます。

どうでしょうか?
さっぱりし過ぎていると感じますか?

しかしこれならば
先生方の負担はかなり軽減される上

評価としてはこれまでより
かなり客観的で公平公正な評価になるし
本人にも親御さんにも学習の定着状況が
今よりもはるかに
伝わるのではないかとわたしは感じます。

少なくてもどうやって決められたのか
よく分からならない
ABCや○や△、数字よりは
確実に腑に落ちるのではないかと思います。

もちろん、面談では
お子さんたちの成長した部分
努力したところや頑張ったところ
クラスメイトとのかかわりや
勉強意外で力を発揮したところなどを
お伝えすることが求められるとは思います。

思うような評価が得られなかった
お子さんとは長期休みに
何をどのように頑張ったらよいか
先生も保護者もいるところで
一緒に振り返り、自ら方策を考えたら
よいのではないかと。

一人ひとりと面談するための
時間は生み出す必要があるかもしれませんが
これらを長期休みもしくは
面談期間を設けて短縮授業にするなどして

肝心なお子さん自身に自己認知と
自覚を促す機会にすると
良いのではないかと考えます。

いろいろ書きましたが
わたしが何よりこの記事で
みなさまにお伝えしたいこと。

それは…。

曖昧な通信表に一喜一憂するよりも
目の前のお子さんの
その日その日の成長に
ぜひ目を向けてあげてほしい。

通信表をお子さんと
共有するときは何より

「あなたにはこんな
 いいところがあるね」と

良いところや
お子さんの強み
頑張ったことを
確認することに
重きを置き

何よりその子らしさに
目を向けてあげて
ほしいということです。

特に、小学校の通信表は
本当に参考程度に見るので十分です。

現在の学校教育にバッチリ
適応しているようなら大いにほめて

いまひとつ適応していないようなら
ぜひ、良いところだけ見て
声をかけてあげてください。

もちろん、教師時代にはそれなりに
こだわって評価してはいましたが

通信表の結果はお子さん本来の姿のうちの
ほんの、ほんの一部に過ぎません。

長い目でお子さんそれぞれの
その子にしかない良さを
見てあげて、信じてあげてくださいね☺️✨

今回もここまでお読みいただき
本当にありがとうございました✨

個別相談をお受けしています。

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未来を生きる子どもたちの笑顔をパワーに
今後もわたしなりの歩みを進めていきます🍀


ここからは大変恐縮ですが
かなりセンシティブな
内容となりますので

有料記事とさせていただきます。

頃合いを見て有料記事にしますので
今のうちにぜひお読みください。

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