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【命日】#24 志村正彦、何年経っても思い出してしまうな

クリスマスイブが近づくと、とある人物のことを思い出す。
思い出すと言っても、会ったことも、今後会うこともない人物だ。

志村正彦というミュージシャンである。

写真:著書『東京、音楽、ロックンロール 完全版』より(著:志村正彦 ©︎ロッキング・オン/フジファブリック)

僕はフジファブリックというロックバンドが好きだ。

フジファブリックは、2004年4月14日に『桜の季節』でメジャーデビュー。
その後、7月14日に『陽炎』、9月29日に『赤黄色の金木犀』、2005年2月2日に『銀河』をリリース。
実際に1st〜4thシングルはそれぞれ春盤、夏盤、秋盤、冬盤とも呼ばれている。

僕が初めて聴いた曲は4thシングルの『銀河』。
しかし、僕が『銀河』を聴いたのは2010年の夏頃だったと思う。

きっかけは、CDでもライブでもなくゲームセンター。
KONAMIの『jubeat(ユビート)』という音ゲーだ。
当時僕は、このゲームにハマっていた。

引用:コナミアーケードゲームス公式サイト

『jubeat』とは、音楽に合わせて光る4×4のパネルを押してハイスコアを目指すリズムゲーム。
そして2010年に『jubeat knit』という新シリーズがリリースされたタイミングで『銀河』が収録されたのだ。

フジファブリックというバンド名は聞いたことがあったので、何気なくプレイしてみた。

無事に初見クリアできたものの、そんなことより曲がかっこいい。
タム主体の重めのビートと疾走感のある16ビートのメリハリ、カッティングが醸し出すキレのあるサウンド、AメロからBメロで一気に音数が増えるファンキーな変化、すべてが新鮮で衝撃を受けた。
当時の僕はロックばっかり聴いていて友達とバンドを組んでドラムもやっていたけど、全く新しい世界観にすぐ虜になった。

そこからTSUTAYAでCDをレンタルをして他の曲にもどんどん触れるようになるまで、そう時間はかからなかった。
そして、『銀河』を作ったギターボーカルの志村正彦というバンドの中心人物が既にいないという事実を知るまでも。

しかし、脱退や芸能界引退ではない。
志村さんは2009年12月24日に亡くなっているのだ。
享年29。
死因は不明。
あまりにも早すぎる。

つまり、僕はフジファブリックというバンドこそ認知していたものの、僕が『銀河』に触れた時点で既に志村さんはもういなかった。

それでも聴き続けた。
今となっては「それでも」なのか「それだからこそ」なのかはもう分からないけど、とにかく聴き続けた。
普段はCDを借りても結局お気に入りの曲だけ選り好みして聴いてしまう僕だが、フジファブリックに関してはインディーズ時代の音源やカップリング曲はもちろん、通常のアルバムには未収録のレア音源等も聴き込んだ。

そして、気づけば友達と組んでいたバンドで『銀河』をコピーしていた。
他にも5thシングルの『虹』、3rdアルバム『TEENAGER』の収録曲『星降る夜になったら』もコピーした。

『虹』のコピーを録音した音源が残っているから改めて聴いてみると、今となってはとても聴けるようなドラムではないけれど、それでも当時の僕は銀河のように、虹のように、星降る夜のように目を輝かせながらドラムを叩いていたことは間違いない。

それほど僕の人生に多大なる影響を与え、狂わせた人物。
一体何が、僕を惹きつけたのだろう。


フジファブリックと言えば、『若者のすべて』が最も有名だと思う。
数多くのアーティストにもカバーされ、CMにも起用されたりしている。
仮にバンドや曲名を知らない人でも、何かしらの形で耳にしたことはあるかもしれない。

『若者のすべて』が世間に与えたイメージは何があるだろうと想像してみる。

・ロックバンドというよりアコースティック系?
・抑揚の少ないバラード系が多いバンド?
・小説を読んでいるかのような歌詞?
・ボーカルの人、大人しそう?

等があるかもしれない。

個人的には、どれも正解で、どれもその限りではないと思う。


まずは曲調やジャンル、サウンドについて。

「この曲はこうで、あの曲はあぁで」と1つ1つ当てはめていくとキリがないくらい様々な要素を取り入れているから、一概に「こういうバンドです」と表現するのは非常に難しい。

僕がコピーした3曲はいずれもロックテイストだが、他にもエフェクトをゴリゴリにかけてサビは思いっきりシャウトする『All Right』や『Merry-Go-Round』、ちょっぴり和を感じる『桜並木、二つの傘』や『NAGISAにて』、ボーカルとピアノだけのスローテンポな『タイムマシン』、管楽器を取り入れた『Surfer King』、The Beatlesのあの曲やこの曲を彷彿とさせる『TAIFU』や『蒼い鳥』、インディーズ曲だけどジャズやファンクの香りがプンプンする『消えるな太陽』や『線香花火』等々…。
昔はちっちゃな野球少年だった志村さんだからこそ、ストレートな曲も変化球な曲もお構いなしに自分のものにしてしまうんだと思う。

しかし、そうなると一見とっつきにくく一貫性がないように捉えられてしまうかもしれないが、僕はむしろ逆だと思っている。
色んなジャンルを取り入れているからこそハマる曲が見つかるはずだし、何度聴いても飽きない所以だと思う。

また、よく耳を澄ませば奇抜なフレーズをさりげなく入れていたりすることもある。
例えば『モノノケハカランダ』という曲。
正統派なロックサウンドかと思いきや、サビ終わりのキメの部分でリードギターが4拍子、リズムギターが3拍子、ベースが5拍子を同時に鳴らしていたり。

『Sunny Morning』という曲も、ブレイクやシンコペーションを多用した文字どおり爽やかな曲だが、こちらもサビの最後の「はい快晴」という歌詞をお経っぽくゆっくり低音で歌ったり。

このように、何度も聴いているうちに訪れる色々な発見が、飽きが来ない所以に拍車をかける。
そしていつの間にか、それは同じ曲を聴いても「もうすぐあのフレーズが来るぞ」という期待感に変わっていることに気づくだろう。
現に僕も、それこそ『若者のすべて』のCメロとラストサビの間のあの1フレーズも、「何だ今のは!?」となったことがある。
でも、何度も聴いたそのたった1フレーズなのに、そこで泣いたこともある。


次に歌詞。

個人的に、フジファブリックにおいて最大の魅力だと思う。
先ほど「小説を読んでいるかのような歌詞」と書いたが、あれは僕が今でも思っていることだ。
それは、実際に詩集が出版されるほどだ。

歌詞をじっくり読んでみると、自然と情景描写が浮かぶような表現が多い。
しかも、使っている単語や文章は少ないのに、4Kのカラー映像くらい鮮明に浮かぶのだ。

例えば『赤黄色の金木犀』。
こちらは上述したように秋の曲だ。
秋といえば陽が短くなり、気づけば外が一気に暗くなる季節。
志村さんはそれを、“いつの間にか 地面に映った影が伸びて 解らなくなった”と表現した。
陽が沈むほど影は長くなり完全に沈むと影の境目が無くなることを表しているが、僕の頭に浮かんだ景色と、今この歌詞を読んだ人の頭に浮かんだ景色は、きっと遠くはないだろう。

また、志村さんの曲において「つらいことがあるけど頑張って生きていこうぜ」的な直接的にポジティブな表現は極めて少ない。

一方で、人間が本来隠しながら生きている心の内の葛藤、もやもや、後ろめたさ、その他言葉にできないネガティブな感情を、これでもかというくらい的確に突いてくる。
まるですべて見透かされているかのように。

でもそこで「それでも生きていこう」等のポジティブに繋げるのではなく、「そういう日もある」、「この繰り返しだろうけどね」、「どうするのが正解だったんだろうね」、「いつかは上手くできるといいな」くらいに留めておくようなケースが多い。

一見何も解決していないように見えるが、これこそが志村正彦なりの寄り添い方なんだと思う。
「みんなそれぞれ違う人生だけど、案外みんなそんなもんだよ。かつての俺もそうだったし、現に君も俺の曲聴いて頷いてくれてるじゃん」と言ってくれているような感覚。

つまり、「あの時あんなことがあったけど、それ以降もたまに泣いたり転んだりしてるけど、今もこうして生きてるじゃん」みたいな、フジファブリックでしか味わえない“共感”がそこにはあると思っている。

実際に僕も、フジファブリックを知って以降「音楽とは?」と聞かれたら必ず「共感であり、人生のしおりです」と答えるようになったほどだ。
また、そんな歌詞に魅了された僕は、趣味で作詞を始めた。
いや、作曲はほとんどできないから、厳密には作詩っていう書き方かもしれないけど。
それこそ、後悔していることや息苦しくなった時の実体験を、日記を書く感覚で作詩することが多い。
頭の中を整理するためには文字に書き起こすといいと言われているが、本当にそのとおりだと思う。
いつか、うぅーん、早くて来年くらいから、noteでも気まぐれで投稿できたらと思う。


本題に戻る。

あとは、志村正彦の人物像も何だかクセになる。
一見大人しそうでMCやインタビューでも淡々と喋るが生粋のロックンローラーで意外とユーモラスで、舞台に立てば「イェーイ!」と観客を煽ったり、ポーカーフェイスかと思いきや笑顔がとってもチャーミングだったり。
それでいて音楽に対して異常にストイックで、目標にしていたライブの日を迎えた時は歌唱中に感極まって泣く場面もあったり。

でも、これはファンだから言えることかもしれないが、ビブラート等を駆使して歌い込むタイプではなく割とフラットなボーカルだし、ギターも時々ソロを担うが超絶テクニックやメロディアスなフレーズでギラギラと魅せるわけでもない。
また、ライブで映像も観ていても歌詞はまぁまぁ間違えるし、舌が回らず噛んじゃうし。
でも、それが志村正彦なのだ。

2008年頃に喉のポリープが発覚し手術をしているらしいから、その前後で歌声は確かに変わったと思う。
2ndアルバムまでは割と音が後ろにもたれかかるように、でも高音もあんまり裏声は使わずシャウト気味に歌っていた印象だったが、2008年1月23日リリースの3rdアルバムは確かに優しく歌っているような。
かと思いきや、手術を乗り越えた4thアルバムでは上述したシャウト全開の歌
があったり。
でも、「今が良ければいい」という生き方では決してなく、ポリープの手術前は音楽活動への支障を懸念して、自作のデモ音源20曲ほどを仕上げてメンバーに渡していたらしい。
たとえボロボロになっても、音楽への情熱は絶やさないストイックさ。
やっぱり、それが志村正彦なのだ。


ここまで4,000字ほどにわたり志村さんのことを書いた。
少しでも志村さんの、そしてフジファブリックの魅力が伝わっていたら嬉しい。

でも繰り返しにはなるが、僕が今回書いた4,000字は、すべて志村さんが亡くなって以降インプットしたものだ。
そして、今後リアルタイムで増えることは絶対にない。
知らない情報以外、アップデートされることもない。
それだけが悔やまれる。
一度ライブに行ってみたかったな。

もし「今も志村さんが生きていたらどんな人になっていて、どんな曲を作っていただろう」と想像することがある。
『若者のすべて』を筆頭に有名な音楽番組に出演したり、TikTokとかでバズるような曲をリリースしたりしてたのかな。
妄想が更に膨らんで、ソロデビューとか、はたまた結婚とか。
今となってはもう分からないけど。


最後に。
改めて、世間はクリスマスイブ。
でも、フジファブリックファンにとっては、ある意味特別な夜。
志村さんも天国で、素敵な夜を過ごせていたらと思う。
僕も、今日くらいは素敵な夢を見れたらと思う。
夢が覚めたらまた1人ぼっちだけど。

起きたらまた明日が待っている。
僕みたいなちっぽけな人間が代わりになれないことくらい百も承知だけど、志村さんが遺した素晴らしい楽曲と共に、人生のしおりを挟んで行きつつ、ゆっくり生きていこう。

そんなことを思っていたんだ。


以上です。
フジファブリックのことはまた何かしら書く日が来るかもしれませんが、その時はまたよろしくお願いします。

殴り書きのような拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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