デスカフェげん2026年7月〜死について語ろう

 祝日の朝から皆で集まって、死について語りあいました。
 主に死にまつわる苦しみに焦点が当てられました。
 苦しみの種類を
①死ぬ瞬間の痛み ②後悔 ③存在の消滅
と考えて意見を出し合いました。
 哲学的な話からキューブラー・ロスの「死の受容」や体験談まで多岐にわたり、最後の感想では「死について語るのは何でこんなにも盛り上がって楽しいのだろう」「もっと文学作品などの話もしたかった」など聞かれました。
 以下、大まかな内容です。

①死ぬ瞬間の肉体的な痛み
・肉体的な痛みは医療で和らぐ。積極的に使えば良い。安楽死等も否定したくない。
・医療は「痛かったらどうしよう」という仮想の痛みには対処できない。
・肉体的な痛みは生きるために備わっている本能的なもの。痛いときは生きようとしているということ。
・病院は治すためにあるものなので、穏やかな死を迎えるための対応を期待するのは間違っている。緩和ケアの方がいい。理想は行き倒れ。自然体。
・死が近づくにつれて痛みをあまり感じなくなるようだ。老衰での死ぬ瞬間は痛みはなくて穏やかな状態だと思う。
・痛みは良くない、という思い込みがある。

②後悔
・後悔しないように生きるのが一番だけど難しい。死を意識することが後悔しないように生きるために役立つかも。
・亡くなった人に対する「もっとこうすれば良かった」という後悔は、その人が答えてくれない以上、永久に消えることはない。だから供養を続ける。

③存在の消滅に対する精神的な痛み
・宗教は存在の消滅の痛みに対処するために生まれたのかもしれない。死後の世界をどう考えるかで痛みの程度が変わると思う。
・死後の世界で先に逝った家族に会えると思うと楽しみになる。
・精神的な痛みはカウンセリングや宗教で和らいだと感じる。文学や哲学も助けになり得るかも。
・死は寝るようなもの。寝るときは自覚できないから、死も多分本人は自覚できないはず。
・人間は意識はおまけで身体が主かも。植物は個体概念が希薄。動物が死が怖いのはおまけで動物についている意識の仕業かも。
・死を怖がるのは悪いことではない。怖いなら怖いで良いのでは。
・死は未知だから怖いのだろう。本来生と死はセットなのに死だけ遠ざけられている。
・死以外にも未知のことは多い。特に最近は未知が増えている。違いは?

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