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枕話6  文化って何だろう? 「健全なる精神は健全なる身体に宿る」、「働かざるもの食うべからず」そして「你吃飯了吗?」。

 授業の始まりや、SHRでの空き時間にちょっとした小話をします。たいがいは愚にもつかない話で、試験に出るわけでもありませんし、聞いて得になる話でもありません。それでも何となく生徒は聞いてくれますし、ぼくも気負うことなく話します。大学入試などの切羽詰まった、殺伐とした話とは違って何の役にもたたない話ですから、互いにお気楽です。さて、今日は何を話しましょうか?


 みなさんには、好きなことばとか、嫌いなことばとか、ありませんか? 改めてそんなことを聞かれたって困りますよね。なんかある?

 というのもね、昨日、テレビを流していたら聞こえてきたのですよ。

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」

 ってね。いやーな感じがしますよね。調べてみると、本来の文意とは違うようですが、ぼくはマッチョイズムを想像してしまいます。なんか格技場とか、体育館とかにでかでかと書かれていたりするイメージですね。身体が大きくて、力の強い人が正義! みたいな感じです。ぼくは、若い頃からほとんど体型が変わっていません。平べったくてヒョロヒョロです。ですから、暴力的な世界とは極力離れていたかったんですね。ぼくの育った時代は、今よりずっと暴力的な時代でしたから。
 ま、それはさておき。

 このマッチョイズムがね、世界中に蔓延していた時代があったし、今も忘れたころに、いろんなところで顔を出すんですよ。

 大航海時代、帝国主義の時代がそうですよね。「力こそが正義」の時代。もちろん、それ以前にもずーっと暴力主義のような思想はあったんだと思います。でも一方、人々が暮らす共同体では、相互扶助的な制度も発達しています。あんまさんとか、瞽女さんとかは、そういうシステムだと受け取ることもできます。

 残念ながら、この現代にも、その暴力主義的なふるまいは色濃く残っています。戦争という形の暴力はなくなったためしがありませんし、ちょっとした会議などでも、声の大きな人の意見が通ったりしますよね。それもまた、マッチョイズムとそれに関わりたくないと考える人の合議なのではないかと、ぼくは思ったりします。

 でも、それはまだ人のことだからいい。自分のなかに、暴力主義的な気持ちを感じることはありませんか? どうやっても小さな子どもが言うことを聞かない時とか、確実に自分の意見の方が正しいと思った時に大声を出しそうになる、あるいは大声を出してしまった経験はありませんか?

 自分のなかにある感情の一つが、暴力や戦争と繋がっているとしたら、もしかしてその根っこに差別意識があるとしたら、こんなに怖いことはありませんよね。


 そんなことを考えていたら、もう一つイヤなことばを思い出しました。

「働かざるもの食うべからず」

 です。イヤだねー。なんか小さいよねー。どんだけ支配者なんだってね。いいじゃないですか、働かなくたって。働かない人もお腹いっぱい食べていいでしょ。そのくらいの技量はね、大人なら持ってて然るべきでしょ。

 なにより、働くことができない人には、つらいことばですよね。働くことができていることは、それだけで幸運じゃないですか。もちろんつらい仕事もたくさんあるだろうけど。でも、基本的には働くことができるはラッキー。その幸運のお裾分けをね、働かない人にも、働くことができない人にもシェアする、でどうですか。

「働かざるものも食べなきゃダメよ!」

 くらいは言いましょうよ。

 ……中華人民共和国で暮らしている時にね、夕食を食べたあと、子供たちと一緒によく散歩していたんです。みんなよく散歩をしているんで、ぼくらも真似っこでね。

 すると、いろんなところから「你吃飯了吗?」の声がかかるんですね。「ご飯食べた?」って意味だと思うのですが、これがあんまり知らない人からも言われる。単純な挨拶らしいのですが、一度「まだ」って答えたら、「おー、そうか。まだ食べてないのか、じゃあ食っていけ」ということになり、本当に晩ご飯をごちそうになってしまったことがあります。あまり、というか、ほとんど知らない人のお宅です。決して特別な食事ではなく、大皿に菜心のピーナッツ油炒め、豚肉の細切りと野菜の炒め物とスープくらいの家庭料理でした。でも、美味しかった。

 そんなことを思い出すとね、文化とはなんだろう? と考えてしまうわけです。「働くもの食うべからず」と脅すのも文化。「你吃飯了吗?」という挨拶をするのも、また文化ですよね。

 中国残留孤児のみなさんもね、お腹をすかせて泣きながら歩いているところに声をかけられたのかもしれないなぁ、なんて想像までしてしまいます。

 満州や、中国東北部にね、たくさんの日本人の子どもが残されたんです。日本の植民地として中国で好き放題していた日本人の子どもです。それだけではありません。日中戦争では、全土で日本人に何百万人も殺されています。ぼくが会った中国人の学生のなかに「日本人に殺された親戚はいない」という人は、一人もいませんでした。「日本鬼子」と呼ばれるのも当たり前ですよね。

 でも、彼らは多くの日本人の子どもを育ててくれました。「日本鬼子」の残した子どもなのに、ですよ。

 わたしたちが逆の立場だったら、どうしたでしょう? 社会のなかに、敵国の子どもを育てあげるほどの文化を私たちは持っていたでしょうか? 持っているでしょうか? いや、日本の子どもであっても、今、みんなで育て上げることができているでしょうか?

 文化ってね。目に見えるものばかりじゃないと思うんですよ。



 枕話7を書きました。よろしければ、こちらも。









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