・今回のmemo
先日、東京アレクサンダーセンター(TAC)の
稲田祥宏さんが京都に来てくださったので、個人レッスンに行ってきましたー。
わたしは稲田さんのブログを興味をもって読んでいます。
読んでいると、何か今のわたし、アレクサンダーからズレてるかも?という思いになりました。
ただ、言葉だけでは、ズレているかも分からないので、レッスンで体験できました。
わたしはどこかに注意を向けすぎていて(例えば、脚)全体性からズレていたことが、稲田さんとのレッスンで気づきました!
どこかに注意を向けすぎると、全体性を失っていきます。それもわたしの一部ですが、全体ではない。
今回の稲田さんから「余白」という言葉が幾度も耳に入ってきました👂️その心身の「余白」から、わたしには捉えられないもの(未知)までもが行き来しているのだろう。その「余白」があればあるほど、わたしたちの内にある流れやつながりが、活性化していきます。
わたしが感じるのは、粒子が細かくなるような感じ。そのまとまりの中で、移動していく〜
ああ、アレクサンダー氏のいうプライマリー・コントロール(初源的協調作用)って、これだ!って捉えられるものではなくて、まだまだ未知であふれてるなあ!おもしろい。
(*体験しないと分からなものなので、何いってんの?と思われることを承知で綴っています…^^;)
ずっとおいていたギモンも稲田さんに問うてみました。「ナゼ、感情もわたしたちの一部なのにアレクサンダーの領域ではないんだろう?」
お話を聞いたわたしの解釈では、感情も直接体験のあとからついてくる結果であるということ。だから、判断して追いかけなくてもいい。
ああ、そういうことか。思考も感情も体験のあとからついてきて、それをわたしたちは解釈している。おんなし体験をしても、それぞれにあとからついてくる思考や感情、解釈はちがってくる。
たしかにそれを追いかけなくてもいいな。ただ、異なるだけ。それがおもしろい。
稲田さんとのワークは、いつの間にかズレていたものを気づかせてくれます。それもあるし、AT教師同士のエクスチェンジは大切なのだろう。(だって人間だもの)
修正をくり返しながらも、すすんでいこう🌱
アレクサンダー・テクニークを基にした
「からだとこころのレッスン」しませんか🌿
2025/7/2/mayumi@kyoto
