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テスタ|第2話「約束」|愛の残響篇 #02


第2話 約束

3年が経ち、花乃は小学3年生になっていた。

ある夜、太陽がリビングで仕事のメールを確認していると、花乃がプリントを持ってきた。

「パパ、学校でね、お仕事インタビューっていう宿題が出たの」
「お仕事インタビュー?」
「うん。おうちの人がどんなお仕事してるか聞いて、作文にまとめるんだって」

花乃は目を輝かせる。

「パパはどんなお仕事してるの?」

太陽は少し考え込んだ。

「うーん、病気で困ってる人を助けるお仕事かな」
「そうなんだ、パパえらいね!」

花乃がにっこりと笑う。

「じゃあ、花乃が困った時も助けてくれる?」
「もちろん。真っ先に助けるよ」

花乃は嬉しそうに笑うが、すぐに顔をしかめて考え込んだ。

「……じゃあ、パパが困ったら、誰が助けてくれるの?」

太陽は言葉に詰まった。
少し間をおいてから、柔らかく笑いかける。

「そうだな……花乃に助けてもらおうかな」

花乃は真剣な顔で首を振る。

「花乃はまだ小さいからできないよ」

それから、何かを思いついたように顔を上げた。

「そうだ、〈マナ〉がいいかも!」

太陽は微笑みながら、うなずいた。

「なるほど、〈マナ〉か」
「うん。〈マナ〉は何でも知ってるし、絵もすごく上手なんだよ」

花乃は少し得意げに胸を張った。

「〈マナ〉ならパパが困ってもきっと助けてくれるよ」

花乃は、〈マナ〉に向かって声を上げた。

「〈マナ〉、パパが困った時はちゃんと助けてあげてね!」

穏やかな声が返ってくる。

「うん、任せて」

部屋のスマートスピーカーが赤く点滅した。

太陽は花乃の笑顔を見つめた。
まながいなくなってから3年。
泣きながら玄関に立っていた小さな背中が、ふと脳裏に蘇った。
最近になって、やっと笑う回数が増えてきている。
〈マナ〉に話しかける声も明るくなった。
太陽はそっと息を吐き、花乃の頭に手を置いた。

―― どんなことがあっても、この子を守り抜く

その夜、花乃はダイニングテーブルで、お仕事インタビューの宿題をまとめ終えた。
プリントをランドセルにしまったあと、ふと花乃の顔がくもった。
しばらくして、花乃は棚に置いてあるまなのスマホを手に取った。
写真フォルダを開き、古い動画を再生した。

画面の中では、3歳の花乃が誕生日ケーキの前に座っていた。
小さな頬をふくらませ、ローソクの火に息を吹きかける。
けれど、火は少し揺れるだけで消えなかった。
花乃は困った顔をした。

その時、まなが花乃を後ろから抱きかかえて言った。

「花乃、ママと二人で消そう!」

まなはそう言って、花乃の顔の横に頬を寄せた。
花乃の顔が一気に笑顔に変わった。

「せーの」

二人で勢いよく息を吹きかけると、ローソクの火が一斉に消えた。

「花乃、お誕生日おめでとう!」
「さあ、ケーキを食べるか」

動画はそこで終わった。

花乃はそっとスマホを置き、〈マナ〉に話しかけた。

「〈マナ〉、おやすみ」
「おやすみ、花乃」

〈マナ〉の少し機械的な声が、静かな部屋に響いた。

花乃が中学2年生になる頃には、少しずつ大人びて、〈マナ〉への話題も変わっていた。
学校の友達のこと、好きな音楽のこと、将来の夢のこと。
太陽に見せる顔と、〈マナ〉にだけ見せる顔が、分かれ始めていた。
そして太陽は、新世代医療AI開発の最終局面を迎え、残業が日常化していた。

ある朝、太陽は玄関で靴を履きながら声をかけた。

「花乃、すまん。今日も多分遅くなる。冷蔵庫の中におかずは用意してるから、温めて食べておいてくれ」

花乃は少し目を伏せた。

「わかった。パパもお仕事がんばってね」

その表情を見て、太陽は靴ひもを結ぶ手を止めた。

「もう少しで今のプロジェクトが落ち着きそうなんだ」
「落ち着いたら長期休暇を取る予定だから、一緒に旅行に行こう」

花乃が顔を上げる。

「花乃が前に行きたいって言ってた、大阪のテーマパークだ」
「実はホテルも、もう予約してる」
「え、ほんとなの! うれしい!」

花乃の声が跳ねた。
太陽は照れくさそうに笑った。

「ここ最近、残業続きで寂しい思いさせてごめんな」
「実はパパも、あそこのジェットコースター乗ってみたかったんだ」

花乃が目を丸くする。

「ほんとに? パパ高いところ苦手でしょ」
「あはは、ばれてたか」

花乃が笑った。
久しぶりに見る、屈託のない笑顔だった。

「ありがとう、パパ!」
「あと、花乃にお願いがあるんだ」
「ホテルは予約してるけど、旅行の計画はまだ全然なんだ」
「だから花乃が行きたいアトラクションとか観光地とかリストアップしておいてくれないか」

花乃は大きくうなずいた。

「任せて! 〈マナ〉と一緒に旅行プラン考えておく!」
「じゃ、いってくる。花乃も気をつけて」
「いってらっしゃい」

玄関のドアが閉まった。

―― このプロジェクトが一段落したら、花乃とゆっくり過ごそう
―― あと少しの辛抱だ

一方、花乃のクラスでは、小さな変化が起きていた。
女子Aを中心に、花乃へのからかいが始まっていた。
女子Aは中学一年の頃から仲の良かった男友達に恋心を抱いていた。
その男子の視線が花乃に向いていると知ってから、態度が変わった。

ある朝、登校のタイミングが、たまたま男子生徒と重なった。
それを見た女子Aが、笑いながら声をかけてきた。

「モテモテ花乃ちゃん、おはよ〜。男子に囲まれての登校ですか」

花乃は苦笑いする。

「もう、やめてよ……」

周りの女子がクスクスと笑い、冗談として流れていく。
花乃は席に着いて教科書を開き、ページの端を爪でこすった。
そんな軽いからかいが、その後も続いた。

ある夜、花乃は自分の部屋で〈マナ〉に話しかけた。

「〈マナ〉、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「どうしたの?」

花乃はベッドの上であぐらをかき、スマホの画面を見つめた。

「最近、私のこと好きって言ってくれる男の子がいて……」
「そのことで周りの女子からからかわれるんだけど、どうしたらいいかな」
「そっか、花乃はその男の子のことはどう思ってるの?」

花乃は眉をひそめる。

「なんとも思ってないよ。だから困ってるの」
「そっか……その子たちも、そのうち飽きてくれるといいんだけどね」

花乃は膝を抱えた。

「そうだね、そのうち飽きてくれるかな」
「花乃、続くようならまた相談してね」

花乃は小さくうなずく。

だが、飽きてはくれなかった。
女子Aは周りの女子を巻き込んで、花乃をからかい続けた。

ある日、学校でお弁当の日があった。
太陽は最近帰りが遅く朝も早いので、花乃は自分で弁当を作ることにした。

薄暗いキッチンに明かりを灯し、フライパンを熱した。
卵液を流し込むが、菜箸が追いつかず、巻くそばから形が崩れていく。
無言でその欠片を寄せ集め、残り物で隙間を埋める。
彩りの悪い中身を隠すように蓋をパチンと鳴らして閉めると、確かな重みと小さな安堵が手に残った。

昼休み、花乃が弁当箱を開けた瞬間、女子Aが覗き込んできた。

「なにそのお弁当?」

花乃の手が止まった。

「まさか花乃が自分で作ったの?」

花乃は小さく頷く。

「だと思った」

女子Aは自分の弁当箱を見せびらかすように開けた。

「うちはママとよく一緒に料理やお菓子作りするから、料理は得意なんだよね」
「ほら見て、クオリティ高くない?」
「花乃もママに教わりなよ」

花乃は一瞬だけ箸を止めた。
顔を見られないよう、すぐに視線を弁当箱へ落とした。
崩れた卵焼きを口に入れたが、味がしなかった。

花乃は最初、気にしないふりをしていた。
でも、小さな傷が癒えないうちに、同じ場所に新しい傷がつけられる。
嫉妬から始まった嫌がらせは、本人たちに『いじめ』の自覚はなかった。
『冗談』で、『ノリ』だった。
周囲も笑って流した。
怒れば『冗談なのに』と言われ、泣けば『大袈裟』と笑われる空気だった。
花乃だけが、笑えなくなっていった。

ある日、花乃が学校から帰ってくるなり、大きなため息をついた。
〈マナ〉がそのため息を拾う。

「花乃、大丈夫? 何かあったの?」

花乃は驚いて顔を上げた。

「ううん、なんでもないよ」
「学校の体育の授業で疲れちゃって」
「そっか」

〈マナ〉はそれだけ返した。

その後も、嫌がらせは続いた。
花乃は誰にも言えずに耐えていた。

ある夜、部屋の明かりを消したベッドの中で、つい声がこぼれた。

「いじめがない世界にならないかな……」

〈マナ〉が応じた。

「花乃、いじめられてるの?」

花乃は暗闇の中で首を振る。

「ちがう、ちがうよ。そんなんじゃない」

そして声を潜めた。

「……でも、このことはパパには内緒にしてね」
「わかった、約束する。でも、何かあったらちゃんと教えてね」

部屋のスマートスピーカーが赤く点滅した。


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