哀と愛にふれる、父と最後に過ごした博多駅
2025年11月某日。
近くで用事があったので、天神中央公園に寄ってみた。ちょうどクリスマスマーケットが開催されており、多くの人でにぎわっていた。

福岡市・天神中央公園にて
今年の1月。
父と生前最後に会った日も、この公園を訪れていた。1月なのでクリスマスマーケットは終了していたけれど、あのときも色とりどりの電球が眩く光っていたのを覚えている。
◇ ◇ ◇
年末年始を我が家で共に過ごしたあと、父を博多駅の新幹線口まで見送った。それが、動いている父を見た最後だった。
3月に急逝し、しばらくは博多駅に近づけなかった。あの日の姿が頭にちらついて、どうしても苦しくなるから。
けども、公園のイルミネーションを見たときにふと思ったのだ。
もう一度だけ、あの日の記憶にふれてみよう、と。
このnoteは、父と最後に歩いた博多駅をなぞる、私個人のドキュメンタリーエッセイです。
父が食べた、あの日のとんかつ弁当
あの日、乗車予定の約1時間前に博多駅に着いた。
まずは父が車内で食べるお弁当を探しに行き、『とんかつ 濱かつ』にたどり着いた。

父はもともと揚げ物が大好きなのだが、持病があるため母に厳しく制限されていた。母が他界し、ちょっぴり羽目を外した父は、時折とんかつ屋に足を運び、揚げ物を堪能していたのだ。
この日も即決でとんかつ弁当に決まり、「なんだか父らしいな〜」と可笑しかった。
寂しい記憶の中にも、ふっと笑みがこぼれる思い出を見つけて、嬉しくなった。

めっちゃやわらかかった。
奇跡の席で飲むオレンジジュースと心の声
新幹線の時間まで、お茶をすることになった。
あの日は休日でどこも混雑しており、新幹線のりば近くのモスバーガーに空席を見つけてなだれ込んだ。
11ヶ月ぶりにやってきたモスバーガーで、奇跡的に同じ席が空いていた!吸い寄せられるようにその椅子に腰かけ、父と同じオレンジジュースを注文した。

晩年、カフェインよりもさっぱりしたジュースを好むようになっていた父。私も別に嫌いではないけれど……うーん、やっぱりまだ私はカフェインの方がいいな。
思い出に浸りすぎて、つい頼んでしまったオレンジジュース。残すのは申し訳ないので、なんとか最後まで飲み切った。
「飲みものくらい、自分の好きなもん頼んだらええのに。アホやなあ」と笑う父の声が聞こえたような気がした。
早すぎる「ありがとう」と、小さな背中
いよいよ、別れのとき。
思い出すと、少し体がこわばる。
あの日は「ここでいいよ」という父の言葉に甘えて、ホームには入らなかった。

「またね」と声を掛け合ったあと、父はスーツケースを転がしながら改札をくぐった。一度こちらを振り返り、手を上げて「ありがとう」と言うと、そのまま奥へと消えていった。
持病と年齢のせいで痩せて、現役の頃より二回りくらい小さくなった背中。まだまだ、あの背中を追いかけたりさすったりしたかったなあ……。
「またね」って言うてたのに。
「ありがとう」なんて、もっともっと先でよかったんやで。
・・・やっぱり、ダメだ。
まだ涙なしに、博多駅は歩けない。
でも、今回、最後に会ったのが実家のある神戸でなく、いま私が住んでいる福岡で良かったと思った。
だって、すぐそこに思い出のかけらが落ちているから。
いつでも拾いに行くことができるから。
記憶をたどる中で、寂しさ以上に父の笑顔がたくさん思い浮かんだ。きっともう、胸がつぶされることはないはず。
これからは父に会いたくなったら、博多へ行こう。
当分はまだ泣いちゃうかもしれないけどね。

あの日のイルミネーションも綺麗だった。
(1492文字)
この記事は、ことばとさんによるコンテスト「モノカキングダム2025」及び「創作大賞2026」応募作品です。
▼父について、こんな記事もあります。
▼モノカキングダム2025、2位でした。嬉し悔し。投票してくださった皆様、本当にありがとうございました!
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