母のまなざしに見えたものは、やさしさと恐れと愛
母は元来、家族思いの人である。
父には心臓の持病があり、母はいつも本人以上に心配をしていた。料理は徹底的に減塩を貫き、薬の飲み忘れや体調の変化にもすごく気を配っていた。あまりに心配しすぎて、常にガミガミ言っていたように思う。
体のこと以外にも、母の気配りは徹底していた。
例えば、毎日の夕食。父が帰ってきたときに温かいごはんを出せるように、電車の時間から帰宅時刻を計算し、そこから逆算して、一つ一つおかずを準備していく。
だから、電車が遅れたり、乗り換えに間に合わなかったりで、父が思っていた時間に帰宅しないと、途端に機嫌が悪くなった。
時計の針をチラチラ見ながら味噌汁をかき混ぜ、火を止めたり消したりを繰り返した。「9時10分には駅に着いてるはずやのに、遅いなあ」ブツブツつぶやく独り言に、だんだん棘が混じっていく。
それはもう、気配りではなくて支配やろ・・・と子ども心に私はずっと感じていた。
こんなだから、母から向けられるまなざしは、やさしさでもあり恐怖でもあった。
あたたかな笑顔の日もあれば、思い通りにならないと許さない!という強い意志を感じることも少なくなかった。
ここでは詳しく書かないけれど、過去には思い出すだけで胸がざわざわするできごとがいくつもあった。
さまざまな言動を踏まえた結果、「もしかして、母は毒親なのでは?」という考えにたどり着いた。
コロナ禍でいろんな動画を観ているうち、肉体的・性的に傷つける人だけでなく、精神的に支配する人も毒親のカテゴリーに入るらしいと知ったのだ。
それまでは、まさか自分の母が毒親だなんて思ったこともなかったので、めちゃくちゃショックだった。反面、嬉しさもあった。私が長年抱えてきたモヤモヤの正体がわかった気がしたからだ。
だから、その後、母が亡くなったときに全く泣けなかった自分のことも、許せるように思えた。
さらに時が経って、母の幼い頃の家庭環境などを掘り下げてみると、母自身も親からの愛情に飢えていたのだと気づいた。自分も傷を負いながら、私を育ててくれたんだなと思うと感謝の念すら湧いてくる。
母はもうこの世にいない。だから、二度と理解し合うことはできない。
けども、最近は母のあたたかいまなざしを思い出すことのほうが多くなった。
母の好きだったお菓子を見つけたとき、共に出かけたお店を訪れたとき、お位牌に向かって手を合わせるとき……、私の頭に浮かぶのはいつも、笑顔の母だ。
もう亡くなってしまったから、私が都合よく母のことを美化しているだけなのかもしれない。
それでも、ようやく雪解けができたような気がして、なんだかとてもくすぐったい。
#noteDeNoel便り
▼喜木凛さんのnote de Noël(ノート・ド・ノエル)に参加しています。Day6テーマ:まなざし
【あとがき】
喜木凛さんの「ことばのアドベントカレンダー」企画に参加しています。
本当は、心をやさしく照らす灯りとなるような言葉=もっと読者さんにほっこりしていただけような言葉をお届けしたいのですが、なぜか私がテーマから連想するのはやや重めの内容ばかりで。
ちょっと趣旨とは違うのかなぁと思いつつ、今の私から出てくる正直な気持ちなので、今日もそのまま書き綴っています。
今後、どういう方向に転がるかわかりませんが、あたたかい目で見守っていただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
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