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ハイボールとサクちゃんの決意【ショートストーリー】

私の名前は高遠詩織たかとうしおりこちらの記事で、好きな男に4股されていたことが発覚した可哀相な女性が私である。

あぁ、ご心配なく。もう立ち直ったので、全然大丈夫。私の現在の夢は、いつか六本木のタワマンに住んで、4股男を見返してやること。アイツの女より一つでも上階に住めば、私の勝ちだわ。フンッ。

「何、そのくだらない勝負。しょうもないこと言ってないで、さっさと忘れなさいよ」
呆れた顔で私に話しかけてきたのが、中学の同級生・サクちゃん。今日も今日とて、私はサクちゃんがオーナーを務めるカフェバー『夜月よづき』に来ているのだった。

「忘れられないんじゃないの。ただ悔しいだけ。ギャフンと言わせたいのよ!」
「はいはい。とりあえず、これでも飲んで。おつまみも置いとくわよ」
目の前に、ハイボールと柿ピーの入った小皿が置かれた。今日のハイボールは、やや濃い目に作られていた。

「あれ、ちょっと待って。なんで柿ピー?こないだまでミックスナッツだったよね?」
「いつもサービスでおつまみを出してあげてるのに、図々しいわねぇ。物価上昇の波に、うちの店も襲われてんのよ。柿ピーもらえるだけ、ありがたいと思いなさい」

サクちゃんの目が、ほんの少し吊り上がった。これ以上、この話題は危険だと判断した私は、特に返事をすることなく、柿の種に埋もれた数少ないピーナッツを口の中に放り込んだ。


◇  ◇  ◇


「そういえば、昨日、親から電話があったのよ。たまには実家に顔を出せって言われちゃった」
先ほどの目つきとは打って変わって、ちょっぴり寂しそうな表情でサクちゃんは話し始めた。

「……まだ言えてないの?」
私が声を潜めて聞くと、サクちゃんはわずかに苦笑いして、グラスの氷をカランと鳴らした。お店の営業中は決してお酒を飲まないサクちゃんが、今日はめずらしくハイボールを飲んでいる。

「うん。まぁ、言えないっていうか……言っても理解されない気がするし……やっぱ怖いのよね。拒否られるのが」
「10年前、私には言ってくれたのに?」

サクちゃんの表情がふっと和らいだ。
「ホントよねー。なんであのとき、詩織に話そうと思ったんだろ。バカそうだから、何を言っても大丈夫そうに見えたのかしらね」
「ちょっとー!それ、ひどくない?」
「あら、これでも褒めてるのよ。アンタは何を言っても受け入れてくれそうな気がしたのよ」

本当に褒められているのかどうかは疑問だけれど。当時、サクちゃんが私に打ち明けてくれたことは素直に嬉しかった。サクちゃんは生物学的には男性であるけども、女性として生きたいという願いが言動からあふれていた。それを隠そうとしていることも伝わってきた。

「アイツ、きもいよな」と平気で言うクラスメイトもいたが、私はそうは思わなかった。というより、サクちゃんが男とか女とかどうでもよかった。ただ、一緒にいるのが楽しかったから。

私に“カミングアウト”してくれて、変わったことといえば呼び方だけ。名前が朔矢さくやなので、サクちゃん。サクちゃんは毒舌系女子なので、正直、ちゃん呼びのイメージではないのだけど、そこはまぁ、目をつぶっておく。

サクちゃんがご両親に打ち明けられずにいることは知っていた。そのせいで、なかなか実家に寄りつけずにいることも。近しい関係だからこそ、大切な存在だからこそ、言えないこともある。それは一種の“心の成長”なのだと、私は思う。

「でもさぁ、サクちゃんのご両親は、サクちゃんが話してくれるのを待ってるような気がするんだよね」
「……どうかしら。薄々……いや、もうとっくに気づいてるとは思うけど」
「だったら、なおさらじゃん。拒否るつもりなら、我が子を実家に呼んだりしないでしょ」
「……そういうもんかしら?」
「そういうもんでしょ」
私たちはほぼ同じタイミングでグラスを手に取り、ハイボールを口に含んだ。アルコールが気持ちよく、体に吸収されていく。

何か言いたげで、でもうまく言葉にできなさそうにしているサクちゃんの代わりに、話を切り出した。

「サクちゃんさぁ、10年前のあの日、私に話したこと、後悔してる?」
「してない」
1秒の間もない即答だった。
「きっと同じだよ」
「そっか」
「話してみなよ。正解は、また10年後にわかるよ」
「10年も待てないわよ。アタシ、こう見えて気が短いのよ」
「こう見えて、じゃないでしょ。どっからどう見ても短気でしょ」
「失礼ね!アタシのどこが短気なのよ!」
「ほらー、今もキレてんじゃん」
「もう、いいわ。特別にミックスナッツ出してあげようと思ったけど、やーめた。アンタは一生柿ピー食べときなさい」
空っぽの小皿に、柿ピーのおかわりが盛られた。さっきよりもピーナッツが少なかった。

「そうそう、来週は臨時休業だから。間違って来ないでよ」
「え、なんで?」
「行ってくるわ、実家に」
「そっか。なら、許す」
「てゆーか、男にフラれてから、毎週うちに入り浸るの、やめてよね」
「なんで?いいじゃん。ミックスナッツから柿ピーに成り下がった『夜月』のために、売り上げに貢献してあげようってんだから、感謝してほしいわね」
サクちゃんが、フンっと鼻を鳴らした。なんだかんだ言って、サクちゃんも私に会いたいくせに。素直じゃないんだなー。



そろそろお暇しようと帰り支度を始めたとき、大事なことに気がついた。
「あ!これを渡すの忘れてた!」
私はかばんの中から『やすまるだし』を取り出して、サクちゃんに渡した。
「なにこれ?やすまるだし??」
「これね、会社の人にもらったの。Mr.都市伝説の関暁夫がYouTubeで激推ししてたんだって。サクちゃんにこれでなんか美味しいもの作ってもらおうと思って持ってきたのに、すっかり忘れてたー」
「………アンタ、めちゃくちゃ強引に都市伝説持ってきたわね」
「ん?何?」
「いや、なんでもないわ。ちょっと読者の気持ちを代弁しただけ」
「サクちゃん、さっきから何言ってんの?ま、いいや。このおだし預けとくから、今度何か作ってね!じゃあね!来週、がんばりなよ!」
そう言い残し、私は『夜月』を後にした。サクちゃんの冷ややかな目線が、背中に刺さった気がした(私、何か変なことした?)


(おわり)


#木曜日は3ースデイ

《今週の三題噺》
1.ピーナッツ
2.都市伝説
3.正解は10年後

▼この記事はヤスさんの三題噺企画に沿って書きました。

説明しよう!三題噺とは、まったく関係のない3つの言葉を強引にひとつの話にまとめる文章遊びであーる。頭をフル回転させながら、「どうつなげる?」「オチどうする?」という落語的プレッシャーが味わえます。エピソード構成力、語彙力、そして無茶ぶり耐性まで育つ、文章版・筋トレRPG。それが三題噺。やってみなきゃ、もったいない!

by ヤスさん


▼詩織が男にフラれた話はコチラ(前回の三題噺)



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桜井 花 応援ありがとうございます!これからも心を込めて、書いていきます!